第1部 第1話 §14 プライド

 ドライの登場で、驚いた神官だが、彼はもっと別な意味で更なる驚きを見せていた。


 「ドライ……サヴァラスティア……、何でお前が!!」


 「んん?」


 その声に、ドライは、しかめた顔をして神官の方を見る。それから目をぱちくりさせ、彼も驚きの顔を見せる。


 「ああ!テメェ!詐欺師のナッツェ、何でテメェが、そんな格好で、こんな所に!!」


 どうやら二人は知り合いのようだ。だが、良い意味ではない。互いを罵りあうようにして、指を突きだし、警戒しあっている。


 「野郎ぉ!黒の教団とか言って!!こんなオイシイ……、いや、悪シュミをしてやがったのか……」


 一瞬本音を見せながら、背中から愛刀ブラッドシャウトを引き抜く。だがこれに対して、神官ナッツェは、卑屈に笑う。


 「クックック何故、我々の呼称を知っているのかは解らんが……、馬鹿め、俺だって昔の俺じゃない!見よ!我が仕えし神の力!メガヴォルト!!」


 両手を目の前で組み、それから天に、何かを放つようにして、突き出す。


 ローズの魔法が、寸前で跳ね返されたのに対し、彼の魔法は、一直線にドライの頭上に落ちてくる。それは、強烈な稲妻だった。


 「おぉぉぉぉ!!」


 ドライは、瞬時に反応し、頭上で剣を寝かせ、刀でその雷撃を受け止める。今にも剣が弾かれそうな程に拮抗した瞬間を見せるが、それでも剣を左から右上に振り抜き、其れを弾き飛ばす。稲妻は、ナッツェの後方上部の岩盤に直撃し、凄まじい破壊の音と崩落の音がした。


 どうやら、その剣は只の剣ではないようだ。その大きさもそうだが、強烈な雷撃を受けたドライは感電しておらず、剣も無傷である。魔法に対する耐性があるのだろう。それでも、その圧力を跳ね返せるのは、ドライの強靱な肉体の成せる技である。


 「な……、馬鹿な……、化け物」


 自分の放った魔法の威力の凄さと、ドライの人間離れした強引さに腰を抜かし、そこにへたりこむ。


 だが、ドライの方も無事ではない、腕をしびれさせてしまったのか、重いブラッドシャウトを、床に落とし、膝から崩れ落ちるようにして倒れ込み、両手を床に着く。


 「が……、なんて魔法だ」


 だが、蹌踉けながらも、何とか立ち上がる。しかし、ナッツェがこれを見逃すはずがない。もう一度、同じ魔法を唱える。


 「メガヴォルト!!」


 ドライも透かさず剣を拾い、もう一度、稲妻をはじき返す。


 「うおぉぉぉ……りゃ!!」


 もう一度、ナッツェの後方に、稲妻が飛ぶ。


 「うわ!!」


 二度も同じ事が起きる。再び岩盤がはじけ飛んだ。


 そう、ドライは意図的に彼の方へ、稲妻をはじき返したのである。だがドライは、これが限界らしく、剣を握りしめているものの、雷撃の衝撃で掌の皮は裂け、血が滴り落ち始め、腕も痙攣を起こしている。たった二撃の魔法でそのザマだ。しかしブラッドシャウトでなければ、とうの昔に剣は折れているし、感電死しているだろう。その事は、ドライも十分自覚していた。


 「てめぇ、何時の間に、こんな事出来るようになった。異常だぜ……」


 力無く肩を落とし息を荒くしながら、フラフラとしている。しかし、眼光は確りとナッツェを捉えており、次の一撃に備えようとしている。


 「言っただろう。私は神に仕える身、その加護が降りたのだ。それよりどうだ。それほどの腕、賞金稼ぎで終わるのは、惜しいと思わないか?お前も我が神に……」


 「ヤなこった……」


 間をおくことなくドライは返答する。窮地に追い込まれても、彼の瞳に陰りは見えない。身体がどれだけ蹌踉けていてもである。何処から何が来ても対処できるように、中段に剣を構える。


 だがやはり、腕が震えて構えが定まらない。限界に近いのは一目瞭然だった。


 「何を言う。見ろ、あの女達を!いつでもお前の抱きたいだけ抱ける!気に入った女をだ!!何れ権力もこの手に入る!!神の力によって!!すばらしい毎日だと思わないか!」


 何に酔いしれているのだろうか、ナッツェは両手を広げこの小さな堀を世界に喩えて、全てを手中にしたように、感極まっている。そしてドライを自分の仲間に引き入れようとする。打算的な賞金稼ぎは、こういう誘いに乗る者も多い。


 「ダメよ!ドライ!そんな口車に乗っちゃ!!」


ローズは、身体を埋めながらも、それを引き留める。ローズはドライの心が揺れないか、気が気でなかった。彼も賞金稼ぎの一人なのだ。善悪の狭間に揺れて生きている人間は、道を踏み外しやすい。


 暫く全てが止まったように、間が空く。音も何もないような感じがした。不意にドライが息をもらし、笑う。


 「く…………くははあは!」


 ドライは、右手の中指を立て、それをグイッとナッツェの前に尽きだした。


 「女は惚れてナンボ!惚れられてナンボだボケが!!それに、誰が俺の女殺した、カルト集団に入るかよ!」


 消えかけていたランプの炎が再び明るさを取り戻したかのように、ドライは力強く、威風堂々と立ち上がる。


 「女?訳のわからん事を……、まぁいいさ、貴様は、やはり時の流れに乗れない愚か者だ!!」


 「へへ、そうか、そうだな、『まともな』お前と最後に面あわせたのは、三年前だもんな、つじつまがあわねぇか……」


 つじつまが合わないとは、マリーの死である。どうやら黒の教団と名乗っていても、殺したのは彼ではないようだ。と言うことは、他にも幾つかの団体のようなものが、地域ごとに転々と存在している可能性がある。


 しかし人を集める集団があからさまな人さらいとは、呆れ果てる。町の破壊も然りだ。アレは間違い無く、彼の雷撃なのだろう。だが、何らかの形で彼は力を付与されたことだけは、間違いのない事実だ。


 「覚悟は良いな、ドライ=サヴァラスティア……」


 ナッツェが勝利を確信したように、鼻で笑う。


 「へへ……」


 そして、ドライはこの場においてへらへらとしていた。この間ドライがローズに振り返る仕草は、一度もみせない。だが、漸く一度振り返る。


 「俺の強いところ、見せてやるぜ」


 「え?」


 この期に及んで、ドライに何か策があるのだろうか?彼の性格上小細工の効いた作戦は、皆無と言っていい。だが、ローズから再び日を逸らしたドライは、先ほどまで乱れていた呼吸をピタリと止め、振るえていた腕も集中力を見せる。


 「メガヴォルト!!」


 「でやぁぁぁ!!」


 再び、彼の頭上に落ちてきた稲妻を、剣で跳ね返す。だがやはり、結果は同じだ。稲妻は、跳ね返すのだが、その直後に膝を崩し、剣を地面に突き刺し跪く。息は激しく乱れ、肩は上下に揺れる。柄を握りしめる手の内から、先ほどよりも更に血が流れ出す。身体も火傷を負い始めている。激しい稲妻の放つ熱で灼かれているのだ。衝撃で額も割れ、血が流れ始めている。


 「どうしたんだよ。テメェはよぉ、それっきゃ、ねぇのか?オラ!」


 気合いを入れるように言い放ち、ドライはなお立ち上がる。先の見えない堂々巡りに、何を見いだそうとしているのか?


 「何故だ!!何でまだ立ってられる。幾ら剣が秘剣であっても、高電圧三撃だぞ!!」


 その気迫に、ナッツェがたじろぎ始めるのだった。


 「ドライ!!逃げて!自分の蒔いた種は!自分で……」


 ローズが、我を忘れて、立ち上がりドライにしがみつく。


 「馬鹿ヤロォ!女の涙見て引き下がれるかってんだよ」


 今の無様なドライの姿では、あまりに説得力がない。歯を食いしばり、身体の震えを必死で押さえ、痛みを堪え漸く吐き出した男の言葉など信じるに値しない。


 だが、只の意地に過ぎないその一言が、ローズの心を締め付けた。ローズにはドライの背中にマリーが見える。彼の背中に守られたマリーの姿が見えたのだった。

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