第1章 第1話 §8 生業の所以 2
「お前さん、問題馬ばかり選ぶねぇ。比奴もすぐ客をホッポリ出して、此処に戻ってきちまうんだよ」
「ジジィ、諄いぜ。買うのは俺だ。好きにさせてもらう。で、如何ほどだ?」
全く店主の言うことを聞こうとしないドライは、彼の目の前にクレジットカードをちらつかせる。
「わしゃぁ、保証せんぞい、二頭でおおまけにまけて、八万ネイだ。レンタルなら、その百分の一」
問題馬といっている割には法外な値段を付けてくる。その金で一体何頭の馬が飼えるというのだろう。しかし、馬を買うと言うことは、彼がこの土地には戻らないことを意味しており、それは店主として働き手を失うという意味でもある。其れまでの代賃まで、取ろうという確り者だ。
「買いだ。さっさと勘定しな」
商談成立だ。ドライの金銭感覚の悪さに、ローズは少しゾッとする。金銭力に任せて、買いたい物を買うドライ、その値段は普通の馬の値段ではないだろうと、ツッコミを入れたくなった。まあ、お金の出所は、彼の財布なので、あえて文句は言わなかった。
二人は、早速あのデタラメな地図を見ながら、北の森の方角に向かう。ローズとドライが出会った森だ。あれからまだ一日と経っていない。なのにローズは、不思議に彼の存在を疑問に思わなくなっていた。互いに何も知らない筈なのに、スムーズに会話が出来る。
「ドライって幾つなの?」
「んん?俺か、確か大体二十六、七?そんなところだ。そう言うローズは幾つだ?」
「二十二、ドライは何時からこの世界に、入ったの?」
「忘れた。でもガキの頃から、だな……」
どうやら彼は、生まれついての賞金稼ぎらしい、でも彼の出生は彼も知らない。捨て子のようだ。赤く煌めいた瞳のせいで、捨てられたのか?兎に角もっと互いに知り合う必要がある。ローズはそう考えた。互いに何か通じ合う物がないと、一緒にいても心にそれが引っかかって仕方がない。彼女にとっては、姉を死に追いやった者を見つけるまでの仕事だが、それでも互いを知っておいて損はない。
「ねぇ、姉さんと出会ったのって、どういうきっかけ?初めての二人の夜は?あの身持ちの固い姉さんが……、ねぇ」
少し目をキラキラさせて、他人の過去を興味深げに聞くローズ、どうやら互いの連携の為だけではないようだ。そこには趣味的な物が混じっている。
「ったく、お喋りな女だぜ。ますます彼奴そっくりだ。やだね、女ってのは……、そんな面倒くせぇこと、今話してられっかよ。あとあと」
ドライは本当に面倒くさそうに、ローズの方をキッと睨む。だがローズの方は、意地でもその事を聞きたくなった。彼女は、自分から聞かれてもいない、過去を、話し出す。
「あのねぇ、私が初めての時は、十五歳だったの。私ませてたからね、でも、すっごく痛かったんだから……、それで其奴……」
などと、本当に、突っ込んでもいない話を平気でしだす。
「解った!話す!だからそう言う話はするな、ったく。マジかよ。この女は……」
ドライは、面食らって仕方が無くマリーと出会った頃の話をし出す。
「俺と奴が出会ったのは、七年前、俺が仕事を一人でこなせるようになって五年くらいの頃だ。二人が出会ったのは、ある古代遺跡で、俺は盗掘、彼女はもち夢である魔法考古学の研究のため、まず遺跡のそばにいたのは俺で、彼奴は、俺が遺跡を見つけてから、何日か経ってからのやってきた。普通盗掘ってのは、何日もかけて、ちんたらやるもんじゃねぇんだが、その時は、ゲートのロックが硬くて、なかなか中まで、入ることが出来なかった。ぶち壊しても良かったんだが、その時は何故か、ヤバイ気がして、攻略に手間取ってた。ホントに何でか、わかんねぇ。で、俺がモタモタしてるうちに、奴が来て、盗掘をしようとしてる俺を見つけて、こう言ったんだ。『あんたみたいなのがいるから、世界の遺産がことごとく無くなるんだ!』って、挙げ句の果てに短剣振り回して、切りつけてきてこの通りの顔だ。マジでイキナリだったから、躱せなかった。その時に、あのバカ、俺が外し損ねたトラップを踏んで、怪光線に襲われまくって、すったもんだしだぜ。それが出会いかな?」
ドライがそこまで話していると、道は少し上り坂に差し掛かる。川のせせらぎが、少し深く聞こえる。
「あの頃のマリーは、まだ駆け出しで、人を雇う金もなかった。ちょうど人手が欲しかったんだな、仕方がないから、二人は取引をしたんだ。遺跡のロックは、彼女が外す。俺はトラップを外す。あと重労働と。でもって、遺跡の中の秘宝の半分は、暗黙の了解で、俺の取り分、残りは彼女の望んだ方向に行く。あれで魔法の何が解ったのかはしらねぇが、とにかくマリーは、考古学者の卵として、名前が載った。俺は表向きの人間じゃないから、手柄は彼奴一人の物、で、相変わらず金のないマリーと、彼女の側にいれば、簡単に金が入ると思った俺は、つるむようになって、世界中を渡り歩いた。そのうちに、俺は、夢に輝いた奴の目に嬉しさを覚えるようになって、いい女だと思うようになった。彼奴は俺の強さを気に入ってくれてよ。あちこち連れて回されたよ。何時しか、互いに『ない物』を感じるようになってよ。そして二人は行き着くところまで行って……、てか」
ドライは少し切ない表情をしながらも、思い出の邂逅に浸っている。その日々の充実ぶりを伺うには、十分な微笑みだった。
「互いにない物って何?」
「俺に無くて、奴にあった物は、輝かしい将来って奴だ。でも俺にあって、奴にない物は、奴にしか解らなかった。なんだかな……」
そちらの答えは、探せないままらしい。それが少し一寸寂しい気もしないでもないローズだった。辺りは次第に、薄暗くなり、樹木が茂る風景となる。川は左手にある。その事だけを認識しながら、話すことの無くなってしまった二人が行く。
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