第1章 第1話 §8  生業の所以 1

「あぁあ、せっかく十日くらい、この街でゆっくりしようと思ってたのに……」


 何とも残念そうに、両手を組んで空に突き上げ、背伸びしながら、ローズは仕切り直しをしている。


「別に良いぜ、マリーの件はそれぞれの思惑で片づけても、無理に俺と組むことはねぇ、でも俺は行くぜ、足をなおさなきゃ商売も上がったりだ」


 ドライが辛そうに、片足で跳ねながら、通りを行く。一点物の特注義足には代理品などない。それだけ彼は一刻も早くマリー殺しの犯人を探す旅に出たかったのだ。松葉杖は、彼の賞金稼ぎとしてのプライドが、頼ることを許さない、かどうかは、知らないが、松葉杖をついた賞金稼ぎなど、前代未聞だ。


 尤も片足のない賞金稼ぎも、考えられない。どのみち戦闘が起こったときには、松葉杖など使えたものではない。


 ローズは、少し軽いところはあるが、元々普通の女だ。こんな彼の姿を見ていると、一人にしてはおけない。それに自分の姉が唯一愛した男だと思うと、その心の内の寂しさに共感してしまう。色々考えながらも、やはり彼と行くことにした。


「ホラ、肩に掴まりなさいよ」


 ローズは、ドライの背中にそっと手を添え、彼を支えてやるのだった。


「なんだ?来るのか」


「その代わり良い?これからの仕事の報酬は、どんな時でも五分五分、衣食住に関しては、貴方持ちね。解った?世界一君」


「へっ、可愛くねぇ女、まっいいや、旅は道連れだ」


 ドライは、彼女の肩に右足分の体重だけを掛け、再び二人で歩き出す。


 しかし、どう考えても足のない彼の方がローズの足を引っ張る立場にある。ローズの器量の良さは、上辺だけの物ではないようだ。


 一応の計画を立てるため、二人は宿に戻る。ローズも服を脱ぎ、プロテクターを着込む。やはりドライの前で平然と下着姿になるのだ。準備が整う頃には昼になっていた。軽い昼食を取ると、必要な食料、水などを揃えた。残るは、馬だけだ。早速馬屋に寄ることにする。


「おい、ジジイ!此処で一番利口で、上等な馬くれ」


 歳のいった店主を見つけると、ドライは怒鳴る。


「何じゃ!ジジイとは!最近の若い者は、全く!馬なら奥の厩にある」


 歳のいった店主は、頭に湯気を昇らせながら、それでも仕事のプロとして、彼を案内するために、先頭を切って奥に向かうのだった。


 何処に行っても喧嘩になりそうなドライの受け答えに、ローズは少し可笑しくなり、ぷっと吹き出してその光景を見ていた。


 案内されると、ドライは早速馬を選別する。一頭一頭じっくりとだ。そのドライの表情は、バスルームを覗いた情けない顔でも、森で見せた苦痛に満ちた表情、そのどちらでもない、至って真面目だ。その真剣な目は、思わず吸い込まれそうになってしまう。赤い瞳が何とも神秘的だ。集中力を持っているときのドライは、なかなか知的な雰囲気もある。


 ドライが、真っ黒で大きな馬の前で止まる。


「いい顔だ。足も太い。少々の道でもしっかり歩いてくれそうだな、スタミナもありそうだ。比奴キープだ。さて、次はローズの分だ。悪いが勝手に俺が選ぶぜ」


「どうぞご勝手に」


 ローズは興味なしと言った雰囲気で、用事さえ済んでしまえば其れでよいと感じだった。


 その時だ。老店主がドライに不服そうな顔つきで、前に立ちはだかり、渋々言い出す。


「お前さん、馬体に関してはいい目しとるが、彼奴の性格はねじ曲がっとるぞ、途中で客を落として戻ってくるなんて事は、日常茶飯事、売っても必ず此処に戻って来るんじゃ、彼奴には、損ばかりさせられる」


「良い節介だ。買うのは俺だから、気にすんな」


 忠告を全く聞き入れる様子もなく、片手で店主を払いのけ、馬を選択する。


「よし、美人の馬を見つけたぜ、お前みたく……、でも比奴は鎧着た人間と食料、諸々を乗せて何日も歩くのは、無理かな、頭良さそうなのは、間違いなんだが……」


 と、目は馬を、口はローズに向けながら、馬の鼻面を撫でながら、馬の目の奥を覗く。どうやら、賢さと体力面で悩んでいるらしい、賢いと言うことは、滅多なことで逃げ出したり、暴れたりしないと言うことだ。幾ら馬力があって長旅でも持ちそうでも、一寸した衝撃で暴れて逃げ出し、此方の足を失うのは痛い。しかしすぐにばててしまっては、賊などに追い回されたときに、すぐに捕まってしまう。だが、ローズが、そのドライの迷いを強引に、押し切った。


「これに決まり!私に似て美人ってのが、気に入ったわ」


「おいおい、俺に任せるって……」


「良いの!これに決まり!」


 先ほどは好きにさせていたローズなのに、ドライの余計な一言で、勝手に決め込んでしまう。これ以上言っても、聞いてくれなさそうなので、ドライも仕方がなしに、決めることにする。が、またもや店主が、これを嫌った。


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