断罪された悪役令嬢、田舎貴族に嫁いだ先で真実の愛を見つける

十凪高志

第1話断罪された悪役令嬢、田舎貴族に嫁いだ先で真実の愛を見つける

「よろこべ息子よ。お前の人生終わったぞ」




 突然だが、この俺、辺境の貴族であるユルグ・イナーカスは結婚が決まった。




 辺境伯ですらない、本当に単なる辺境の小さな領地、人口数百人程度の惑星、いやもはや月レベルの小さな星を治める、準男爵である。




 しかも俺自身は領主ですらない。その準男爵の三男である。




 二人の兄にはそれぞれ、妻と婚約者がいる。だから俺に話が来るのは妥当なのかもしれない。




 ただ、相手が――




「なんだって、父さん? いやファッキン父上様。俺の頭では理解出来なかったのでわかりやすく頼む」




「理解したくないの間違いだろうが言ってやろう、息子よ。


 我が銀河帝国の公爵令嬢、フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフ様だ」




 ……。




 なるほど、これは夢か。またリアリティの無い夢を見ているなあ俺。 




「現実逃避はやめろ息子よ」




「うるせー! おかしいだろ、なんで田舎の準男爵んちの三男坊に公爵令嬢様が嫁に来るって話になんだよ、これはあれか罠にはめてその姿を笑い物にする宇宙テレビかウーチューブの企画かそんなんだろそうでなきゃ何もかもがおかしいわ!」




「ああ、その通りだ。だがなユルグ。


 現実とは創作を越えるんだ。


 なぜこんなことになったかというと……」




「あれか。父上が偶然公爵家を何かから助けて、そのお礼にとかいう、創作物語にありがちなパターンか。そういうのこないだ見たぞ」




「違う。そうじゃないんだ」




 そして親父は語り始めた。






 帝都惑星セントラリアには、宇宙貴族子女たちが通う宇宙学園がある。




 本当なら俺も通うはずだったが、金がないので通わなかった。そのぶん、妹が通っているのだが。




 その学園には、宇宙魔術の才能が優れているということで、平民の特待生も通っているという。




 その特待生の少女が、よりによって銀河帝国の皇太子と恋に落ちた。




 そして、公爵令嬢フェリシアーデ様は、皇太子の婚約者だった。




 当然、フェリシアーデ様は激怒し、そして特待生をいじめ、学園から追い出そうとしたらしい。




 その事実が明るみになり、皇太子は激怒。悪事の証拠を突きつけられ、フェリシアーデ様は婚約破棄された。




 宇宙公爵令嬢としての面子が丸潰れである。




 そしてローエンドルフ公爵家は、彼女を切り捨てた。




 公爵家は銀河帝国に逆らう気など、刃向かうつもりなどない。全ては愚かな娘の独断の暴走である。と。




 一時は、フェリシアーデ様は宇宙反逆罪で死刑という話もあがったということだ。




 そんな彼女に下った処分は、




 何の政治的意図もなく適当にサイコロかくじびきで選ばれた、どこの派閥にも属していない本当にどうでもいい下級貴族の所に嫁ぐ、というものだった。




 公爵令嬢としてのプライドも、未来も栄誉も全て失い、表舞台から消え去り、惨めな人生を送る――それが罰だ。




 その罰ゲームが、俺との結婚か。




「……泣いていい?」




「いいぞ」




 俺は大きく息を吸い込み、そして窓をあけて――




「お前は存在そものが罰ゲームだ、とかふっざけんなよ!! 俺は慎ましくもちゃんと真面目に生きてきたよ!! なんで祖国からこんな扱いされなきゃいけねーんだよ!! 叛乱すっぞ!! 出来ないけど!!」




 俺は叫んだ。




 ふっざけんなよマジで。




 なんでわけわからん恋愛のいざこざの尻拭い押しつけられなきゃいけねーんだ!?




 皇太子殿下も特待生とやらも全く知らねーよ、いや皇太子殿下の名前や顔ぐらいは知ってるけど。宇宙テレビで見た程度で。




 そもそも皇太子が平民に手ぇ出すなよ。




 俺たち程度だって平民に手を出したら権力笠に着て手込めだなんだって怒られるぞ。




 公爵令嬢も平民相手にムキになるなよ。




 そりゃスキャンダルにもなるわ。




 もっと頭働かせろよ。そんな脳味噌花畑の連中の尻拭いかよ。




 こっちは恋愛にうつつ抜かしてる暇ないんだよ。




 宇宙魔物の駆除や宇宙盗賊宇宙山賊の対処とか領民のお悩み相談とか作物や家畜の世話とか本当に大変なんだよ。




 17年生きてて初恋もまだなんだぞ。出会いなんて全くないし、出会いが欲しいと考える暇すらないわ。




 そしたらドロドロ宮廷愛憎劇の末に失脚した公爵令嬢の罰ゲームとして選ばれました、か。




 笑えんわ。




 前世でどんだけの悪事働いたらこうなるんだよ。




「決めた。逃げるわ俺」




 今日から宇宙冒険者になる。




 貴族の次男三男が冒険者になるって普通だし。




 この星は親父と兄貴二人でどうにかしてくれ。




「許すと思うか」


「息子想いの父親なら許してくれるはずだ」


「そうだな。大事な長男と次男、そして長女のために、俺は判断を下す」


「クソが! 三男はそんなに駄目かよ!!」


「駄目じゃない、すばらしい息子だからこそ公爵令嬢の生け贄にふさわしいんじゃないか、いいか息子よ、心を殺せ!」


「ふっざくんなよ、嫉妬で皇太子に喧嘩売って失敗かました女なんて地雷どころの話じゃねーじゃねーか! そうだわ親父は母上に捨てられて独身じゃねーか、後妻に迎えろよその地雷令嬢を!!」


「あってめぇそれが今まで育ててきた父親に対する仕打ちか!! ていうか捨てられてませーん、行方不明なだけでーす!! ちゃんと愛し合ってます!!」


「は? こないだ手紙が来たけどな母上から兄貴宛に。母上普通に再婚してるってよ!」






「……………………は?」






 あ。




 これは内緒にしておこうって話だった。




「…………マジで?」


「うん」


「そうか。


 事情はヌルグが知ってるんだな」




 ヌルグというのは兄貴の名前だ。




「ああ、うん、その」


「ちょっと話し合ってくる」




 そして、我が父上は部屋を出ていった。




 その後




「なんで黙ってんだよこの愚息がー!!」


「愛想尽かされたてめーが悪いんだろ!!」


「ふっざけんなよその間男ぶっ殺してくっから座標教えろ!!」


「誰が教えっかよ!! あの人のほうがよっぽど俺らに優しいんだよばーか!! あっちが父上だね!!」


「言っちゃいけねぇこと言いやがったなクソが!!」




 仲のいい喧噪が聞こえてきた。




 ……。




 なんでうちの家ってここまでひどいことになんの。






◇ 




 ということで。




 俺は宇宙冒険者になるため、宇宙に出ることにした。




 宇宙船なら、小さいのながら持っている。




 領地周辺のパトロールには必要だからだ。




 型落ちのガラクタだけど、まあそれでも性能はいい。可能な限り内部はカスタムした、自慢の愛機だ。




「ちょうどいい機会だよな」




 そもそも小さすぎる惑星に貴族の息子が三人もいるのもよろしくないだろう。




 幸いにも、兄弟仲は良いから、小さな領地を奪い合って戦うということもない。




 兄貴と親父がたった今殺し合いに発展しそうになっているが、まあ大丈夫だろう。




 さあ――




 新しい冒険、新しい人生の始まりだ。




 俺は宇宙船を発進させる。




 煙を出し、音を立てながらも宇宙船は飛び立ち、大気圏を飛び出し――






 昨日まで存在しなかったバリヤーに阻まれた。




 というか撃墜された。




「愛機ーーーーー!!」




 脱出ポッドがなかったら死んでたぞオイ。




「――罰ゲームを完遂させるため、逃がす気無いってか」




 そこまで俺が嫌いか、銀河帝国。




 悪堕ちすんぞ、マジで。











 そして運命の日が来た。




 大きな――しかし銀河帝国の公爵令嬢の輿入れと考えると小さすぎる宇宙船が、俺たちの星にやってきた。




 宇宙船のハッチが開く。




 そこから降りてきたのは、たった一人で、自分の足で歩いてくる、簡素なドレスに身を包んだ少女。




 フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフ。




 いや、これからは、フェリシアーデ・フィン・イナーカスとなるのか。




 後ろでまとめ上げた綺麗な金髪に白い肌。透き通った金色の瞳。


 その表情は、とてもやつれている。泣きはらした後も見える。




 それはそうだろう。




 平民だってもっと立派な結婚式挙げるよ。




 ついてきた宇宙兵士たちは、彼女が宇宙船を降りたのを見届けると、とっとと引き上げた。




 ……本当に見放されてるんだな。




 その自分の有様に、ふっ、と自嘲して笑う彼女を見て、俺は本当に同情する。




 俺も彼女も本当に罰ゲームすぎる。




「……お前が、私の夫となる、哀れな男か」




 フェリシアーデ様が、顔を上げ、俺を見る。




 ……てっきり。こんな男の所に嫁がされるとは、とか、私も堕ちたものだ、とか、こんな貧相な田舎貴族が、とかそういった罵倒が来るものと思っていたのだが。




 彼女は、俺に同情していた。




 まあ、見方を変えたら確かにそうだよな。いや、変えなくてもそうなのだが、最悪の不良物件を押しつけられたのが俺だ。




 彼女との結婚がないなら、兄貴たちのようにほぼ自由恋愛の形で伴侶を見つけられた可能性は高い。




 それこそ冒険者になって、身分も種族も関係ない自由恋愛も出来ただろう。




 その結果、どうにもならなくても、自分の行動の結果、自己責任だ。




 それを、適当なくじ引きで潰された俺。




 確かに哀れである。




 実際、ふっざけんなよクソ帝国がって思ったし。




 いつか絶対反乱軍に滅ぼされるぞ。




 だが、俺よりも酷い立場であるフェリシアーデ様本人に、そう言われるとは思わなかった。




「私の短慮、身勝手のつけを、お前にまで払わせることになって、すまないと思う」




「……いえ。悪いのは帝国とかですし」




 俺は素直に言う。悪いの全部帝国だわ。




「……帝国貴族が、随分な物言いだな」


「ま、フェリシアーデ様が来なくても、最初から出世も名誉もほど遠い、ほぼ平民みたいな田舎貴族ですし」




 何しろ、電柱が立って電線が引かれているんだぜ。この星。




 時々「超古代文明の遺物だ」と電線を見に旅行者や科学者が来たりするんだぜ、この星。そんだけ田舎なのだ。




 トイレだって、浄化分解光線方式ではなく、水洗式だ。今時、ウォシュレットなのだ。そしてトイレットペーパーで拭くのだ。




 罰ゲーム星だよ。




「そんな所に嫁がされるフェリシアーデ様には、本当に……」


「よい。全て私の軽挙妄動が原因だ。因果応報だよ」


「はあ……」




 本当にイメージと違うな。




 銀河帝国の公爵令嬢だぞ。自分の男に色目を使われたからと学園から追い出そうとした女だぞ。




 それが、こんな態度を取るとか。




 ……人の噂と現実は違う、というのはよく聞くけど、この人もそうなのだろうか。




 それとも、ショックで弱っているか、あるいは反省してこんな感じになっているのだろうか。




「迷惑をかけることになると思うが、よろしく頼む。ええと……」




 俺の名前も聞かされていないらしい。まあ罰ゲームだしな。初対面で落胆し絶望しろという帝国の粋な計らいなのだろう。クソ帝国め。本当に細かいところまで気を回した陰険さだ。




「ユルグ・イナーカスです。フェリシアーデ様」




「様、はいらないよ。夫婦になるのだからな。


 私のことはフェリスと呼んでくれ。親しい者はそう呼んでいた。


 ……今はもう家の者も学友だったものも誰も呼んでくれなくなった名だが」




 ……。




 重いわ!




 でも呼ばないと面倒臭そうだ。だって人生転落して鬱ってる人だものね。素直に従っておこう。




「わかりました、いや、わかったよ……フェリス」




 俺の言葉に、フェリスは静かに笑った。




 それは、先ほどまでの自嘲した、渇いた笑いではなく……ほんの少しだけど、柔らかく、素敵な笑顔だった。




 ……俺は、どこかでこの人を見たことがある。




 そんな既視感を覚えた。




 とにかく、俺たちはこうして出会った。









 結婚式は、特に特筆することも無かった。




 あえて言うなら、親父とヌルグ兄貴が怪我をしているといったぐらいだろう。




 親子喧嘩は仲のいい証拠だよね。




 星にひとつだけある教会から宇宙神父がやってきて、式を執り行った。




 幸いなのは、この星が辺境のド田舎だから、帝都でのいざこざの話が流れてきていなかったことだ。




 フェリスの存在も、どこかから物好きな貴族の娘が嫁に来た程度にしか思われていないのは良いことだ。




 こんな星でまで、恥知らずだの追放者だの悪役令嬢だのと噂され後ろ指を刺されてはたまったものじゃないだろう。




 娯楽の少ない星だ。




 領主の三男坊の結婚式というだけでもちょっとした祭りになった。




 長兄ヌルグの結婚、次男アツグの婚約の時もそうだったが、ようするに騒ぎたいだけだ。




 辺境の田舎の、小さな結婚式。




 それでつつがなく終わったのだけが、救いだと思った。






 ちなみに、新婚初夜は、まあなんというか、ぶっちゃけ迎えなかった。




 だって、抱けるかよ。




 本人が自業自得と言っているとはいえ、何もかも奪われて追いやられた失意と絶望の底にいる女の子を、ふはははははは罰ゲームとはいえ結婚したからそれが義務だ逃げられないね、と抱けるかっつーの。




 どんな悪役貴族だよ。




 ていうか、今回のこと仕組んだ帝国はそういうことしろって思ってるんだろうな。




 なおさら出来るか。




 しかし寝室を別にするのもあれなので、ひとつの寝室にベッドをふたつにして、別々に寝た。




 夜に、フェリスのすすり泣きが聞こえたが、それは聞こえなかったことにしておいた。











「新婚旅行は、ない?」




 フェリスが言う。




 はい、すみません。




 兄貴もなかったし。貧乏貴族なんです。




 権利は少なく、義務だけはやたら大きく重いノブレスオブリージュ。それが辺境の田舎貴族です。




「……ええ、想定内です。むしろこの私が新婚旅行を楽しむなど、許されるはずもない」




 フェリスはそう言う。まあ、罰ゲーム結婚だからな。




「すみません、フェリシアーデ様」




 親父が謝罪する。それに対しフェリスが言う。




「お義父様が謝られることはありません。それと、私のことは様をつけないでください。あなたの娘なのですから、フェリシアーデで結構です。敬語も必要ありません」




 フェリスと呼べ、とは言わないのか。




 そのフェリスの言動に、親父はこっそり俺に言う。




「どうなってんだ。噂に聞いてた超銀河極悪令嬢って感じじゃないぞ」


「俺に聞くなよ。噂のほうが間違ってたか、鬱ってるか、反省してるかのどれかなんだろ」


「それともお前が昨晩ガッツリと調教したとか」


「殴り飛ばすぞクソ親父」




 指一本触れてねぇよ。いや、結婚式の時にキスはしたけど。




 控えめに言って最高にやわらかくて、ヤバかった。




 もしこれでそのまま初夜を迎えたらどうなるかわからないというか、確執にフェリスを傷つけ、嫌われる自信はあるね。童貞なめんなよ。




「と、ともあれ。ユルグよ、結婚したからって浮かれてはいかんぞ。


 結婚したからには妻を養う責任が生まれるのだ。


 ただでさえ貴族の家に生まれた男、しっかりと責任と義務を果たして誇りをもって生きていかねばいかん」




「母ちゃんに捨てられた男のせりふかよ」




 次兄のアツグが言う。それは禁句だぞ。




 ほら、わかりやすく凹んだ。




「うるせー! お前だってまだ結婚出来てねーじゃねーか!」


「は? ちゃんと婚約してっしラブラブだっつーの。ただちょっと学園卒業するまで待ってるだけだし」


「そして学園であたらしい男見つけちゃうわけだ、そして捨てられるってありがちだからなー、待ってるだけの相手より側にいて守ってくれる男の方を選ぶのが女」


「ふっざけんなよクソ親父、てめーが貧乏だから学園行けなかったんだろーが!」


「男ならてめーの学費ぐらいてめーで稼げよ甲斐性なしー」


「よーし表ぇ出ろやクソ親父!!」




 喧嘩が始まった。




 アツグの兄貴は喧嘩っ早いからな。よく俺ともユルグの兄貴ともやりあってた。




 まあ、根本がいい人だから、喧嘩しても決定的な対立にはなってないんだが。




 この星のガキ大将って感じだった。喧嘩っ早いが面倒見はいいので人望は厚いタイプだ。




「仲がいいのだな」




 フェリスがバカ親父と兄貴の喧嘩を見て言う。




「食卓が温かい。私の家では、こんなことはなかった。


 学園でもそうだ。


 みんな距離を取り、心をさらけ出さない。


 私が家を追われる最後まで、父も母も兄も姉も、私を見ようとしなかった。ついぞ、本音で話し合ったことはなかった」


「フェリス……」




 それが帝都の宇宙貴族か。




 帝都ほどではないけど、一度そういった貴族のパーティーに参加したことはある。




 なんというか、うすら寒いというか、どうにも性に合わなかったのは覚えている。




 その時もアツグ兄貴が暴れてたっけ。確か子爵の家の奴相手に。




 それで兄貴の尻拭いがクソ大変だったのは覚えている。




 目立ちたくないのに、そのゴタゴタで宇宙モンスター討伐騒動までなったっけ。二度とごめんだよ。




「貧乏だから学園に……というが、確かユルグの妹君が学園にいたと思うのだが。


 ユクリーン嬢だったか」




 俺の名前は式挙げるまで知らなかったのに、妹の名前は知っていたのか。




 もしかして有名人なのか? 学園で何やってんだ、あいつ。




「まあ、俺たちに回す金をかき集めたら、妹一人くらいなら行かせられるし。奨学金も何とかなったし」


「優秀なのだな、ユクリーンは」


「猫かぶるのが上手いだけだ。アツグの兄貴より腕相撲強かったのに、虫も殺せないみたいなツラしてたからな」




 実際に、宇宙巨大ムカデとか普通に倒してたし、あいつ。




 そして焼いて食ってたし。






「本当に、うらやましい。


 そういうふうに、気が置けない間柄の人間が私にいたら、何か変わっていたのだろうか。


 結局、殿下とも、最後まで心は通じ合わなかった。


 私と本気で話をしたのは、思えばあの女だけだったのかもしれない」




 ……ええと、重くなりそうだけど、聞き返すべきなのだろうか。




 聞き返すべきなんだろうな。




 話をする事で気が楽になるかもだし。




「それは、皇太子殿下と恋仲になったという、特待生の?」




「ああ。アリシア。アリシア・ルインフォードという。


 物怖じしない娘でな。


 そこに殿下も惹かれたのだろう」




 ……なんだろう。




 恋敵であるはずの相手の事を話すフェリスは、少しうれしそうな、まぶしそうな、そんなかんじだった。




 そして、正直、あまり面白くない。




 妻の口から他人の男の話が出ることが……いや、いやいやいやいやいやいや。




 何を言っているんだ俺は。




「宇宙魔力の強い娘で、将来は宇宙勇者にも選ばれるのでは、と言われていたな。


 まあ、勇者になれば殿下と結ばれることはないので、その道は選ばないだろうが」


「宇宙勇者ねえ。


 なんというか、別世界の話だな」


「そうだな」




 フェリスが笑う。




「今の私にとっても、もはや遠い。


 私が生きる世界は、この小さな星だ。ここで静かに暮らす、それだけだな」


「静かに……か」




 田舎の辺境の惑星でのスローライフ。


 でも、それを目的に移住しようとしてくる人もいるけど……




 そうは、ならないんだよなあ。









「ヒャッハァー!! この星は我々がいただくぜぇー!!」




 宇宙山賊たちが声をあげてやってくる。




 辺境の星を襲い、そこを根城にしようとする連中だ。人間のほかにも、宇宙オークや宇宙ゴブリンたちも混じっている。




 今年に入って三回目だ。




 こういった外敵を追い払うのも、田舎領主の仕事である。




 そりゃ、領主の息子が小さな土地を奪い合い戦うようなお家騒動などとは無縁にもなる。




 結束しないと滅びるのは自分たちなのだから。




「……忙しいのだな」




 戦いが終わった後で、フェリスが言う。




「ああ。いつものことだよ」




 どこからわいてくるのか、本当にきりがない。




 とりあえず、捕らえた宇宙山賊たちは牢獄に入れることになる。




 数日後には辺境伯様の惑星から舩が来て、宇宙山賊たちは鉱山惑星送りになるだろう。




「慣れているのだな、みんな」


「ああ。辺境ってこんなもんだよ」




 銀河の中心から離れるほど無法地帯だ。




 しかし、ここはまだましな方だ。




 変に中心に近い位置の辺境では、宇宙犯罪組織が手を伸ばしていることも多い。




 そういう意味では、ド辺境なド田舎でよかったと思う。犯罪組織のいざこざとかに巻き込まれたくないのは誰だって同じだ。




「宇宙山賊とか以外にも、宇宙シカや宇宙イノシシといった宇宙害獣や、宇宙モンスターも普通に出るしな。


 そういったやつらの対処以外にも仕事は山ほど在るし、貧乏暇なしだよ」


「私は、役に立てているのだろうか」


「ああ」




 フェリスが不安そうに言ってくるが、役に立っているどころじゃない。




 うちの田舎は、バカばかりである。




 頭が悪い……というわけではなくとも、教育水準が低い。一応みんな読み書きは出来るが、高度な教育を受けているものは少ない。




 ちなみに、アツグの兄貴はかけ算の九九が出来ると自慢するレベルだ。




 泣ける。




 妹だけでも無理して学園に通わせたのは、しっかり勉強してちょっとでも故郷にそういった知識とか技術とか引っ張ってこい、という意図もある。




 そんな時に、成績もトップクラスだった公爵令嬢様が来て、その知識を遺憾なく発揮してくれている。




 むちゃくちゃ助かります。




「フェリスがいてくれて本当に助かってるよ。書類仕事や雑務経理とか、本当に色々と出来るんだな」


「ああ、私は本来、未来の帝国を補佐するために教育を受けてきたのだからな……ああ、本当なら」


「……ごめん」




 また地雷を踏んでしまった。




 そうだよな、フェリスのこの能力は、全て皇太子殿下を妻として公私ともに支えるためにあったものだからな。




 ……。




「ユルグ。何か、気に障るようなことを言ったか?」




 黙った俺に、フェリスが言う。




「いや、ちょっと考えごとしてただけだよ」




 皇太子に嫉妬してました、なんて誰が言えるか。情けない。




 ……しかし、そう考えてしまう自分に驚いた。




 ただ押しつけられた罰ゲーム結婚なのに、予想以上に……俺は彼女のことを気に入っているのか。




 境遇に情がわいたからか、それとも……もしかして、一目惚れでもしていのだろうか、俺は。









 宇宙ジャガイモの収穫時期が来た。




 ちなみに、ここのジャガイモは木に実る。




 古代文明時では、ジャガイモは地下茎になる野菜だったという。実際に一部ではそういう品種も残っているが、今の宇宙ではジャガイモの木に実るのが普通である。




「すごいな、豊作だぞユルグ!」




 かごにたくさんの宇宙ジャガイモを入れたフェリスがうれしそうに言う。




 ジャガイモの収穫は初めてなのだろう。




 その姿を見ていると、とても公爵令嬢とは思えない。




「私の知っているイモは人を襲ったのだが、これは人を襲わないんだな」


「ああ、人を襲うのはジャガイモじゃなくてサトイモって奴だよ」




 大型になると人を喰い殺す、危険な宇宙作物だ。




 小型なら軽い打撲程度ですむので、サトイモを見たらすぐ収穫するのが基本である。




「では私はイモを運んでくる」




 フェリスはそう言って、抱えたイモを義姉さんたちのいる倉庫へと運んでいった。




 ……よく働くよな。






 フェリスが来て半年になる。随分となじんできた。




 最初は絶望と諦観と自嘲の染まり沈んでいた表情も、随分と明るくなってきたと思う。




 ……ちなみに、まだベッドで一夜をともにしていません。




 なんというかタイミングがつかめないのだ。いやだって、経緯が経緯だし。




 普通の見合いでもなく、ましてや恋愛結婚でもなく、罰ゲームだよ。




 それで田舎に追いやられた女の子に手を出すとかいくら何でも。って思うだろう。




 半年たったしそろそろ……と思わなくもないが、逆にタイミングが掴めない。




 ヌルグの兄貴はどうやってるんだろうな。聞いてみたいけど肉親にそういうの聞くのってどうにもアレだしなあ。




 まあ、考えてても仕方ない。




 とにかく、目の前の収穫の仕事を終わらせないとな。






 広場では、領民たちが集めた収穫物が並んでいた。




 これらを整理していくわけだ。




 大変だが、こういう時こそフェリスの出番だ。




 ……と、思ったのだが。




「ん? フェリスは?」




 見回してみたが、彼女の姿がない。




「フェリシアーデちゃんなら、あっちに行ったけど」




 そう義姉さんが言ってくる。




 ……なんだろう。




 特に理由はないが、何かいやな予感がした。




 俺は義姉さんに礼を言うと、その場を離れた。









「ふう」




 私は、喧噪を離れ、ひとり息を吐いた。




 単なるジャガイモの収穫が、まるで祭りのようだ。ここの領民たちは何かにつけて騒ぐのが好きらしい。




 煩わしい――と思うのだが、同時に、とても好ましく思う自分もいる。




 私は元来、静かな環境が好きだ。




 この星は静かだ。だが、同時にやかましくもある。




 新しく私の家族となった、イナーカス準男爵家の面々。私の知る貴族とはまるで違う。




 そして、ここの領民たちも。




 距離感がおかしいのだ。




 いや――




 おかしかったのは、私たちの方だったのかもしれない、と思う。




 ここは、肩肘を張らなくてもいい。気が休まる、そんなかんじがする。




 アリス――アリシアも、こんな環境で育ったのだろうか。




 だとしたら、勝てないのも仕方ないな。




 私は、大きく深呼吸する。




 ――気持ちがいい。




 ああ、やはり私は、この星のことも好きになっているようだ。笑ってしまう。




「――だけで、よかったはずなのだがな」




 まあ、それも悪くない。




 夕食は、取れたてのジャガイモの料理だったな。




 私も、この半年で手料理が随分と上手くなった。




 最初は、私の料理を食べたユルグが目を回して倒れてしまって、あれは本当に申し訳なかったし、焦った。




 私にも不得手なものがあったのだな、と反省したものだ。




 帰省した義妹のユクリーンがアドバイスをくれたのは役に立った。




 いわく、「生焼けと焼きすぎなら焼きすぎのほうが


安全だし美味しい」




 実に参考になった。優等生なだけはあるな。




 さて、そろそろ帰らねば。夫が待っている――




「……?」




 空気が変わった。




 これは――殺気だ。いや、違うな。瘴気か。




 魔物の気配だ。それも、宇宙オークや宇宙ゴブリン程度のものではない――もっと邪悪な。




 そして、響く羽音。




「これは……」




 私の前に現れたのは、大きさ五メートルぐらいの、宇宙ドラゴンだ。




 この程度なら、問題ない。ドラゴンの中でも小型だ。




「イモだけでは味気ないからな。夕食にちょうど良い」




 そう言って私は腰の剣を抜く。全く、随分と野性的になったものだ。昔は、狩ったモンスターの肉を


食べるなど考えもしなかったものだが。




 そして私は、ドラゴンに切りかかる。




 私の剣は、用意に小型の竜を一刀に斬り伏せる――はずだった。




 だが。




「なっ……!?」




 その竜の首の付け根。




 そこにあったのは、全長30センチはある巨大な眼球。そしてそこから延びる黒い触手。




 聞いたことがある。




“邪神の瞳”――




 宇宙モンスターに寄生し、その見聞きした情報を邪神だか魔王だかに送っていると言われている、神話級宇宙モンスター。




 寄生した魔物の力を数倍、数十倍に引き上げ酷使し、そしてその母体が力つきたら次の寄生先に乗り移るという。




 歴戦の宇宙勇者でも苦戦すると言われている凶悪な魔物だ。




 そんな魔物が、こんな星に――!?




 邪神の瞳から延びた触手が、私の剣を掴む。




 そして、用意にへし折った。




「ぐあっ――!!」




 寄生された竜が、腕を振る、その腕に私は殴り飛ばされ、地面に転がった。




「がっ、うぐ……っ!」




 まずい。




 骨は折れていないようだが、叩きつけられて息が出来ない。




 激痛で魔力を練ることも間に合わない。




 邪神の瞳に寄生された竜が、近づいてくる。




 これは――私に乗り移る気だ。




「ふざけ、る……な……」




 そんなことは許さない。




 私はまだ、目的を果たしていないのだ。




 この星に来て誓ったのだ。必ず、目的を遂げると。絶対にだ。




 なのに、ここで終わるというのか。




 嫌だ。




 嫌だ。




「いや、だ……」




 触手が延びる。




 逃げようにも、身体が動かない。




 痛みで動かない。そしてそれ以上に、あの巨大な眼球が、その深淵のような瞳の闇が、私を射抜き、恐怖で身体が動かない。




 何も考えられない。




 ただ。




「――――」




 私は、あの人の名前を、最後に呼んだ。













「――こういう時に俺の名前を呼ばれると、なんというか、張り切っちゃうよな」




 俺は。邪神の瞳とフェリスの間に割って入った。




 触手は、俺の手足にからみついている。




 ――間に合った。




「ユルグ……!」




 フェリスが、俺の名前を呼ぶ。




 振り返ると、全身が擦り傷だらけで、土にまみれている。




 思いっきり殴られたか。骨は折れていないようだが、所々を痛めている。




 それでも、生きてくれている。




「――てめぇ」




 俺は、邪神の瞳に向き直る。




「よくも、俺の妻を殴ってくれたな」




 後ろで、息をのむ気配がしたが、気にしないでおく。




 俺の怒気、いや殺気に反応してか、触手が脈打ち始めた。




「いけない! ユルグ、その触手は――」




 フェリスが慌てるが、問題ない。




「大丈夫だ」




 こういうのは――慣れている。




 何しろ、この星は辺境だ。




 宇宙における辺境――それは、俺たちの銀河とは別の宇宙と隣接している領域である、ということを指す。




 何しろ辺境伯様は、外宇宙の驚異と相対するために、その血縁は蟲毒の壷もかくやというほどの戦いで鍛えに鍛えまくっているという話だ。




 その寄子であるところのうちも、当然、そういった嫌ーな脅威に晒されているのは日常だ。




 年に一度、こいつらの大群がやってくるからな。




 俺も何度もたかられたし、二回ほど乗っ取られたこともある。




 だったら何故無事なのか――




 簡単だ。




 邪神の瞳は、魔力を流し、意識を乗っ取ろうとしてくる。




 だったら、相手が流してくる魔力以上の魔力をぶちこんでやればいいだけだ。




 親父にそれを言ったら、出来るのはお前ぐらいだと言っていたけど。




 俺は妹と違って、微細で繊細な魔術の構築など出来ない。だから、ひたすら力任せに流し込む。




「吹き飛びやがれ――――!!」




『GGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』




 邪神の瞳は、沸騰するように全身を泡立たせ、そして――弾け飛び、消滅した。




 もっとスマートに退治出来ればいいんだけどな。




「グルル……ゥ」




 子ドラゴンが、ゆっくりと顔を上げる。




 ……力を吸われすぎててやつれているのか。あまり旨そうじゃないな。




 だが、ドラゴンは俺に顔をすりよせきた。




 なるほど。助けてもらった、と思っているのか。




 まあ、結果はそうだな。




 こいつはフェリスをぶん殴ったやつだが、操られていただけなら、まあ恨むのも筋違いだろう。




「……ユルグ……」




 フェリスが立ち上がる。怖がらせてしまっただろうか。




「だ、大丈夫なのか? 邪神の瞳の触手に……」


「ああ、問題ないよ。全部吹き飛ばした」


「……すごいな。お前は……強いのだな。学園にもお前ほどの強さのものはいないぞ……」


「そうでもないぞ。妹と喧嘩したら俺負けるだろうし」


「……それは、お前が家族に甘いだけではないだろうか」


「いや、俺って魔力が高いだけだからな。魔力容量が高いとそれだけで無敵、なんて都合良くいかないさ」


「……そうか。だけど、本当に助かった……」




 そして、フェリスはふらつく。




「おっと」




 俺はその身体を抱き止めた。




 ……いい匂いがする。




 香水の匂いではない。それでころか、たった今の戦いで、土と血の匂いすらするのに。




 それとも俺はそういう匂いに興奮する性癖だったか? いやいやそれはない。




 フェリスは、震えていた。




「――殺される、と思った」




 フェリスは、俺の胸に顔を埋めながら、言った。




「私には、やりたいこと、やらねばならぬことがある。そのためなら何でもする、そう思っていた。


 だけど、眼前に死が――


 邪神の瞳が現れると、恐怖でもう、それどころではなくなった」




 邪神の瞳の、麻痺の魔眼か。




 その視線にやられると、恐怖で動けなくなるという精神攻撃だ。




「ただ、最後に思い浮かんだのが――」




 皇太子の顔か何かだろうか。




「あなただった」




 え、俺?




「最後に、会いたいと思った。色々と不満を抱かせただろう、不快に思わせただろう、重荷だっただろう、それを謝りたかった――


 そしたら、来て、くれた」




「……」




「うれしかった。うれしかった、うれしかった。


 今まで、私は英才教育を受けてきて、その使命に、期待に応えるべく、頑張ってきて――


 そして、誰も私を守っても、助けてもくれなくなっていた。


 それでいいと、私は思っていたが……


 本当に、死を直前にしたとき、私は思い知ったんだ……


 私は、こんなにも、弱くて……」


「もういい」




 俺は、フェリスを抱きしめる。




 強く、強く。




「ユルグ……」




「俺は、フェリス。君を不満に思った事など一度もない。そりゃ、最初にこの話を聞いたときはふざけるなと思った。とっととこの星から逃げてやるとも思った。


 だけど、君を見たとき、そんな考えはなくなった。


 君とすごして、嫌なことなどなかった。重荷なんてことは全くない。


 つらいのに、頑張ってるフェリスの姿に、俺は元気づけられ、癒されたんだ。


 だから――自分を責めないでくれ。




 俺が、君を守るから。




 俺は、お前の夫なんだから」






 それから後は、まあ語るも野暮だ。




 俺たち夫婦は、形だけの罰ゲームのようなものだったけど、ようやく――心が通じ合った。




 そして、身体も――




 それこそ野暮な話だろう?




 ただ、一言だけ言うならば――








 最高でした。









「ふう」




 仕事が一段落した俺は、大きく背伸びをする。




 疲れたし、ちょっと昼寝でもするか。




 寝室に向かった俺は、ベッドに横になる。




 ベッドは、前はふたつだったか、今は大きなベッドひとつになっている。夫婦仲は良好なので当然だ。




「ん?」




 横になって手を伸ばしたら、手に何かがこつんと当たった。




 記録装置だ。




 日記などを記録する奴だ。フェリスの私物か。




 勝手に見るわけにもな――と思い、拾ってテーブルに置こうとした所、変な所をさわってしまったのか、再生が始まった。








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 私は運命の出会いをした。


 どうしてそうなったかの経緯は覚えていないしどうでもよい。


 ただ、その少年は私たちを、私を守ろうと、その身を投げ出して戦った。


 それを強烈に、鮮烈に記憶している。


 私の胸は高まった。




 これが、恋なのか。




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 彼の事を調べたが、どうにも見つからない。


 下級貴族が活躍したというのが都合が悪いのだろうか。


 これだから、宇宙貴族という連中は。


 とにかく、冒険者たちにも手を回して、彼を探さねば。


 会いたい。


 もう一度会いたい。




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 学園に入学した。


 彼の姿は無いかと期待したが、いなかった。


 私の学園生活は、色褪せたものになりそうだ。




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 一年が経過した。


 新入生に、私の探していた者の縁者がいるとのことだ。妹らしい。


 神の采配か、エーテルの導きか。


 とても楽しみだ。


 将を射んとすれば馬からと言うし、じっくりと彼女から攻略していくか。




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 ユクリーンと接している課程で、特待生のアリシアと仲良くなった。


 身分を気にせず、物怖じしない、元気な少女だ。私を先輩先輩と慕ってくる、子犬のようだ。とてもかわいい。癒される。


 ついつい贔屓してしまうな。


 今度、パーティーにも誘おう。




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 殿下とアリスが仲良くなっているようだ。


 きっかけは、私がアリスを連れて行ったパーティーのようだ。そこで何かあったらしい。


 しかし、見ていて微笑ましい。推せる。


 私と殿下は似ている。お互いに恋愛感情も微塵もない、親が決めただけの婚約者だったが、話してみると色々と共感したのは覚えている。


 男としては少しも興味が持てなかったが。


 しかし、殿下とアリスか。


 二人がうまくいくといいのだが。




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 私と殿下とアリスは、どうやら三角関係らしい。


 馬鹿げた話だ。


 婚約者ではあるものの、私は殿下に対して恋愛感情は全くなく、そしてアリスに対しては友情と信頼しか感じていない。敵対心は全くない。嫉妬などする理由もない。


 なのに世間というものは……度し難いな。




 だが、これは使えるのではないか?




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 計画はこうだ。




 愛する婚約者、皇太子殿下に近づく女を、私は嫌い、迫害する。


 そして、やがて私の悪事は露見し、皇太子殿下は激しく怒り、私に対して断罪し婚約破棄をする。


 全ての罪を暴かれた私は、田舎貴族の所に嫁に出されるという罰を受け、追放されるという筋書きだ。


 そしてもちろん、その田舎貴族というのは――




 彼だ。




 ユルグ・イナーカス。




 私の愛する人。




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 殿下とアリスと話し合い、計画は順調だ。


 最初、二人は難色を示したが、私の本当の目的を話したら納得してくれた。


 アリスに初恋をした殿下。


 殿下に身分違いの恋をしたアリス。


 とてもよく、私の想いを理解してくれた。




 アリスがうまく殿下と正式につき合えるようにするために、私も使える手段は全て打っておかなくてはな。


 アリス聖女化計画。


 上手く行けば彼女はそこらの貴族とは比べものにならない地位と権威を手にするだろう。


 それが親友への、私からのせめてもの手向けだ。




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 ついに私の悪事が白日の下に晒され、聖女アリシアによって断罪され、殿下によって私は婚約破棄された。




 計画通りだ。




 私は、適当にランダムに決められた――ということになっている――ユルグの元に嫁ぐ事になる。


 そうなるように、父上たちにはしっかりと手を回しておいた。


 我がローエンドルフ公爵家の醜聞とその証拠の全て――捏造も多分に含む――を全宇宙にばらされるよりは遙かにマシだと判断してくれた。


 父上たちが逆らわない限り、この秘密は墓まで持って行こう。


 ありがとう父上。理解ある家族を持ってとてもうれしい。私は幸せになります。




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 私は彼の星へと嫁いだ。


 ユルグはこの状況にとても戸惑っているようだ、無理もない。


 星から逃げ出そうともしたらしいが、逃がさない。


 彼は私のものだ。私だけのものなのだ。そして私は彼だけのものだ。


 ああ、しかしどれだけぶりだろうか。三年ぶりか。


 久々に出会ったユルグは、あの時と変わらず――いや、年を重ねているぶん、さらに素敵になっていた。


 本当ならすぐに飛びついて抱きついてキスしたかったが耐えた。


 好き。


 好き。


 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き!!




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 小さな質素な結婚式。


 それは何度も夢に見た光景。とても素敵な時間だった。


 しっかりと記録しておいた。


 誓いの口づけは、なんど再生しても見飽きないし、なんど思い出してもそれだけで絶頂しそうになる。




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 新婚初夜は迎えられなかった。


 しかし、それはユルグの優しさと誠実さだ。


 私は、殿下を奪った恋敵に敗北し全てを失った悲劇の少女という設定だ。


 そんな傷心の娘に手を出すような、卑劣で卑猥な男ではないのが、ユルグ・イナーカスという私の英雄、私の夫だ。


 そりゃあ、手を出して欲しかったというのも正直な所ではあるが。


 しかしとにかく、私の理想通りの素敵な人であり、シーツの中で忍び笑いを抑えるのが大変だった。


 ああ、幸せだ。


 私たちの幸せな夫婦生活が始まるのだ。




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 ユルグの家族とは、友好的な関係を築けそうだった。


 アリスの時も思ったが、私はどうも貴族社会にそまった者たちよりも、こういった普通の平民庶民に近い者たちが好みなのだろうか。


 もし、彼らが不快な貴族だったり、邪魔をしてくるようなら静かにさりげなく処分する方向だったか、そうはならないようでよかった。


 よけいな手間をかけるより、愛する夫と愛を育む事に集中したいからな。




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 下級貴族の生活にも随分と慣れた。


 この家のそこらにユルグの匂いが染み着いていると思うと幸せでならない。


 ユルグの食べた後の食器を片づける時や、洗濯物を洗うと時は最高に幸せを感じる。


 義姉の目を盗んでこっそりと食器を舐めたり、洗う前の下着を新品とすり替えたりしているのは、ばれてはいない。


 まあばれたら記憶を消すだけだが。


 そのための薬もちゃんと準備してある。抜かりはない。




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 ユルグは未だに私とベッドを一緒にしようとしない。


 なので寝る前に睡眠薬を盛っておいた。


 ほかの家族にも同様だ。


 帝室御用達の錬金術師から取り寄せた薬だ、よく利く。みんなぐっすりと眠っている。


 たとえ刺し殺しても目を覚まさないと言われほどの薬だからな。


 寝ているユルグを堪能する。


 ああいい匂いだ。汗の匂いがたまらない。舐めたい。


 というか舐めた。美味しい。


 パジャマを脱がし、夫の全裸を堪能する。


 鍛えられた肉体をしている。めちゃくちゃ興奮する。指が止まらない。


 ああ、叶うならいますぐ私の処女をここで散らしたいが、我慢だ!


 お互いに見つめ合い、愛を語らいながら初めてを交換するのか私の夢なのだから。


 今は見て触って嗅いで舐めるだけで我慢だ。


 なので、夜が明けるまで存分に丹念に、見て触って嗅いで舐めた。




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 ユルグの入浴中に、間違えて浴室に入った。


 ……という体で突撃した。


 風呂場で見るユルグの裸体は良かった。


 水も滴るいい男とはこういうことか。


 ユルグも私の裸体に見入っていた。その後、慌てて出ていったのだが、そこがかわいい。




 直前までユルグが使っていたお湯は、美味しかった。


 その場だけでなく、後で紅茶にしても飲んだか、今まで飲んだお茶の中で最高の味だった。


 うまく入浴の順番を調整すれば、またユルグだけが使った湯を堪能出来る。


 次が楽しみだ。


 その湯でパンを作るのもいいかもしれないな。




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 ユルグが私の入浴シーンを思い出して、自分を慰めていた。


 もちろんその姿はしっかりと記録している。最高だ。


 私を想ってそんなになるのか!


 そして、いずれそれが私のここに!


 もうすぐだ、確実にユルグは私のものになる。


 だが焦るな。ゆっくりと確実に育てていくのだ。


 その時まで!




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 まさか邪神の瞳が現れるとは想定外だった。


 勇者でもなければ苦戦する神話級モンスター。


 死を覚悟した。




 ああ、だけどなんと、なんとなんとなんと、




「俺の妻に手を出すな」




 と!!


 ユルグがかっこよく駆けつけて、そしてなんとあの化け物をあっさりと倒した!!


 あの時と同じだ。初めて会ったあの時と同じなのだ。ああ、やはり私たちは運命で結ばれている!!




 そしてユルグは私を!! 優しく!! 抱きしめてくれたのだ、強く、しっかりと!!




 お前は俺が守る。




 なんて言ってくれたのだーーー!!!!




 保存した。記録した。しっかりと!!


 ああもう死んでもいい。なんだこの幸せは!!






 そしてその夜、当然のように私たちは愛し合った。


 半年だ、半年もの間ずっと待ち続けた!!




 ああもう――




 好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥好き♥


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 ……。




 な、何だこれは……?




 理解がおいつかない。いや、脳が理解を拒否している。


 理解してしまったが最後――何かが。決定的に。




 どうする。どうしよう。どうすればどうしたらどうして――!




「おや」




 後ろから、声が聞こえた。




 平然とした、凛とした、澄んだ声。




 フェリスの声だ。




「見てしまったか。幸せのあまり舞い上がって、セキリュティロックを忘れていたか。


 まあいい――」




 俺はその表情を見れなかった。




 振り返るより先に――




 口元に当てられたハンカチ。




「安心しろ、ただの宇宙クロロホルムだ」




 ああ――この少女は、悲恋に打ちひしがれた悲劇の少女でも、断罪された悪役令嬢でもない――




「目が覚めたときには、都合の悪いことは忘れている。ああ、そしたらまた愛し合いましょう、あなた――」




 ただの、宇宙ストーカーだった。








 そして、俺の意識はそこで途絶えた。









「大丈夫か?」




 ベッドで目を覚ました俺を、妻――フェリスが心配そうにのぞき込んでいた。




 ずっと手を握っていてくれたらしい。




「俺は……どうしたんだっけ」




 どうにも記憶が曖昧だ。




「疲れていたのだろう。あんなふうに戦った後だ。なに、休んでいればすぐに良くなる」


「そうか――」




 フェリスがそう言うのならそうなんだろう。




 フェリスはそんな俺に、優しく微笑む。




 どきりとする。




 天使のような、優しい笑顔だ。




 ――これが、俺だけのものなんだなあ。




「――ユルグ」




 フェリスが言う。




「私は、幸せです。色々あったが、あなたの元に嫁いで、私は――真実の愛を見つけた。




 愛しています、私のユルグ」




「――ああ、俺もだよ、フェリシアーデ。俺のフェリス。愛してる」




 面識もないし恨みもないが、皇太子殿下に言ってやりたい。




 あなたがゴミのように捨てた女は、宇宙最高にいい女でしたよってね!




                 ――Fin――

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断罪された悪役令嬢、田舎貴族に嫁いだ先で真実の愛を見つける 十凪高志 @unagiakitaka

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