第22話 至高の味

その悲劇は一本の電話から始まった。


木曜の夕方。森野より先に学校から帰っていた俺は、自室で、今日出た英語の課題に取り組んでいると、スマホからライン電話の着信音が鳴った。


『あ、先輩?森野です。すみません。今、友達の夢ちゃんの家に遊びに来ているんですが、帰り少し遅れてもいいですか?』


「ああ。いいけど、何時くらいになりそうなんだ?」


『はい。えっと、6時半までに帰るようにします。そこから作るから、ご飯は8時位になっちゃうと思うんですけど…。』


「ああ。別に夕食遅いのは構わない。」


『ありがとうございます。先輩には最近色々家事をやって頂いてるのに、すみません。』


「いーよ、別に。気をつけて帰って来いよ。」


『はっ、はい。ありがとうございます。では。』


週末に体調を崩した俺だが、日曜に全快し、

ちゃんと月曜から学校に通えていた。


あれから森野に生活力で遅れをとっていると感じた俺は、自分のできる範囲の事は自分でやるようにしていた。毎日の風呂掃除すると申し出た時は、森野にとても驚かれた。


「森野は友達の家か…。」


時計は午後4時半を指している。

財布を落とし、現在全財産失くした身としては、家に引きこもっているしかないのだが…。


見るともなしに、スマホの動画検索画面を見ていると、○ィファールのセラミックフライパンの広告が入っていて、チャーハンを炒めている映像が流れていた。


そういえば、中学一年の時、調理実習でパエリア作った事あったっけ?あれ、結構美味かったよなぁ?

作り方ならなんとなく覚えている。

材料は、海産物、パプリカ、米、調味料…。


これは、森野の鼻を明かしてやるチャンスなのでは…?


「よし、今日は俺が夕食を作ろう。」


確か、森野が買い物に行く時、電話横にある棚の引き出しからお金を出していたような…。

多分あれが食費だろう。


早速引き出しから封筒を見つけ、確認すると、3万5千円しか入っていなかった。


「随分少ないな……。」


まぁ、一食分作るだけなら問題ないだろう。

俺は封筒をカバンにしまうと、意気揚々と家を出て行った。


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ガチャッ。


玄関の鍵を開ける音に敏感に反応した俺は、

玄関前まで森野を出迎えてやった。


「ただいまですーって。うおぅ!先輩?!」


家に入るなり、エプロン姿の俺が腕組みをして仁王立ちで待ち構えているのに、ビビった森野が声を上げた。


「遅くなってすみません。夢ちゃんとついつい話し込んじゃって、えっとぉー、先輩。

その格好は一体……?」


ピンクのエプロンをつけた俺に強い違和感を感じたらしい森野は恐る恐る問いかけた。


「今日は、俺が夕食を作ってやった。」


「えー!!嘘でしょ!?レトルトカレーとかじゃなくて?」


「あのな。嘘だと思うなら、テーブル見てみろよ。」


森野が、リビングへ急ぐと、テーブルには今しがた出来上がったばかりの料理がところ狭しと並べられていた。


「うわぁー、パエリアだ!すごい豪華!スープやサラダまで用意されてる。美味しそう〜!!」


森野は目を輝かせた。


「見直したか?俺だってやれば出来るんだ。何もできないお坊っちゃじゃないぞ。」


「見直した見直したー!先輩は何でもできるお坊っちゃまです。」


お坊っちゃまは変わらないのかよ。

あと、森野。さっきから、興奮のあまりちょいちょいタメ口になっているぞ?

まぁ、寛容な俺は大目に見てやるが。


「これ、私の分もあるの?食べていいの?いいの?」


二人分盛り付けてある料理をみて、森野は涎を垂らさんばかりだった。


「おう。冷めない内に食べるがいい。」


「わーい!すぐ手を洗って来まーす。」


森野はスクールバッグをソファーに放ると、洗面所に駆け込んだ。


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「うわ、うんまぁ!ご飯、絶妙な塩加減と味わい深さ。サラッとしてるのにしっとり〜!」


森野はパエリアのライス部分を頬張ると、美味しそうに味わった。


「まぁ、米からして違うし、高級なだし使ってるしな。それに、チタンコーティングのフライパンを使うと、楽に美味しく炒められるんだ。」


「へぇ〜。そうなんですね。何この大きい貝?旨味が濃厚過ぎます。幸せ〜!!」


「ムール貝だ。大ぶりの特別良いものを使ったんだ。」


「スープもサラダも美味しい〜!ドレッシングもいつもの味じゃない!」


「ドレッシングは一から手作りした。

ふふん、旨かろう!」


森野は言葉もなく、何度も大きく頷きながら俺の料理を一心不乱に食べていた。

俺も納得のいくものが出来たと、満足しながら料理を味わって食べた。


森野はあっという間に完食すると、満足げにふーっと一息ついた。


「ごちそうさまでした。はぁ〜美味しかったぁ…。

先輩、食事にうるさいと思ったら、グルメを追求する人だったんですね?確かにこれだけ美味しいもの作れたら、私の料理には満足できないかも…。私も先輩を見習って、精進しなきゃいけませんね。」


森野が尊敬の眼差しを向けてくるのを見て、俺は悪くない気分だった。


「まぁ、そう褒めるな。何でも至高を追求してしまうさがっていうのかな?」


「ははぁー!海○先生おみそれしました。」


「誰だよ、それ?」


「あ、知りません?お父さんの持っているグルメ漫画に出て来るんです。」


へへっと笑って森野は頭を掻いた。


「あれ?でも先輩、財布落としたんでしょ?材料買うお金ってどうしたんですか?」


不思議そうに問いかけてくる森野に俺はドヤ顔で答えた。


「ああ。ちゃんと食費から出しておいたぞ。お釣りも封筒に入れて引き出しに戻しておいた。」


「へ、へぇー。ありがとう…ござい…ます…。」


何故か急に顔色が冴えなくなった森野が、引き出しを確認しに行った。


封筒から取り出したお釣りが、森野の手の平に落ち、チャリンと音を立てた。


「さ、351円……。」

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