第1部 第1話 §9  森の賢者

辺りの景色が、少し赤く染まり始めた頃だった。


「ねぇ、ドライって、どんな人間なの?見た感じじゃ、いい加減で、女好きそうで、悪党って感じだけど、何だか少し、ただの悪党じゃないような気がするのよね」


なんだか、随分と噂と違う彼を見て、多少戸惑いを感じるローズだった。


「どうだかな、俺もわからん、一つ言い忘れてたけど、俺よ、ガキで、いつの間にか賞金稼ぎになってた頃以前の記憶が全くねぇんだ。オメェがそう見えるっつうんなら、、その頃の人格が残ってんじゃねぇかな?」


ドライは、まるで他人事のように自分を分析してみせるが、いい加減なモノだ。へらへら笑って、それで話に落ちを付けようとしている。


荒れ果てた道を行くと、すこし崖に近い道のりになる。下には川が流れている。道はあっているようだが、陽が本格的に暮れはじめている。今日は此処までのようだ。


「今日は此処までだな、さてと、野宿だ」


ローズは、取り敢えず虫に咬まれ難いように、香をたく。それから下に麻で出来た茣蓙のような物を敷く。焚き火をしたいがドライがそれを嫌った。


「どうして、焚き火しないの?」


「普段なら焚くんだが、今の俺じゃ賊に勝てない、これでもやばいんだぜ、香を焚いてるからな」


ドライは、ローズが賊を全滅させたことを知らない。それに自分の置かれた立場を十分考慮していた。だがローズが、その緊張を打ち砕くように、アッサリこう言った。


「あの盗賊団ね。でもそれなら心配に及ばずね、私が全滅させちゃったから」


準備をしていたドライが、これに不服そうに、口をとがらせ、彼女の方を向く。ローズが強いのは気配で解っていたが、女にそんなことが出来るわけはないという先入観もあった。


「どうやって!?」


「こうやって、サウザンド・レイ!!」


手を天に差し出し、呪文を唱える。すると二人の少し遠めの位置に、無数の赤い光りが落ちる。如何なるドライでも、これには驚く。そして納得した。


「へ、へぇ、古代呪文か、さすがマリーの妹!それじゃ、お前さんのその腕を信じて、今夜は熟睡させて貰うかな」


ある意味で自分を凌ぐ能力に、強がって、平静を装おうとするドライだった。


早速焚き火の準備にとりかかる二人、それから、軽く食事を済ませた後、朝早くに備えて、眠ることにする。その間際、ローズは再びマリーの事について、ドライに話しかける。


「ドライは、姉さんのこと、どのくらい愛してた?」


ローズはけろっとした表情で何事もなく、前向きさを感じる表情で二人の恋愛に興味を持つ。


「何だぁ!?諄い奴だな。カビの生えた話しばっかすんじゃねぇよ……。俺が此処にいるっつーことはよ。そう言う事だろうが。寝るぜ!」


ドライは、毛布にくるまり、ローズに背中を向けて、寝てしまう。


確かにローズの質問は、ドライにとって、あまり蒸し返したくない話だ。すこし邪魔っ気に、ローズを突っぱねるドライだったが、それは彼に賞金稼ぎらしくない、ホットでラヴな感情があるせいだ。その証拠に、彼の答はハッキリしていた。ローズは、ドライが自分でクールでドライだと言っていたが、本当は、誰よりも熱くなりやすい性格ではないか?と、そう思えた。


色々考えては見たが、感情論ばかりで、彼に対して纏まった何かが得られない、そんな彼女の目の当たりも、次第に薄暗くなり、眠りについていた。


朝になると、ドライがローズの頬を軽く叩いて、目を覚ますよう促す。彼女もそれに気がつき、目を重たくさせながらも、辺りの薄明るさに気がつき、「起きなければならない」ということに気がつく。たき火を消し、食事も最小限に、二人は馬にまたがり、再び森の奥へと進む。


そんな森の奥を進むだけの日々が、四日ほど続き、やがてを抜け周りが開けると湖が見えた。


「湖が……。ねぇドライ、確かこの辺よね?例の目的地……」


「ああ、だがこの地図じゃいい加減すぎて、本当に此処なのか解ったもんじゃないな」


ドライが疑い深く、湖を見渡すと、向こうの方に、赤い平板の屋根を持つ、白い石造の簡素な小屋が見える。地図の寸借がいい加減で、正確性に欠けるが、恐らくその小屋が目的地なのだろう。アイコンタクトで語ると、馬を軽く走らせる。


小屋の側にまで来たが、こぢんまりとして人気がない。だが、生活感は伺える。その証拠に周りの草は、手入れがされているし、家自体もそんなに荒れ果てていない。が、やはり肝心な人の気配自体がみあたらない。


「ちっ!遠路はるばる来てやったってのに、誰もいねぇのかよ」


ドライは、面倒くさそうにキョロキョロと周囲を伺って、自分の都合通りに事が動かないことに、少々イライラした様子を見せる。


「ええ、でも、誰かは住んでいるみたいね、暫く此処で待ってみたら?」

ローズもまた、落ち着いた様子で、一度馬を三百六十度旋回させて、周囲の様子を覗う。


ドライが、無言のままに、馬から飛び降り、入り口の前で、ドカリと座り込み、壁にもたれ掛かり、目を瞑る。それを見たローズも、飛び降り、ドライの横に座り込んだ。


「ローズ、すまねぇが、馬達の荷物を降ろして、休ませてやってくれ」


「そう言うことは、座り込む前に言ってよ。手綱は?」


落ち着くのか……と、ローズも気を緩めた瞬間に、ドライは我が儘な指示をだす。ローズはプクっと頬を膨らませながら再び立ち上がるのだった。


「別に括る必要ねぇよ、自由にして全部外してやれ、賢い奴は、逃げたりはしねぇ」


ドライは、イヤに意味無く自信満々だ。口だけで指図しておいて、自分は目を瞑ったまま、半分眠り誘われている。森の中と違って、日差しが陽気なせいだろう。ローズが振り返った頃には、もうすっかり寝入っていた。無警戒に寝息を立てている。確かにぽかぽかとして、眠るには丁度良い陽気である。


「緊張感の無い奴、誰のためにこんな奥まで来たのか、わかりゃしないじゃない」

再び彼の横に座る。本当に良く眠っている。首が、コクリコクリとしている。だが、よく見ると、彼の目の下に、隈が出来ている。


「何比奴、いっつも私より早く寝てるくせに、なのに隈なんか……」

そう、いつも自分を朝早く起こすのは彼だ。ローズからドライを起こしたことは、一度たりとも無かったのだ。それに、焚き火の番をした覚えがないのに、いつもドライが食後に灯を消している。


ふと、自分が気を配らなかったことを、彼がしていたのだ。いつもなら野宿では、仮眠程度にしか眠っていない筈なのに、此処四日は、熟睡することが出来ていた。パーティでも、夜の見張りは、もめ事の種だ。二人ではなおさらのこと、だがそれもなかった。


「私が女だから?」


フェアではないとローズは思った。自分も一流の剣士である。自尊心に傷がついたが、彼の本質を少し知った気がする。世間ではレッドアイ、若しくは紅い目の狼と言われるドライが、それほど非道い人間ではないことを覗かせた瞬間でもあった。


「しかたがない……」


ローズは、毛布を取り出し、そっとドライに掛けてやる。

その時だった。普段通っているであろう獣道となった場所を、踏みしめる音をさせながら、紺のローブを纏った白く立派な顎髭の生えた一人の老人がやってきた。そして、二人を見るなり、こう言った。


「帰れ!悪党にしてやることなど無い」

気迫のこもった、落ち着いた渋い声で、ローズと視線を合わせることなく入り口の前に行く。しかし、ドライの身体が邪魔で、戸を開けることが出来ない。


「すまんが、このデカイ奴をどけてくれぬかの、仕事の邪魔だ」


「自分で言ってみれば?」


悪党と言われたことに、少々ムッと来ていたローズは、突き放すように言う。確かに、今の自分等は、善人とは言えないにしろ、悪党までは落ちていない。特にローズは、目的が目的で、賞金稼ぎは、生計を立てるための手段だ。好き好んで賊を殺しているわけではない。


「ふん、何の用かは知らんが、邪魔はせんでくれ、儂には探求せねばならぬ事がある。人殺ししかせぬバカには、解るまいが……」


これを聞いて、ますますカチンとくるローズ。


「バカ?人殺し!?悪党までは我慢できるけど、後の二つは撤回して貰いたいものね!そこまで言われる筋合いなんて無いわよ!」


思わずローズは立ち上がり、怒りの言葉を吐きかける。ただし、距離は一定以上に詰めることはなかった。


「血の臭いしかせぬ者が、人殺しではないのか?人殺しは、バカばかりじゃ」

その目は、人殺しに対する憎しみで、満ち溢れていた。そこには、何や等の理由があるようだ。だが、それと、彼女に対する侮辱は別だ。


「言っておくけど私たちは、賞金稼ぎ。法で認められた職業よ。無闇に人殺し扱いして欲しくないものね。盗賊ほど無秩序に、人を殺したりはしない、殺すのは奴等だけ、解る?お爺さん」


取り敢えず、無駄と思える説明をあえてしてみせるローズ。少し自分を落ちつかせるものでもあった。賞金稼ぎと盗賊は、紙一重だ。説明されなければ、解らないところがある。


「同じ事じゃ、法で許される殺しなど……、其れこそなんと無秩序な世の中じゃ!!」


やはり、先ほどと同じ目で彼女を見る。この時ドライが、また寝言を言う。


「マリー……、愛してる……ぜ」


緊張感の無い声で、ぼそぼそと言う。だが、彼の言っていることは、二人にはハッキリと聞くことが出来た。呟くようではあったが、そこには何とも言えない、愛情深さがあった。ドライは、相変わらず。コクリコクリとして、目を覚ます気配はない。それでも、マリーを愛してるといったドライの表情は何とも満足そうなのだ。賞金稼ぎのくせに、何とも平和そうな寝言である。


突然だったので、老人も吃驚した様子で、ドライを見下げる。


「マリー?お前さんの、名前か?」


どうやら、ドライの、「愛している」の言葉に、心を少し動かされたようだ。先ほどと違って、少し凄みが取れる。こんなヤクザな男が愛する女の顔を見てやろうと、ローズを見たのだ。


そんなローズは、サバサバとして少々ワイルドな部分が感じられるが、確かに美人であり、薄汚れた表情をしていない。


「違うわ。私の姉さんの名前、マリー=ヴェルヴェット、言い遅れたけど……、私の名は、ローズ=ヴェルヴェット。彼は、ドライ=サヴァラスティア」


老人はドライの名を半分で聞きながら、口の中でマリーの名を反芻する。


「マリー……、マリー=ヴェルヴェットか!確か、あの魔法考古学者の将来の星と言われた、世紀の発見をし、不慮の死を遂げた。あの?……、彼女の妹?お前さんみたいなのが……」


マリー=ヴェルベットの名を聞いた瞬間、今まで不機嫌だった表情が驚きで満たされる。大変な食いつきようだった。思わずローズの両肩を掴み、マリーの妹であるローズの顔立ちに興味を持ち始める。


「悪かったわね、私みたいなので……、でもどう?少し興味ある話じゃない?その原因について……」


彼の反応に併せるかのように、ローズは切れよく切り札っぽく、決めゼリフを言った。それから手慣れた様子で、老人をサラリと払い退け、一度背中を見せる。マリーは、知るところには、知られているようで、彼はぐうの音も出なくなってしまう。その秘密を知りたいらしい。


「入れてくれたなら、考えないでも無いけど……、その前に、と」

ローズはドライに近づき、彼の頬を叩き、起こしにかかる。が、彼の反応は、こうだった。


「お早うのキス……んん…………マリー……」


ドライはムニャムニャと夢の世界に入り込んで、ご機嫌になっている。


「何を訳の分からないことを……」


ドライはまだ寝ぼけているのか、寝言を言っているのか?ローズには理解できない状況にある。仕方がなく、だが、あっさりとマリーの代わりにその唇にキスをしてやる。


「チュッ、ほら起きた!起きた!」


仄かに女らしい香りとフンワリとした唇の柔らかさに、ドライの目がゆっくりと開く。そして目の前にローズが居ることに気がつく。


「なんでぇ、いい気持ちで寝てたってのに、ん?」


目を覚ますと、すぐに状況を理解したらしく。すくりと立ち上がる。だが、その際に、バランスを崩し、すぐに転んでしまう。


「いっけね、足がなかったんだ。全くやりにくいぜ」


もう一度ゆっくり腰をあげる。今度は、まともに立てたようだ。取り敢えず老人は、渋々ながらも二人を中に入れてくれた。

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