溶込






 踊りては、セカイ(己以外)を喰らい。

 舞いては、セカイ(己)を無にする。






「俺の中には、あんたが喰らいたい烏天狗も環っている」


 跳躍しては、大地を、大気を、大水を喰らい。

 旋回しては、己を大地に、大気に、大水に喰らわせる。


 腹立たしさや疑問を投げかけるよりも早く、距離を取って踊り舞う人間を見た人魚は人間の言葉に眉を潜めた。

 喰らう。という言葉が似つかわしくない。

 溶け込ませる。の方がこの人間の舞踊を形容するには好ましかった。

 が。己の感想を述べなかった人魚は、腕を組んで冷めた目で口を開いた。


「セカイを身の内に循環させているおまえを喰らえば私の気が済むと言いたいのか?」

「いや。俺を喰らった後に烏天狗を喰らえばいい」

「死にたいのか?」

「死にたいか、生きたいかの問題じゃない。あんたに喰らわれたら。何だろうな。まあ、幸せなんじゃないかって思っただけだ」


 照れくさそうに笑う人間を見た人魚は臍を噛み、人間の前身頃を掴んでは舞踊を強制的に停止させて睨みつけた。


「烏天狗に喰われた仲間は幸福だから烏天狗を喰らうのは止めろと諭したいのか、人間?」

「俺はあんたの仲間じゃないから、そんな事は言わない。俺は、俺の気持ちを伝えただけだ」

「………」


 人魚は乱暴に前身頃から手を離した。

 人間は前身頃を乱れさせたまま、僅かに火傷を負った胸を見て、人魚を見た。

 人間の視線が己の指の背に向かっているのに気付いた人魚は、片方の手で僅かに火傷を負った手を隠した。

 どうしてか、後ろめたい。


(こいつに構っているのは無駄だ)


 背を向けるか、横切るか。

 人魚が何も決めないままにとりあえず足を動かした時だった。

 人間が言った。

 烏天狗の元に連れて行く。

 と。









(2022.5.13)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る