第1部 第1話 §15 守るべき価値 1


 ローズがしがみついていると、返って動き辛くなる。身体を揺さぶって、ローズを引き離す。それから、足を引きずるようにして、ナッツェとの間合いを、少しずつ詰めて行く。


 「解ったぞ。貴様、その女に気があるな」


 ドライを指さし、いかにも彼の弱点を突いた口調で、にやにやと笑うナッツェ。それから自ら、ドライとローズの間に入り、二人との間を詰めて行く。そしてローズの残した足形の側にまで来る。


 「全てに置いて、無関心なお前が、最も熱くなれるのが、血塗れの戦闘、それから……、女だ。ドライ=サヴァラスティアお前はそんな男だ。その元を絶てば、お前は戦意喪失……」


 「ウルセェよ……タコ!」

 乱れる息の合間から、挑発をするドライだ。だが、余裕からでたものではない。彼の心の奥底から出た不快感である。


 「ふ、お前の言葉など、信用できんな!!!出でよ!」


 すると、先ほどと同じように、ローズの足形が、球体になり、上空に浮かび上がる。浮かび上がったのは、最初に付いた、あの鬼の足のような形の物である。何が出るのか不安になるローズの顔は、さっと青ざめる。


 「見るがよい」


 そこには、まだ幼さが残るローズがいる。十五、六と言った所だろう。少し年上の男性と、森の中を楽しげに、歩いている。別に何も問題はなさそうだ。暫く、それを眺めるドライ、ローズという事は、見た目で解る。彼女ほど鮮やかな赤い髪は、そうざらにある物ではない。いや、おそらく世界で唯一であろう。映像の中の二人は、人気のない場所までやってくる。すると、男性が彼女に絡み、彼女自身を求めているのが解る。少しの抵抗を見せるが、ローズの頬はバラ色であり、其れが恥じらいだと解る。映像のローズは非常に初々しい。そしてやはりローズは綺麗だ。


 「何だよ。別に誰でもある事じゃねぇか」


 誰に出もあること。そう、人生などは千差万別。少なからずとも、この世界に足を踏み入れた人間には、どこかねじ曲がった経歴の一つや二つある。それが動機付けとなったからこそ、自分達は、今方の内と外ギリギリの境界線で生きているのだ。


 しかし、度胸のあるローズが膝を崩してしまうほどの出来事が、其処にはある。だから本当の所、ドライは少し虚勢を張っていた。だがドライにとって、これは時間が稼げる願ってもないチャンスだったのだ。


 そしてナッツェは今、自分の優位に人質を盾に取る事も、周囲に其れを指示することもしていない。そして、彼らの部下も、ナッツェの優位を信じており、警戒心を解いている。


 ナッツェが次の勝負にでようとしたた時が、恐らく最大のチャンスではないかと、ドライは考えた。


 ローズもそれを理解しているらしく、目の前で暴かれて行く自分の過去を怯えながらも、それを見守っていた。


 「まあ見ているがいい」


 この後どうなるかは、彼女にしか解らない。だが、直に惨劇は起こる。

 映像のローズが、男性に求められ、きめの細かいその肌が僅かに露になったところだった。男性が何かに気が付き、慌ててそちらに振り向く。残念ながら、音がないので、何がどうしたのかは理解できない。


 兎に角二人の間に、邪魔が入ったのは確かだ。後ろの木陰から、五、六人の男が、二人の方にやってくる。ローズはそれに驚き、顔を赤らめ、肌を必死で隠そうとする。


 男性は男達に囲まれた。身長も体格も彼等の方が遥かに逞しい。彼等は男性の肩を小突き、それを繰り返し、輪の中で盥回しにする。それからローズの方を指さし、怯えている男性と何かを話をしている。


 それから男性は、輪の外へと弾き出され殴り倒される。


 男達は彼を弾き出すと陰惨で下品な笑みを浮かべ、今度はローズに近寄るのだ。それから彼女は、徐々に彼等の餌食となって行く。手を伸ばして、彼の助けを求める彼女の叫びも虚しく。彼はそのまま逃げ去ってしまった。その後には、絶望の中、ただ叫び狂う彼女の姿と、それを犯して行く男達の姿が、延々と続く。


 その映像はローズの意志とは無関係に、延々と垂れ流され続けるのである。こんな残酷なことはない。


「どうだ。ドライ!!そんな女を守る価値なんて、一片も無いぞ」


 気が狂ったように興奮したナッツェは高笑いをしながら、両手を大きく広げて、映像の下でぐるりと回り、自らの能力の素晴らしさを、表現してみせる。


 さすがのドライも、その光景には、眉間にしわを寄せ、歯ぎしりをする。妙な苛立ちがそこに沸き上がった。ローズは、凄絶な過去を目の前にさらけ出された。だが、先ほどと違い、何か、異常に感じるまでの冷静さを持って、映像の方から、ドライに振り返りこう言った。


 「そう、こんな女、守っても仕方がない、だから逃げて……、お願い」


 解っていた事ではあったが、やはり其れを見せられたローズは、体中が振るえて立つことが出来ない。自分には誰も救えない。精神的な敗北感が、ドライに対する僅かな期待感すら、喪失させる。


 振り返った彼女の目には、今にも溢れ出さんばかりの涙が溜まっている。その光景が、彼女にとって、どれほど屈辱的で、悲壮な物なのかは、ドライにも解った。


 しかしドライは、こんな彼女に対して、目元を緩めた。同情など一切ない。なぜこんなにも優しくなれるのか?ローズがが悩んでいる価値観は、ドライにとって無意味なようだ。無責任だが、彼にとってそれは、ローズを量る材料ではないのだ。


 「ばぁか。それだけがお前の全てじゃねぇだろうよ」


 説得力のない、ボロ布ようによれた姿で、自棄に得意顔でニヤリと笑い、向かい合うローズの頬を、軽くパシパシと叩くドライだった。


 彼の言葉に説得力はないはずなのに、なぜか不思議にほっとさせられる。感情のままに言葉を走らせる真っ直ぐなドライがそこにいる。


 ドライが不注意に、叩いたので、彼女の頬に血糊が付いてしまう。その生暖かさに気が付いたローズは、頬を探り、掌に着いたモノを眺める。真っ赤に迸る彼の血が、鮮やかにローズの手を染める。


 「おっと、すまねぇ血がついちまった」


 更にもう一度、ローズの瞳の中を見つめながら白い歯をこぼし微笑んでみせるドライだった。何の根拠も無いのに、彼の表情はただ、大丈夫だとそれだけを、自信を持って言っているのだ。


 「ドライ……」


 ローズの両腕が、ドライの首に絡む、彼女は目を閉じると同時に、熱くそして深くドライに口付けを交わす。絡むローズの肌が、妙に生々しく感じたドライだった。


 「馬鹿なヤツ……死なないでね」


 今度は、嬉しさに顔をほころばせながら、涙を目に浮かべる。ドライの邪魔にならないように、すばやく彼から離れ、ナッツェと向かい合うドライの後ろに退避する。


 恐らくマリーは、こんなドライに命を守られ続けて、旅をしてきたに違いない。その度にドライは、こうして、迷うことなく盾となり、剣となり立ち向かったのだろう。だからマリーは、ドライを信頼し、愛することが出来たのだ。


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