あなたまで0.01
@tonari0407
イケメンの無駄遣い
私がその一番優しい人を見つけたのは、高校1年の秋のことだった。
これは私が8年かけて、彼まで0.01のところまで距離を縮めた話である。
『イケメンの無駄遣い』と陰で言われている彼は、それでもモテていた。
その理由は顔面偏差値が高いからだけではない。それを知っているのは彼のことを本気で好きになった子と、本音で付き合っている一部の男友達だけだろう。
彼は『男女間の友情はあり得ない』と堂々と宣言していたので、女の子で彼と関係性を築くには彼女になる必要があった。
見た目が王子様な彼は頻繁に告白される。
でも、どれだけ可愛くても、
どれだけ勉強が出来ても、
どれだけお金持ちでも、
どれだけ面白くても、
彼女になれるとは限らなかった。
よくわからない合格基準を満たした人だけ、彼から条件を提示されるのだ。
『俺はあんまり構えないし、自由にするけどそれでもいいなら』
条件を出してもらえるだけで、かなりの高倍率を突破している彼女たちは、それはまた高い確率で頷いた。
彼は自分からは別れを切り出さない。
私が知っている唯一別れを切り出した子は、彼が付き合った最後の子。
それ以外はみんな自分から彼に別れを告げた。
一回も自分から連絡をくれない。
そもそも連絡先聞かれなかった。
デートに誘ったら、ゲームするからと断られた。
別れ話を止めてくれるかと思ったら、あっさりいいよと言われて立ち去られた。
手も繋ごうとしない。
好きとも何とも言われない。
一緒にいても楽しそうじゃない。
彼は恋愛にも、女の子の身体にもあまり興味が無いようだった。そもそも彼女と一緒にいるときに、心から笑っているところを見たことがない。
彼のことが好きな子ほど気持ちの差を感じ、辛くなって離れていく。
一番長く続いたのは、地味で少し太っていて正直いって不細工な子だった。
彼女は彼の邪魔にならないときに少しだけ話しかけて、一緒に帰れるときに帰って、それだけですごく幸せそうだった。
手を繋いでいるところさえみたことがない。横に並んで歩くときでさえ、人一人分空けて歩く位、奥手な子だった。
その子は、条件さえ提示してもらえなかった可愛い子にやっかまれて嫌がらせをされた。彼はそれに気がついて、さりげなくフォローしていたが、彼が気にかけると余計に事態は悪化していった。
「これ以上助けてもらうのも、手間と時間をかけさせてしまって申し訳ない」
と言ってその子は彼の元から去った。
本当にとてもいい子だった。
後に、彼にその子の話を聞いたら、
「一番自由にさせてくれて一緒にいて楽しかったのに、本当に申し訳ないことをした」と言っていた。
そんな子でも、彼には彼女を別れから引き留めるだけの気持ちがなかったのだろう。
彼の名前は水川優一といった。
優しくないのに優一。イケメンなのに、あんなに冷たいなんてイケメンの無駄遣い。
それを言うのは是非彼を知ってからにしてほしい。
◆
私の名前は前園雪穂という。水川優一とは出席番号が並んでいて、高校1年のとき、私は彼の前の席に座っていた。
自分で言うのも悲しいが、私は冴えない人間だ。
勉強も運動も得意ではない。背が高くて痩せているが、スタイルが良いとか華奢いうよりは貧相にみえる。面長の顔にはそばかすと低い鼻がのっかっている。取り柄も特徴もなく目立たない。話も面白くもない。
何処にでもいそうな高校1年生、それが私だった。
自分とは世界の違いそうなイケメンが後ろの席に座っているというだけでプレッシャーだった。無駄に高い背が彼の視界を遮っていないか心配で、授業中は縮こまる。
別に水川と話すことはなかった。緊張はするが恋愛感情はなかった。
私がそのとき好きだったのは、昔から唯一楽しく話せる幼なじみの男の子で、1つ年上の彼は別の高校に進学していた。
高校生活はそれなりに順調だったと思う。私はクラス内で目立たない地味な4人グループの1人になった。学校は楽しいばかりではなかったけれど、そこまで苦痛でもなくて、ほどよいストレスがスパイスになって、青春っぽかった。
その頃の私はもしかしたら少し調子に乗っていて、無意識に心ない言葉を言ったのかもしれない。きっかけはわからない。
ある日突然、私は仲良しグループの他の3人から仲間外れにされるようになった。別に明らかに無視される訳ではない。そんなことをしたら、周りから非難されるのはその子達だ。
中にいる人だけがわかるようにじわじわと私は除け者にされていった。
休みの日の映画には誘われなかったし、その映画について話すお昼時間も話に入れなかった。4人のグループトークは誰も使わなくなったのに、昨日の夜グループトークで話したといった内容が学校で話される。3人にはいつの間にか好きな人ができていたけれど、それが誰かは私は知らなかった。
勇気を出して「私、何かしたかな?」と聞いたけれど、3人ともなんのことー?とどうでもいいように笑っていた。
辛かったけれど、気づいてくれる人も他に行くところもなかったので、わかった風で相槌を打ちながら笑顔を顔にはり付けた。
声をかけたら答えてくれるし、移動教室も一緒に行く。お昼も一緒に食べる。無視される訳でもない。
特に害はない。
そう自分にいい聞かせ、何でもないように過ごした。そんな感じで1ヶ月がたった。
学園祭の季節だった。
好きだった幼なじみには彼女ができたらしく、私は落ち込んでいた。でもそれを話せる人も慰めてくれる人もいない。
学園祭の係は他の子達も仲良しグループで固まっていたので、必然的に私もグループの子と同じ係になるだろう。うちのクラスは喫茶をやる予定で、私と友達は衣装を作る係になりそうだった。
しかし、そうはならなかった。
私のグループの子に水川が何か言う。
王子様的存在の水川に話しかけられて嬉しそうな友達は、まるで伝言ゲームのように私に向けて言葉を発する。
「雪穂、こっち手が足りてるし小道具の班のが向いてるんじゃない? 」
その子は同じグループの子に目配せをしながら、にやにやした。
ついに仲間はずれになる日が来たかと思いながら、「そうだね」と言って私は小道具の班の方に向かった。
どちらにも所属できず、やることもなく、あちこちさ迷う自分の姿がみえるよう。
「前園さん、こっち手伝ってくれるのー?うれしー」
小道具の班の子は想定外に歓迎ムードで迎えてくれた。派手に飾り付けたいといって、割りとクラスの中でも賑やかな子達の集まる班だ。あまり話したことはなかったし、自分とは価値観が違いそうな人達。
「水川が前園さん字きれいだよって言ってたんだけど、メニューとか看板とかお願いできたりする?」
水川がそんな情報をどうして知っているのか気になりながらも、言われるがままにメニューを書く。別に賞をとったりしたことはないが、書道は習っていたので、見やすい字くらいは書けるのだ。
「おー、すごい! 線引いた訳でもないのに、まっすぐでバランスが美しい! 」
これまたいつもテンションが高くて、近寄り難い男が近寄ってくる。
どうしたらいいのかわからなくて、受け答えをしながらも次から次へ仕事を任されて、私はいつの間にか1年3組の美文字先生になっていた。
「雪穂のお陰で、なんかすごいちゃんとしたものができたよー。ありがとーまじ神! 」
学園祭の準備をした十数日の間に私は、話したことがなかった子達から名前で呼ばれるようになっていた。
「未希の作ったお花の飾りのお陰だよーあれ、すごい可愛くてセンスある」
話してみれば、みんな中身は多感な高校1年生で普通に仲良くなれた。
水川は執事みたいな服を私のグループの子に着させられて少し嫌そうにしていた。
学園祭は楽しかった。
私が派手めな子達とも話すようになったからか、グループの子達のよくわからない嫌がらせもいつの間にかなくなっていた。
それは相手がやめたのか、それともグループに固執しなくなった自分が気にしなくなったのかどちらかはわからない。
確実に言えるのは高校3年の中で一番好きだったクラスが1年3組で、美文字先生は私のお気に入りのあだ名になったということだ。
水川に、
「なんで私が字がきれいなの知ってたの?」ときいたことがある。
彼は不思議そうに「見えたから」と答えた。
水川と小学校から仲の良い男子がクラスにいた。彼は水川のことをこう呼ぶ『イケメンの無駄遣い』と。
「なんで仲が良いのに悪口言うの?」と聞いたら、
この男の子も大概寝ぼけていて、
「悪口?」と聞き返してきた。
「『イケメンのなのに冷たくて勿体ない』っていう意味でしょ?」
私の言葉に彼は笑う。
「優一のことよく見てたらそんな意味には絶対聞こえないよ。
あんなに人の事よく見てて、考察力もあって、面倒くさがりの割には良心に背くことは絶対できない優しいやつはいないから。
顔があんな感じじゃなくても絶対モテるから『イケメンの無駄遣い』だよ。
あいつは一番優しい優一くん」
その言葉に、私の中で何かがすとんと音をたてて、あるべきところにはまった。
その日から私は水川優一の観察を始めた。
授業中にクラスがうるさくて先生が困っているときには、いつもは挙げない手を挙げていた。
目立たない子でも可愛い子でも男の子でも、困っていたらさっと手を貸して何も言わずに去っていった。
自転車が大量に倒れて人が困っていたら、自分のものが無くても当たり前のように無言で直していた。
恐らく見えないところで彼はもっともっと何かしている。それも無意識に。
水川とは高校2年でクラスが離れた。
委員会にすれ違いざまの廊下、私は勇気をだして、でもこの気持ちに気取られぬように声をかけた。
水川のように優しくなれなくても、人のためになることがしたくて、看護師を目指した。
近くにいたくて、無理をして水川の志望校の国立の総合大学を受験した。
「偶然だね」大学のキャンパス内で彼に声をかけた。
何回も勇気を振り絞り、8年かけて私が得たのは『高校からの腐れ縁』という関係性だった。
そして、一世一代の勇気を出し、お酒の力を借りて、すぐバレる嘘をついて、水川の罪悪感につけ込んで得たのは、彼まで0.01の距離だった。
優しい彼は、私が泣きそうな顔で頼むと0.01ミリのコンドームを着けて私を業務的に抱く。
「ちゃんとした愛のあるセックスは好きな人と作りなー?」
同じ体位、同じ手順、痛くない程度の愛撫、素っ気ない態度。
それは早く他の人を好きになってくれという彼からの優しいサイン。
決して好きとは言わずに傍にいようとする
卑怯な私への牽制。
彼がいつもと違う顔で笑うのを見てしまったから、この距離はもう離れることあっても縮まる事はない。
でも、あともう少しだけ、私は『腐れ縁』の影に隠れて、一番優しい彼の傍にいたい。
あなたまで0.01 @tonari0407
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