第4話異種族のお友達

「ご馳走様でした」



始まり同様に食事を終える際にも家族全員で手を繋いでお祈りをする。というのがこの家のルールのようであった。

かつていた神の一柱 繁栄と豊穣の女神ルシエラを信仰していた国ロクサイユの風習を彷彿とさせる



女神ルシエラの加護により、あの国では肥沃の大地と尽きることのない豊かな実りがもたらされていた。豊潤な賜物は飢える者を赦さないとさえ云われるほどであったが、女神ルシエラ消失に伴い、国は緩やかにひっそりと滅亡していった。その時の文化が残っていたのか……

なんにせよ、紅葉の父親はかの国の関係する出身なのだろうと推察する



「まさか3日分のボア肉をまるごと平らげるなんて、紅葉さんの胃袋を侮っていましたか」



「ママのお代わりは?」



「……やれやれ 今度からもう少し多めに買い込んでおきますかね」



「ねえ ママのお代わりは?」



「……」



食後の余韻を楽しんでいると、コンコンっと玄関をノックする音が聞こえ、それに反応した母が獲物を狙いすました獣の如く猛ダッシュして玄関へ向かいそれに応えた



『あらまあ!』



『おおおお友達のセイーネ・スカッシュゴードンです!えとえと、初めまして!』



『テンパりすぎですわよセイーネさん。申し訳ありません。お初にお目にかかります。紅葉さんのお姉様。わたくし紅葉さんと同じクラスでクラスリーダーを務めています ニーナ・クロイツェル と申します。紅葉さんのお見舞いに来たのですが……』



『お姉様……っ!あらあら まあまあ!』

 


どうやら紅葉の級友が訪れたらしいが、深刻そうな声色の友人たちを前にして、よくもまあその変なキャラ付けで相手出来るものだ。

母に続くように2人の友人。名前は……セイーネとニーナが連れられて俺のいるリビングまでやって来る



当たり前だが2人と俺に面識は無い。だが紅葉の中に蓄積されている2人の人物としての情報が一目見た瞬間に脳内で錯綜したのだ



セイーネ・スカッシュゴードンは海神アルゴウス・ナウティカを信仰し"神の加護"を得ていた種族セイレーンの中でも特に名家と名高いスカッシュゴードン家の1人娘だ。

(セイレーンは鳥人なので本来なら下半身が鳥に近く、背中には小さな羽が存在している。人化能力を有しているため、外面は側頭部にある魚のヒレと背中にある小さな羽を除けば殆ど人間と変わらない)

セイーネは紅葉よりも小柄な体躯で、その長い髪は腰まで伸ばしており又セイレーンには珍しい黒の髪の毛だ。気弱な性格なのか、前髪を使って目元を隠している



「よ、よぉ 元気だったか……?」



紅葉がどんな子なのか想像付かなくとも、母を見れば何となく子の人となりなんて想像がつく。取り敢えず初めは俺から挨拶をした。

そんな彼女の前髪から僅かに垣間見える綺麗な瞳と目が合うと、くしゃくしゃに顔を歪ませながら抱きついてくる



「紅葉ちゃん……!紅葉ちゃん!よがっだっ…!よがっだよぉぉ!」



「ぐぇっ……!」



見たところ挨拶に問題は無かったが、見かけによらず抱きつく力はかなり強く、そのまま支えきれずに押し倒される。それだけこのセイーネが友人である紅葉を大切に思っているのだろう



「心配かけた」



セイレーンの特徴として歌を聴いたものに良くも悪くも特殊な効果を付与する。

魔歌リリックと蔑まれ、耐性の無い他種族どころか、ある程度の耐性がある筈の同種族ですら聞き続けると影響を受けてしまう強力な魔法だ



そんな恐ろしい歌を彼女は喜びで我を忘れたのか俺の耳元で囁くように口ずさんだ



「♍︎♎︎♏︎♐︎」



♍︎♎︎♏︎♐︎の訳"私を独りにしないで"か。

関係性にも色んな形があるが、これは恐らく"友愛"というやつだろう。だが脆弱な人間がこの距離で今の歌を聞いたら、それだけで三年は廃人コースだろうし、迂闊と言わざるを得ない。



セイーネも直ぐにマズイと思ったのか、手で自分の口を押さえて、不安そうに恐る恐る俺の顔を覗き見て、効果が出ていないことに驚きながらも胸を撫で下ろしていた



当たり前だが俺は神に創られし存在なので聞いたところで影響を受けるわけもない。本来なら怒るべきなのだろうが、紅葉とセイーネは仲の良い友人の様だし、関係性を悪化させるのは望むところではない。ならば水に流すべきか。いや寧ろ、紅葉として演じる間は良好に維持する様に努めるべきだろう。声に魔力を宿し、魔歌と同じ芸当をして返した



「♑︎♒︎(ずっと一緒さ)」



友と呼べる存在はいなかったが、俺の知っている童話の一つ『太陽と仲良くなりたい吸血鬼』で、最後に太陽の光を克服した吸血鬼 ドラキーが孤独な太陽と友達になる時の台詞である。

子供向けの童話なので、子供相手に使っても特におかしくないだろう



「え、え!あ、え!!?」



「……? どうした」



セイーネの反応が怪しい。もしかして、違和感を持たれたか?咄嗟にその小さな手を取り、彼女の目をじっと見つめる。目を合わせて触れ合うと、魔力の波長を同調することで、相手の感情を測定できる技があるのだ



それで確かめる

……ふむ。……ふむ?親愛度94か。高過ぎるから、特に怪しまれてはないようだ。95になった。なぜ上がった?



不思議に思っていると、突然、セイーネが何を思ったのか、目を瞑って、顔を紅潮させながら唇を強調して何かを待つような仕草を取る



なんだこれは。俺は今何を求められているのだろうかと記憶を探ってもこの動作に返す所作に思い当たることがなかった



「なあ セイーn……」



「なな何をしようとしてるんですの!セイーネさん!?人間相手にそんな羨ま……ゲフン。破廉恥すぎますし、適切な距離じゃないですわ 離れて 離れなさい」



俺とセイーネの間に物理的に割って入るようにニーナが怒った様子で入ってきて、セイーネを無理やり引き剥がしていた



「ごごごめんなさい イーネ 紅葉ちゃんが無事だと知ったら我を忘れちゃって。押し倒すのは幾らなんでもマナー違反だよね」



10分後そこには肩を大きく落としてしょんぼりとしていたセイーネの姿があった



「なにも別に怒るほどの事でもないし、友達なんだ、ハグくらい問題ないんじゃないか?」



「ほ、本当に!?」「貴女まじで言ってるんですの!!」



顔色を輝かせるセイーネと対称的に信じられないとでも言いた気にニーナが眉を吊り上げて、怒ったように痰を切ったが直ぐにハッと冷静になって謝罪を述べた



「私としたことが、すみません」



「そんなに怒るようなこと、私言ってるのか?」



ニーナ・クロイツェル。種族はエルフ 上背で背は高く、自信が顔と態度に見てとれた。また金髪翠眼に輝くほどの美貌はエルフの特徴であるが、ニーナの家名クロイツェルは聞き覚えがある。妖精王オベロン・クロイツェルのそれだ。

そうなるとニーナはエルフでありながら妖精王と何かの縁があるのだろう



「当然ですわよ! 人間の貴女が余り迂闊な事を口走るなら、それは誘ってるのと同義 人間を前にした多種族など発情期を迎えたオークと一緒ですわ!

隙を見せたら襲われるとお思いなさい!」



「待て 待て 言ってる意味がわからない……

なぜ人間がそんな目に遭う?」



「人間だからですわよ!!他に理由が!!?」



言葉の真意が図れずに戸惑うが、ニーナも同様に俺の態度に困惑している様子であった



「な、何を今更 もしかして貴女この間の授業中ずっと寝てたんですの!?」



「どんな……内容だった 懇切丁寧に頼む」



「本当に貴女って人は…… 先ず、二千年前に魔王を討伐した勇者アリスは人間でした。そして残党である魔王軍は、勇者に対して意趣返しと言わんばかりに同族の人間の国ばかりを滅ぼして回りました。ここは覚えてます?」



「……は?」



「その様子だと……まあ良いですわ 生き残った人間も極々僅か。しかも一千五百年前に復活した魔王の解呪不可の"超越魔法 人々よ 死に絶えろインサザニア"により人間の出生率はほぼ0となり、当時とは比較にならない程に現在も数を激減させた人間は"特定保護稀少種族"として存続しています」



「……は?」



「それで我々多種族は人間に対して一つの……」 「待ってくれ ニーナ」



「紅葉さん 貴女病み上がりで本当に疲れてるのでは?」



困惑が隠し切れないニーナはいよいよセイーネと目を合わせてそんな言葉を投げかけていた



「……お願いだからちょっと頭を整理させてくれ」



情報を処理しきれず場を静止させる。どういうことだ?

100万歩譲って、俺の部下たちが人間の国を滅ぼしたのは納得しよう。いや、全然納得できる事ではないが、それは兎も角、一千五百年前に魔王が復活?



つまり、二千年前にアリスに殺された俺がその五百年後に復活したというのか……誰かが騙っているのか?


いや、本当に"超越魔法"を行使できるなら、一概に偽者と侮ることも出来ない。

何がどうなっているのか、思わず眉間に皺が寄り考え込んでしまう



「紅葉さん! 先ず長々と考え事をする前に客人を自分の部屋にあげてください」



父にそう言われて、俺は一旦、思考を中断してセイーネとニーナを部屋に上げることにした

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