第69話 森野の日記①

実家に電話をかけると、母は珍しくえらい慌てた様子で、森野の事で、矢継ぎ早に質問攻めにしてきた。


「何よ、いきなり。同居解消ってどういう事なの?浩史郎、森野さんに何かしたんじゃないの?まさか、親に言えないような事をしたんじゃ…!」


「だから、森野の母さんから事情は聞いたろ?森野はホームシックで、同居が続けられそうにないって。俺は森野に何もしてない。もちろん手を出してもいない。本人の気持ち的に限界でもう仕方がなかったんだよ。」


そんな押し問答を何度か繰り返して、漸く母は納得すると、疲れたようにため息をついた。


『あんたも、そこそこ、スペックは高いはずなのに…、なんで、ここぞというというときに発揮できないのかしらね?お父さんはこの一大事に、会議中で電話が繋がらないし。この無駄イケメン共…。』


くそっ。的確にひどい事言うな…。さすが俺の母。


『住所と電話と生年月日だったわね。ちょっと待ってね。あんたが、それで気持ちに区切りをつけるのか、まだ頑張って足掻くのかは分からないけど、どちらにせよ、後悔のないようになさいね…。』


そして今、俺は母から、電話で聞き出し、森野の実家の住所、電話番号、そして、森野と森野の家族の生年月日を書かれたメモを持って、鍵付きの日記帳のような本と対峙していた。


メモによると、森野の生年月日は4月5日。


「俺と一日違いだったんだな…。」


4月6日生まれの俺は感慨深く呟いた。


まぁ、こんな誰にでも思いつきそうな数字を暗証番号にしないよな。森野と家族の生年月日、住所、電話の中から数字を当てはめて行って、無理だったら諦めよう。


もともと、人の日記帳を覗こうというのが、間違いなんだ。


そう思いながら、405と数字を入れると、カチッと日記帳の鍵が解除される音が響いた…。


森野…!! セキュリティ甘すぎ…。


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俺は罪悪感を感じつつも、その日記を読んでみたいという好奇心を抑えきれなかった。


躊躇いながら、その頁を開いていった。


   


【4月8日(木)碧亜学園 入学式】




今日から、私も高校生。お母さんがこの為に有給をとってくれて、校門のところで、写真を撮ってくれた。


帰りはお母さんと学校近くの喫茶店でカツサンドを食べた。絶妙な美味さだった。




夢ちゃんと同じ高校に通えるなんて、夢みたいだ。入学式で会った夢ちゃんの制服姿といったら、もう!正にの一言に尽きる!しかも、クラスも同じというミラクル!!


私、高校入学時点で人生の大半の運使い切ってない?


大丈夫かな?


大輪の花のような容姿だけでなく、家柄、スポーツ万能、成績優秀と才色兼備な夢ちゃんは保護者からも、生徒からも注目の的で、入学式でスピーチを堂々と述べていた。


親友として、とても誇らしい気持ちだった。


それに比べて、制服姿もまだぎこちない、下手すれば小学生に見られかねない外見に、成績もぎりぎり特待生の及第点で滑り込むように入った私は、小学生の時同級生だった誼がなかったら、夢ちゃんとお近付きになる事すら出来なかっただろう。


そんな私を夢ちゃんは親友と呼んでくれる。あの素晴らしい子の隣にいる、あの平凡な子は何なの?っていう皆の視線は痛いけど、夢ちゃんの親友として、恥ずかしくないように、これから色んな事を頑張って行こう!


中学の時は私の向こう見ずな性格のせいで、やらかしてしまい、クラスで孤立してしまった。


もう2度とあんな思いはごめんだ。


今日からは、中学までの私と違って一歩大人の私になります。お母さんみたいに優しく、夢ちゃんみたいに賢く、何があっても、ふふっと大人の笑顔でやり過ごします。面倒ごと(特に男女の揉め事)には絶対関わりません。女子に人気のありそうな男子には絶対に近付きません。


夢ちゃんと穏やかで楽しい高校生活を過ごすことをここに誓います。


        4月8日 20:00 自宅にて


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日記は入学式の日付から始まっていた。森野が宇多川と同じクラスになれて高校生活に期待を寄せている様子が窺えた。


森野がよくする『ふふっ』っていうあの笑い方は、宇多川や、森野の母を真似てのものだったのだろうか?どっちにも全然似てないけどな。


中学の時に何か揉め事があったのだろうか?森野の母も、以前、森野は中学時代、クラスの子とあまり関わりがなかったって言ってたな。


最後に男女の揉め事には関わらないとか、人気のある男子には近寄らないって強く戒めているのは、中学の時それに関わって嫌な思いをしたせい?


森野の男子苦手なのは、離婚した父親の事以外にも原因があるんだろうか?


少し気になった。

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