第75話 あの日に戻って

「ああぁ…また先輩を怒らせちゃった…。」


私は先輩に一方的に電話を切られて半泣きになった。


失敗しちゃった…。


私、先輩を怒らせる天才だ。最後までこんな感じとは…。


そんなつもりじゃなかったけど、先輩、私の事最後の挨拶も後始末も自分でできない恩知らずでいい加減な奴って、思ったよね。


いや、もう何と思われようが、明日はあの家に戻ろう。


インターホン越しに、もう荷物は送ったから帰れって言われたとしても、出来るだけの事をしよう。


最後にもう一度ちゃんと話したい。


ごめんなさいとありがとうをちゃんと伝えたい。


私はもう一度電話をかけたが、繋がらなかった。


私はため息をつくと、カバンの中から携帯を取り出して、先輩にL○NE メールを送った。


『先輩、さっきはごめんなさい。最後にちゃんと話したいので、やっぱり明日家に戻ります。夕方ごろは家にいますか?』


「コラッ!二人共早く服を着なさい!あっ、りんご、浩士郎くんに電話出来た?」


風呂からあがったパジャマ姿のお母さんが、裸で走り回っているいーちゃんとかっくんを叱りつけながら、私に聞いてきた。


「あ、うん…。でも、私の言い方が悪かったせいで、ちょっと怒らせちゃって…。」


「あらあら、何やってんの。」


「本当だよね…。」


しゅんとする私に、お母さんは何でもない事のように言った。


「ま、電話じゃ伝え切れない事もあるでしょ。明日実際に顔を見ながら話せば少しは違うんじゃない?同居の間はそうやって仲直りしてきたんじゃないの?まさか今まで一回もケンカしなかったワケじゃないでしょ?」


「…!そうだね。うん、先輩とは今までいっぱいケンカして仲直りしてきた。明日はちゃんと話して気持ちを分かってもらうよ。」


「うん。それでこそ、りんごだ!浩史郎くんはりんごだけじゃなくて、お母さんの恩人でもあるんだからね。後でお礼しに行きたいからちゃんと仲直りしといてよ?」


「ふふっ。はいっ。」


つい昨日は先輩にお母さんと向き合うように言われ、今日はお母さんに先輩と仲直りするように言われてる。


人の繋がりって不思議だなぁ…。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


久しぶりにお布団を敷き、家族5人川の字に寝て、真ん中の私は、両隣のいーちゃんとかっくんと足をからませながら、お母さんの創作したおとぎ話を聞いていた。


「リンゴ姫はドレスを脱ぎ捨てると、女戦士の姿になり、王子は銀色に輝く一振りの姿を変えました。リンゴ姫はその剣を手に漆黒のドラゴンに立ち向っていったのです。」


「ドラゴンのレベルはどれくらい?」


かっくんがわくわくした様子で尋ねた。


「うーん、レベル99ぐらいかなぁ?」


お母さんがあごに指をかけて考えながら言った。


「剣になった王子様は、もう元に戻らないの?」


いきなり王子様が消えてショックを受けたいーちゃんがお母さんに聞いた。


「ううん。ドラゴンを倒したら、元の姿に戻るよ。安心して?」


「よかったー。」


「漆黒のドラゴンは、雄叫びをあげて、リンゴ姫に襲いかかってきました。」


「ガオ~ン!!グオォーン!!」


突然、右端のお布団に寝ているお父さんの口から大音量の雄叫びが響いてビックリした。


「まさかのお父さん参加!?」


いーちゃん、かっくんはケラケラ笑っている。


「すんでのところで、ドラゴンの攻撃を交わしたリンゴ姫は華麗にジャンプをすると、ドラゴンを頭から、切り捨てようとしました。しかし、そこで、ドラゴンはピンク色の不思議な煙を吹き出しました。リンゴ姫は前がよく見えなくなりました。


煙が消えると、リンゴ姫はドラゴンの姿が消えていることに気づきました。代わりに辺り一面、お菓子や、パンの山ができています。リンゴ姫は大喜び!特に美味しいパンケーキを食べ過ぎて、リンゴ姫はお相撲さんのようにコロンコロンに太ってしまいました。」


「ちょっ…!思春期の娘の悩みをネタにするの、やめて?しかも微妙に事実混じってるし。どこで聞いたの?」


私は真っ赤になってお母さんに食ってかかった。


「あ、うーん、どこだったかな?姿のみえない小人さんだったかな?」


お母さんはすっとぼけた。


いーちゃんとかっくんはお腹を抱えてゲラゲラ笑っている。


「そこへ、再びドラゴンの姿が現れ襲いかかってきます。太って動けなくなったリンゴ姫大ピンチ!そこへ、一羽の白い小鳥がやってきて、リンゴ姫に赤いジュースの入った小瓶を落として行きました。いちごと柿のマークのついたその小瓶の中身を一気に飲み干すと、あっという間に、元のほっそりした姿に戻りました。小瓶の中身はなんと、やせ薬だったのです。」


「いいなぁ。一瞬でやせられる薬なんて…。私も欲しい!」


私が思わず言うと、お母さんが実感を込めて同意した。


「本当よね…。」


私とお母さんは見詰め合い、何かを深く分かりあった。


「お〜い。ドラゴンの話はどうなったんだよ?」


不服そうなかっくんの声に私達は我に返った。


「ああ、ごめんごめん。今度はりんご姫が逆にドラゴンに向かって魔法をかけました。ヨイコヨネムレ〜するとドラゴンは…。」


「グオーン。スピピ~。」


再びの登場に目を遣ると、お父さんは白目をむいて寝息をたてていた。


「え。お父さん本当に寝っ…?」


「いつも子供達より先に寝ちゃうのよねー。」


お母さんは苦笑いをした。


         *

         *

         *


「……、こうして、りんご姫は漆黒のドラゴンを倒すと、剣から元の姿に戻った王子様と一緒に、お城に帰ったのでした。めでたし、めでたし〜。」


お母さんがお話を終える頃には、いーちゃん、かっくんも、すやすやと夢の国に旅立っていた。


両隣の子供達の無邪気な寝顔を眺めながら、

お母さんは、私に語りかけた。


「あんたが家を出てから、寂しがって夜に二人が泣くようになっちゃってね。毎晩あんたを主人公にしたおとぎ話をして、寝かしつけてのよ。」


「それで、いーちゃんとかっくんが、お城とかドラゴンとか言ってたんだね?」


私はやっと合点がいった。


「私が、皆に会いたくて、夜眠れないで泣いてたときに、皆も私の事を考えてくれていたんだね…。」


「そうだよ。でも、今日はあんたが帰って来てくれたから、安心して皆随分寝付きがいいみたいよ?」


「私も今日は皆と一緒だから、足元があったかくて、あっという間に眠れそう。ふふ。いーちゃんも、かっくんも寝顔可愛いね。」


二人のふっくらしたぴんく色のほっぺを順番こにつついていると、お母さんが、私の頭をポンポンと撫でた。


「りんごも寝てるとき可愛いよ?」


「そ、そう…?」


「うん。そりゃもう、天使みたいに!あ、そうだ。浩史郎くんとの許嫁と同居の件賛成した理由もう一個あったわ!」


「?」


「多少浩史郎くんが浮気性だとしても、

りんごはお家で最強可愛い女の子だから、同居するなら、他の女の子に絶対に負けないと思ったんだよね。」


私はそれを聞いて、吹き出した。


「ぶふっ。何ソレ?そんなワケないじゃん!?里見先輩は美人でグラマーな大人の女性が好きなんだよ?私なんか最初から眼中にないの!「女じゃない」とまで、言われてるんだから。」


「あら、そうなの?浩史郎くん、見る目ないわね。こんな可愛い子相手に!」


お母さんはさも心外だというようにぷんと顔を逸した。


「ふふっ。お母さん、そういうの…。」


私はちょっとはにかんで言った。


「親バカって…言うんだよ?」


ああ、今、幸せだ…私…。


体が安心感と幸福感でいっぱいに満たされるのを感じながら胸のどこかが、チクリと痛んだ。


それは罪悪感という奴だった。



❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇



ふと気付くと私は碧亜学園の中庭近くの通路にいた。


向こうの中庭のベンチでは女生徒同士が何やら揉めている。


柱の陰から一人の男子生徒が、オロオロしながらその様子を見守っている。


背の高い、品のよさそうなお顔立ちの

その人は…、私のよく知ってる人物だった。


ああ。これ、最初の出会いの場面のやり直し?


今まで何度、ここに戻りたいと思っていたことか…。


だとしたら、私は次にやるべきことを知っている。


もう絶対に私は間違えない。今度こそ正しい道を行く。


その男子生徒がこちらに向いてその困ったような瞳と視線が交わされる前に、

私は勢いよく回れ右をすると、もと来た道を足早に引き返していった。


よかった。これで大丈夫。


これで全部なかった事になる。


歩いていく度に、今までの思い出が一つ一つ消えていった。


私と出会うことも。


里見先輩が、二人の女生徒と修羅場になることも。


あの日、理事長室に呼ばれ、両親達から、許嫁と同居の事を言い渡されることも。


ボイスレコーダーに先輩の悲痛な叫びを録音することも。


シェアハウスが一軒家と知って驚いたことも。


用意した朝食に文句を言われることも。


初めて花束をもらったことも。


体調を崩して、お粥を食べてもらえなかったことも。


パエリアのために食費を使い切ってしまったことも。


二人でエンジェル・ドーナツの販売のバイトをしたことも。


数学の勉強を教えてもらったことも。


買い物のためにお出かけしたことも。


夢ちゃん、東先輩と4人で昼休みに屋上で過ごしたことも。


おすすめの本を読み合ったことも。


先輩とぶつかり合って、自分の愚かさ、臆病さに打ちのめされたことも。


先輩の過去の傷を知ったことも。


全部、全部なかった事にー。


全てが消えて周りが真っ白になった世界で、私はやっと安堵した。


ああ、よかった。これで安心。傷つく事も傷つけることもない。



何もない真っ白な世界で、心の底からそう思った………。



どこかで、私の名を呼ぶ声がした。



「〰〰」


「〰…ちゃん…」


「りんごちゃん!」


目を開くと、見慣れた天井をバックに、ツインテールの可愛い女の子がこちらを覗き込んでいた。


「いーちゃん?」


私は一瞬目をパチクリさせたが、すぐに状況を思い出した。ああ、そうだった。お家へ帰ってきたんだっけ。


「りんごちゃん、泣いてるの?大丈夫?」


「えっ。」


私は涙で頬が濡れていることに気付いた。


起き上がると、勢いで、涙がポトポト落ちた。


「あれ?何でだろ?」


「怖い夢見た?」


「いや、忘れちゃったけど、怖い夢じゃなかったような…。久々に皆に会えて幸せすぎて、泣いちゃったのかなぁ?へへ。大丈夫だよ。いーちゃん、ありがと。」


私はちょっと恥ずかしくなって、涙を拭くと、隣のツインテールの頭をよしよしと撫でた。


時計を見ると、8:30を指していた。昨日日中あれだけ寝たのに、今日もこんな時間まで寝入ってしまった。


キッチンでは、お母さんが朝食の用意をしていた。


お父さんは新聞を読んでいたが、私を見ると、嬉しそうに挨拶してくれた。


「おはよう。りんご。昨日はよく眠れたみたいだね。」


「あ、うん…。寝坊しちゃった…。」


そこへ、かっくんの元気な声が飛んできた。


「お。りんご、起きたのか?ちょうど仮面○イダー始まるぜ?一緒にみるぞ?」

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