第68話 温度差
恭介と別れてから、勉強もかねて本屋やらカフェやらあれこれと寄ったので
家に帰り着いたのは夜の8時ぐらいになっていた。
玄関のドアを開けて、暗い部屋に灯りをつけていった。
当たり前の事だが、「お帰り」と誰かの返答があるわけでもなく、誰かが、今日の夕飯メニューやら、学校の出来事やら、最近のマンガの話題など、嬉しそうに話かけてくる事もなかった。
何だかいやに家の中が広く感じた。
リビングで、帰りにフードコートのテイクアウトで買った、カツサンドにかぶりついていると、ここで、ここで起こった色んな事が思い出していた。
ここで、森野の作った朝食に文句を言い、
パエリア作りで食費を使い込み、森野に怒られ、
数学の勉強を教え、それぞれのおすすめの本を文句たらたらで読み合い、
向こうのソファーでは、ピザを食べながらアニメ映画を夢中で見ていた。
ついこの間のことなのに、もう随分と昔の事のように感じていた。
薄暗いリビングで、一人静かに食事をしていると、そんな事があったのも、夢か何かでもあったかのような気がしてくる。
食べ終わると、早々に自室に戻ろうと腰を上げた途端、リビングの電話が鳴り出した。
ダッシュで電話の受話器をとると、
『あっ。先輩ですか?森野です。今大丈夫ですか?』
!!
「あ、ああ…。」
緊張で声が上擦ってしまった。
『連絡するのが遅くなってすみません。もっと早くに連絡しようと思っていたんですが、私、家に帰るなり、寝入ってしまったらしくて、気づいたら夕飯時になってしまって…。自分にビックリです!おかげでお昼ご飯を食べ損ねてしまいました。せっかくお母さんが天ぷらを作ってくれていたのに…!』
気の抜ける程いつもの森野だった。いつもは
聞き流している森野の無駄話も、今は少しでも長くその声を聞いていたいような気がしていた。
「夜はちゃんと食べられたのか?」
『あ、はい。その分夕飯のすき焼きはたっぷり食べれましたよ。もう、今日はご馳走ばかりで、幸せです。』
「それはよかったな。」
『先輩はご飯ちゃんと食べてますか?』
「ああ、昼は恭介とス○バで軽食とったし、夜は駅前のフードコートでカツサンド買って家で食べた。」
『お昼に東先輩に会ったんですね。ふふっ。相変わらず仲いいんですね。
カツサンドってもしかして、○ボテンのですか?』
「ああ。」
『あそこのカツサンド美味しいですよね。私あそこのミルフィーユカツ大好き。私的カツサンドランキング第二位の味です。』
「そ、そうなのか…。」
適当に選んで買って、家で口にかっ込んだだけだから、正直うまかったかどうか、記憶にない。まずくはなかったと思うのだが…。
「まぁ、あそこのカツサンド、なかなか美味かったよ。」
俺は少し噓を言った。
食事がうまいか、まずいかは、そのもの本来の美味しさももちろんあるが、食べる側の心理的な要因も大きく関係している。
昨日まで食事もあまり進まなかった、森野が夕食のすき焼きをガッツリ食べれたというなら…。
「森野はその様子だと、家族とうまくいったみたいだな。」
『は、はい…。おかげ様で。お父さんともお母さんともちゃんと大事な事を話せました。やっぱり、今の私に家族から離れて自立した生活を送るなんて、まだ無理で、許嫁と同居の件をお断りしたいと伝えたら、二人とも了承してくれました。』
「そ、そうか…。」
分かってはいた展開だが、はっきり言われると心のどこかが痛むのを感じていた。
『それで、あの…。先程お母さんが里見先輩のお母様に電話でその事をお伝えして、謝罪をしたそうです。』
!!
「そうか…。母は何て?」
『里見先輩のお母様は、話を聞いて心配して下さって、同居の件はすぐに解消してもよいと言って頂けたようなのですが…。許嫁の件は今すぐに結論を出さないで、ゆっくり考えて欲しいとの事でした。』
「!!」
『そちらは、すぐに解消というワケにはいかないみたいです。本当にすみません。』
「い、いや…。」
そうか…。同居を解消したからといって、許嫁を解消しなければ、森野との縁は切れたワケではないのか。
往生際悪く淡い期待を抱き始めたとき…。
『先輩。心配しないで下さい!これから、私と先輩、それぞれで力を合わせて、「結婚相手としては考えられない!」と根気強く主張していけば、いつかは解消できますよ!一緒に頑張りましょう?』
森野はむんっと力強く俺に言い聞かせるように言い、俺の芽生え始めた期待を粉々に打ち砕いた。
「ああ、そうだな!そうだったな。森野!」
お前は俺が嫌いだって言ってたものな。分かってたよ!!期待して損したよ、クソ!!
『あの、先輩、なんか怒ってますか?早く終わらせたい気持ちは分かります。私も面倒ばかりかけて、申し訳ないと思っています。あと少しですから、協力して頂けませんか…?』
「……っ。」
明後日の方向に気遣う森野に何と言ったものか考えていると…。
『本当は明日荷物をとりに伺う予定だったのですが、もし、先輩がもう私の顔も見たくないというなら、部屋にある荷物だいたいまとめてありますので、着払いで送って頂いてもかまいません。ですから…。』
その言葉に、自分の中の何かがぷちっと切れる音がした。
「顔も見たくないのはそっちだろ?分かったよ!そんなに早く終わらせたいなら、着払いで荷物を送ってやるよ。それで、全部終わりだ!満足だろ?じゃあな!」
『な…、ち、違う!私は別にそんな事…!待って、先輩!や、やっぱり明日行きます。行きますからっ。あっ…。』
ガチャン!
森野が必死に弁解するのも聞かず、怒りに任せて、電話を切った俺は、その勢いに任せて、森野の部屋へと向かった。
人の気も知らないで、あのクソ鈍感天然女!!
そっちがその気なら、もういい!奴の荷物を今からコンビニで、実家に送り返しちゃるわ!
いっそ、せいせいするぜ!
森野の部屋のドアを勢いよく開けると、そこにはベッドと机、本棚など、もともと備え付けられている家具以外は何もなく、
部屋はガランとしており、代わりに、ベッドのすぐ横に大きなダンボールの荷物が4箱ほどあり、2箱ずつ上下に積んであった。
森野が言っていた通り、昨日のうちに荷物を整理したらしい。ハッ、手際のよいことで!
よっぽど俺と早く離れたかったとみえる。
ダンボールのうち一つだけ、封が閉じられていないものがあった。雑誌やら筆記用具やら、中身が見えている。
俺は近くに転がっていた布テープを拾い、ダンボールを閉じようとしたが、
ふと、中にある一冊の本が気になって手を止めた。
そこそこ厚みのあるA5位のサイズのピンクの革表紙のその本は、鍵がついており、3つの数字を合わせるようになっていた。
「森野の日記帳か何かか?随分物々しいな…。」
俺は、その本を手に取り、じっと眺めていたが、ふわんと邪な興味が湧いてきた。
日記帳だとしたら、何が書いてあるのだろうか?俺への悪口?いや、あいつは俺にそんな興味もないか…。家族への想い?宇多川との思い出?それとも、学校の…。まさか、恭介や、他の男子の事とか…?気になる…。
3ケタの暗証番号か…。森野の事だから、物々しい鍵の割に分かり易い番号だったりして…。
いやいや、何を考えている?人の日記帳を読もうとするなんて!?プライバシーの侵害だ!
うん。絶対に許される事じゃない。
そのまま、そっとダンボールにしまって、とっとと宅配便で送ってしまおう。
うん。何も見なかった。
俺は悩んだ末に心を決めると、実家に電話をした。
「あ、母さん?悪いんだけど、森野の実家の住所と電話番号と…、あと森野と森野の家族の生年月日を知ってたら、教えて欲しいんだけど…。」
*あとがき*
次回から、6話分総集編的な内容になります。本日次話(69話)同時更新しており、その後は毎日一話ずつ更新する予定となっていますので、よろしくお願いしますm(_ _)m
追記:本日、69話同時更新とお伝えしつつ、同時更新しておらず、申し訳ありません
🙏💦💦💦
変則的なスケジュールの為、混乱して間違えました😭
今から更新させて頂きます。
明日から10日まで毎日更新させて頂きます。(9日のみ2話投稿。)
今後もよろしくお願いしますm(_ _)m💦💦
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます