第59話 ホームシック

PM6:00


「ただいま。」


玄関のドアを開けると、家の中はしんと静まり返っていた。


家に帰ると中の様子で森野の機嫌がすぐ分かる。


だいたいいつもキッチンの方から、

「おかえりなさい!」と元気のいい返事があり、それから、少し遅れて、パタパタと出迎えてくれるのだが、

いい事があったり、俺に話したい事があるときは、玄関に待ち構えていて、俺が帰るなり、マシンガントークを浴びせてくる。


帰るなり、長話を聞かせてくる森野を面倒臭いと感じ最初のうちは邪険にしていたが、


何度追い払っても嬉しそうに寄ってくる人懐っこさに根負けして最近では会話をするのが、日課のようになっていた。


しかし今日は…。


森野の部屋の前に立つと俺はドアをノックした。


「森野、いるのか?」


「あ、はい。先輩、帰ってたんですね…。」


ずずっと鼻をすすり上げる音がした後、くぐもった声で返事があった。


「開けてもいいか?」


「え。だ、駄目です。今はちょっと…。」


「でも、鍵空いてるぞ?」


 俺がドアノブを回すと簡単に扉は動いた。


「え、ちょっとやめ…!」


制止もきかず、扉を開けると部屋の奥には部屋着の森野がベッドの上に寝っ転がって、周りに丸めたティッシュの山を作っていた。


「何で勝手に開けるの?先輩は本当にデリカシーのない人ですね!!」


森野は赤く腫れた目を釣り上げて珍しく本気で怒っていた。


「出てって下さいよぉ!」


森野がぶん投げたりんご型のクッションが俺の足元に転がった。


「泣いてたのか?」


「!!」


森野は赤い目を両手で隠すと、たどたどしく言い訳をした。


「こ、これは…えっと、すごく泣ける小説を読んで、感動しちゃって…。読み終わって余韻にひたっていたところだったのに、せ、先輩のせいで台無しです。」


俺は深いため息をついた。


こいつは本当に嘘をつくのが下手だな。 


「そりゃ悪かったな。でも、長い間余韻にひたりすぎじゃないか?もうご飯どきだぞ?」


俺は足元のクッションをベッドの上に戻してやりながら、呆れたように言った。


「えっ。」


森野はベッドサイドの目覚まし時計を見て目を剥いた。


「あっ。いつの間にこんな時間…!すいません!すぐに夕飯の支度を…。」


慌てて部屋から出ようとする森野を俺は呼び止めた。


「森野、いい。」


「えっ?」


「君の涙混じりのしょっぱいご飯なんか食べる気がしない。今日はすごーくレトルトカレーが食べたい気分だ。確かリビングの棚に防災食があったよな?」


         *

         *


PM6:15


「ほれ。」


俺は、森野の前のテーブルにレトルトカレーとごはんを盛り付けたお皿、スプーン、麦茶の入ったコップをトレーごとおいてやった。


「ありがとうございます。い、いただきます。」


「おう。」


俺は向かいの森野が、遠慮がちにちょびちょびカレーを食べ出したのを確認すると、

自分の分を食べ始めた。


「そういえば、ここに来たばっかりのときも

レトルトカレー食べたよな。」


「そういえば、そうですね。」


固い表情だった森野が、少し笑顔になった。


「あのときは、IHクッキングヒーターの使い方が分からなくて、お湯をわかすのも一苦労でしたね。今は煮物から揚げ物までこれ一つで何でもできるようになりました。」


「何かの宣伝文句みたいだな。まぁ、全部俺のおかげだがな。」


「全部ですか?まぁ、今日は先輩にお世話になりっぱなしだからそういう事にしといてもいいですよ?先輩がボタンの長押しの秘術を教えてくれたおかげです。カレー、ごちそうさまでした。」


「もういいのか?」


森野はカレーとご飯をそれぞれ少しずつ残していた。


「はい。すみません。カレー美味しかったんですが、今日は何かあまり食欲がなくて…。」


「そうか。まぁ、森野の作る料理ほどうまくないしな…。」


「ふぇっ!?先輩どうしたんですか?いつも私の料理まずいまずいって文句言ってるくせに。」


俺の言葉が予想とは違ったのか、森野は驚いて俺をガン見してきた。


「今だから言うが、森野の料理そんなにまずくはなかった。うちの味と付け違ったから最初違和感があっただけで、慣れたら普通にうまかった。」


「ふふっ。それは、何となく気付いていましたよ。同じ料理作っても、途中から文句言わなくなりましたもんね。」


「うん。今はもう、ピーマンを入れたり、砂糖と塩を入れ間違わなければ文句はないよ。」


「ピーマンは食べてほしいけど、砂糖と塩はもう間違えませんよぉ!明日からはちゃんと…。」


「ははっ。できないだろ?」


「え?」


「ご飯は食べれない。夜は眠れない。そんな調子でどうやって明日からちゃんとするんだ?」


笑顔のまま俺にそう言われ、森野は戸惑ったように目を瞬かせた。


「せ、先輩…?」


「森野。帰れよ。」


「え?」



「実家に帰れって言ったんだ。君はホームシックになっている。」



俺は森野が逃げ続けて来た現実を突き付ける言葉を放った。




*あとがき*

次回かなり重い話になります。


お時間あるときに読んで頂けたらと思います

m(__)m

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