第1部 第1話 §15 守るべき価値 2

 ドライという男は、限りなく無関心で単純で不道徳だが、守ると決めた者は、一徹に守ろうとするのだ。秩序のない街の外の世界で、マリーにとってその背中がどれだけ熱いものに見えたことだだろう。


 ローズは少しドライという男のことを解った気がした。


 「へへ、当然だ、俺は死なねぇ……、あ!」


 ドライは急に何かを思い出したように、妙な声をだして、雰囲気を壊す。


 「何?」


 退避しようとしたローズもそれに驚き、思わず振り返る。


 「今度アレやるとき、ベッドの上な」


 「クス……、いいわ」


 なんとも欲っぽい話だ。いまローズが辱められている映像の下で、行われる会話でもない。またもやドライは、イヤに自信溢れた顔で、ローズを見つめニヤリと笑う。


 この間、全くと言って良いほど、無視されていたナッツェは、ついにブチ切れる。


 「お前らぁ!!立場解ってんのかぁ!死ねぇ!メガヴォルトォ!!」


 いきなりの攻撃であった。だが、今度は何も起こらなかった。その時何故何も起こらないのか、皆一目瞭然に解る。彼の魔力が切れたのである。異常なまでの力を持つ魔法だったが、それと同時に、使用する魔力も予想以上に大きかったのだ。本当に単純な理由だった。


 本人も、それに気が付いたらしい。とたんに慌てふためき出す。ドライの自信有り気な笑みは、きっとこの事が、解っていたのであろう。


 「へへへ、シロートが!戦いってのはなぁ、才能なんだよ。急造のテメェが、筋金入りの俺に勝てるわきゃ、ねぇんだよ。ターコがぁ!」


 才能という言葉に対して、全く根拠のないドライだった。だが、力配分の出来ないナッツェのその力は、やはり自らの力で体得したものではないのだと、ドライは確信する。


 一気に立場逆転だ。相手の精神力をかき乱すように、徐々に一歩一歩、間を詰めて行く。ナッツェは、それを嫌い、ドライとは逆に、一歩一歩退いて行くのだった。


 魔法というものは、集中力が必要であり、本来強力であればあるほど、長い詠唱を必要とするものである。最も強力な武器を失い、間合いを詰められたナッツェに、集中し素早く詠唱をするだけの精神力はない。


 そして、壁際に追いつめられたときだった。


 「馬鹿め!女達はどうなっても良いのか?殺すぞ?殺すぞ!」


 懸命に、ドライに女性達を意識させようとするナッツェだった。しかしドライは、これに対しても不適に笑みをこぼす。まだ間を詰め、ついに影が出来るほどに、ナッツェを追いつめる。


 「良いのか!?」


 うろたえながらの、最後通告。もはや、そこに切り札の効力はない。


 「……殺れよ」


 そう、ドライにとって、誰が死のうが関係はない、それで心の痛む男ではないのだ。そして彼は、そう言う世界で生きてきた男だ。だが、惚れた女にめっぽう弱いのもドライだった。今の彼はローズのために立っている。「殺せばお前が死ぬまで」と、クールに燃えるドライの赤い瞳が、威圧感を増して、ナッツェを上から見下ろす。


 それから、ナッツェの右耳ギリギリに、剣を突き立てた。ガツン!!と、鈍く重い音を立て、岩盤を砕く。


 「う、うわぁぁぁ!!頼む!俺が悪かった。知った仲じゃないか!な?な!?」


 ナッツェは、先ほどとは、打ってかわって媚びた態度に出る。身体中がガタガタと震え、懸命に命乞いをしはじめるのだった。


 「そうだな、俺はかまわんぜ、逃げたきゃ逃げな、ただし……」


 ナッツェは、ドライの言いかけた言葉を、半ば無視して、腰砕けになりながら祭壇を渡り、出入口にまで向かって行く。そして振り返り様に、悪党おきまりの、情けない捨てぜりふを、言い残そうとする。


 「この借りはいつか必ず……!!」


 だが、彼の言葉は、最後まで出ることは、無かった。何故なら、捨て台詞を言おうとした彼は、祭壇の上で、レッドスナイパーを持っていたローズによって、一刀両断に斬り捨てられてしまったからである。ナッツェの身体が、血を吹き出しながら、右と左に、泣き別れになってしまう。


 ローズは、ナッツェを斬り殺すと、今度は、女性達を囲っている黒装束の連中を睨む。頭を失った集団など、至って弱いモノで、ローズの気迫の隠る睨みにただ狼狽えるのみだった。


 彼女は素肌をさらけ出したまま、力強く地を蹴り、一気に黒装束の連中の前まで詰め寄る。そして一気に剣を振るい、激しく飛び回る。剣が、鈍く肉を裂く音と共に、血飛沫が舞い上がる。一気に女性達と、黒装束の中を駆け抜たローズは、少し離れた位置で足を止め、低い姿勢で剣を横に構えたまま、大きく一息を吐くと、その瞬間、黒装束の残りがバタバタと息絶え、倒れて行く。気が付いたときには、ローズの身体は、返り血で真っ赤に染まっていた。だがそれを気にする様子は見られない。


 そんなローズはまるで、これまでの過去を斬り捨てるようだった。


 ドライの登場で、漸く事が終わる。此処で目的達成と言うわけだ。ローズの顔に安堵感が現れると同時に、その身体も張感のとぎれと疲労で、重く感じられた。


 目を閉じて、その安心感に浸っていると、前の方でドスンと言う音がした。何が起こったのだと、顔を上げ、前方を見ると、ドライが剣を突き立てたまま柄を握りしめ、跪いている。その姿は、まるで精も根も尽き果たした感じがするほど力無い。あまりにも静かすぎる。


 「まさか!ドライ!!」


 慌てて、ドライの側に駆け寄り、自分の剣を彼の剣の横に突き刺し、彼の身体を何度も揺さぶる。


 「ドライ!ドライ!返事してよ!ねぇったら……」


 だが、幾ら揺さぶったところで、彼の返事は返ってこない、項垂れたままで、ピクリとも動かない。ただ、彼の割れた額から流れ出た血が、顎を伝わり、ポタリ、ポタリ、と、音を立て地面へと落ちる。


 「そんな……!私のために?私のために死んでしまったの?嗚呼……」


 思わず自分の顔を両手で覆い、その場に力無く座り込んでしまう。自分さえ早まった行動を起こさなければ、こんな事には、ならなかったのだ。心に重い後悔の念が酷く襲ったときだった。


 「グー……」


 「え?」


 はっと、顔を上げその音の鳴る方を見る。間違いなくドライの方だ。気のせいかと、当たりをキョロキョロと、見渡す。だが、そこ以外、音が鳴った気配を持つモノは、何もない。


 「グー……グー……」


 下から、覗き込むようにして、彼の顔を伺うローズ。すると、疲れ切った顔をして、だらしなく眉をゆるめたドライの顔が、目に入る。


 「グー……」


 「馬鹿!!」


 一瞬、ローズの手が上がり彼の頭に落ちようとした。だが、その手はゆっくりと、彼のボロボロになった両腕に乗せられ、剣を握りしめた拳へと向かい、その指を解いてやる。それから彼女の掌が、彼の頬を包み、軽いキスで、礼と、そして微かに湧き出た彼への情愛をそこに記した。

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