第1部 第1話 §13 屈辱

 予想をしていなかった出来事に、動揺を隠せない。暫く剣を下に引きずったまま、天を仰ぎ、祭壇の中央にまで、歩き、その場を彷徨っていた。


 「馬鹿め!魔法が少しくらい出来るからと言って、ノコノコやってくるからだ。我が神の前では、非契約者の魔法は無力!特に古代魔法はな……、ワハハ!!」


 「くっ!」


 これでは、手も足も出せない。感情的に動きすぎた結果だ。今になって、ドライが気乗りしていなかったのが、良く解った。だがもう遅い。


 その時神官が、好色そうな目をローズに向け、こう言う。


 「脱げ」


 べったりとした脂ぎった笑みを浮かべ、吐き出したその言葉は、十分侮蔑に値した。


 「何!?」


 屈辱をはね除ける、ローズは神官を睨み返すのだった。


 「神の御前だ!血塗れな、汚らわしい鎧を脱ぎ捨てよ!!」


 それから、後ろに控えている女性達を、顎を使ってローズに意識をさせる。仕方が無く言いなりになってしまうローズだが、彼女にとっては、今更どうでも良いことだ。要求をすんなり受け入れる。


 「スケベ親父……」


 鎧を脱ぎ、下着姿になる。くびれた腰元に手をやり、ひじを張る。だが、今度はこう言った。


 「何をしている。まだ残っているぞ」


 彼女に、下着まで脱げと言っているのだ。他の女性達と同じように、である。


 「変態……」


 下着まで脱がされたローズの顔は、屈辱に満ちている。だが、堂々とした態度は一向に変わらない。これで皆が助かるとは、思ってはいなかったが、期を見つけるための時間を稼ぐことにした。


 「気にくわんな、その態度。だがまぁ良い、それも何れ恥辱に満ちる」

 それから指を、ローズより少し後ろに指す。ローズもそれを見る。すると、彼女の渡ってきた祭壇に、足跡がある。例の足跡だ。彼女の場合全てが黒く、全くの円だった。だが、一つだけ、床に食い込みそうなほど、鋭くとがった爪を持つ鬼のような、足形があった。それも彼女が一番初めに祭壇に触れた場所だ。


 「あれは何だと思う?解るか?」


 神官は相変わらずニヤニヤと、切り札が自分の手の内にあるような笑みを浮かべている。


 「何!?知るわけ無いじゃない。それより、他に何か要求があるんでしょう?変態親父さん、クス……」


 半ば、虚勢とも思われるローズの笑みだった。今更何も恐れる物はない。賞金稼ぎとして生きてきたのだ、貶されることぐらい、どうと言うことはない。自分の保身よりも、この場に拘束されている女性達を救うことの方が先決である。


 「すぐに恥辱に満ちる。私は、そう言った。では約束通りお前の過去を見て行こう」


 少し歩き回った神官が、手を前方に突き出し、目の前にあるの足跡に魔力を当てる。すると、そこから、空中に映像が飛び出した。それは、彼女とドライと出会う前に知り合っていたと思われる男が、絡み合っている場面だった。映像の中のローズの顔は、至って無表情だった。


 ローズの顔は、少し青ざめる。それを見た神官はもうすでに勝ち誇った顔をしている。


 「これは……、私……、ロイ……」


 「ふん、その足跡の数は、お前が今まで関係を持った男の数だ。だから言ったであろう。汚れた女……と、まだあるぞ」


 今度は、それより一つ前の足跡だ。それが宙に上がり映像となる。やはり同じように、ローズは、男の中でつまらなそうにしている。だがこれは、彼女が賞金稼ぎとして、一人では、生きて行けなかった時代の物である。ローズにとっては、辛い日々以外何者でもない。


 「エロ親父……、ヒトの傷……、蒸し返しやがって!」


 ローズは、自分の肌を隠すようにして、祭壇の上にしゃがんで蹲る。


 全てはマリーの死を追求するために、彼女が捨ててきた自分の生き様であった。


 そうして彼女は仕事を知り剣を知り、一流と呼ばれるようになったのだ。いくら自ら選んだ選択肢だとしても、意識を殺して相手に身を委ね、生きてきた時代が、彼女にはある。それだけの覚悟をしてきたのだ。


 だがそれは、決して第三者の手によって、簡単にさらけ出されて良いわけがない。


 ローズは眉間にしわを寄せた。周囲の視線が酷く気になり始める。其れは彼女が持つトラウマの一つだった。感情を抑制仕様としても、その目から、涙が、ポツリ、ポツリとこぼれ出す。


 精神的な傷を暴かれたローズにもはや戦う気力はなかった。怖さで身体が震え、いうことを利かない。


 神官が完全に勝ち誇ろうとした、正にその時だった。最初にローズが潜ろうとしていたと思われる扉が、轟音を立て、破壊とともに崩れさり、一人の男の声が聞こえる。


 「ローーーーーズ!!」


 それは、ドライの声だった。


 怒鳴り声で、少し心配しそうな声だった。ドライの声で神官は驚いたのか、浮かび上がっていた映像が消えてしまった。ドライの目に飛び込んだのは、一糸纏わぬ姿で、悲痛な顔をしてしゃがみ込んでいるローズの姿だった。周囲には同じように一糸まとわぬ姿にされている女性達も居る。


 本当なら目の保養といいたいところだが、正直気分が萎える。ドライには、裸の女を並べて喜ぶような趣味はない。


 ローズのの様子がおかしい事に気が付くと、周りには目もくれず、一目散に彼女の所へ駆け寄る。


 ドライが祭壇の上を歩くと、やはり足跡が付く。その殆どが赤で、彼の素足に酷似している。ただ一つだけ、真っ白に、眩しく光り輝いている。だが、彼はまだそれに気が付いてはいない。


 壇上にはドライとローズが居り、二人の足跡が付いている状態だ。その二つは二人の生き方と、その対称性を良く表していた。


 様子のおかしいローズが目に入ったので、慌てて飛び込んだが、状況の把握こそすれ、戦況を確認していない。今更遅いような気がしたが、ぐるっと一周を、回って見渡す。それからしゃがみ込み、ローズの肩に手を掛ける。


 「馬鹿だなぁ、無計画に来るからエロ親父にストリップショーやらされちまうんだよ。ホラ……泣くな」


 ドライは彼女の背後から肩越しに、顔を突き出し、涙を拭いてやる。ローズには、自分の肩を抱いて、涙を拭いている彼の両手が、妙に優しく感じられる。ドライのそういう優しさは口喧嘩をした時とは、大きく違っている。


 「五月蝿いわね!ほっといてよ!!」


 「んんだよ!心配してやってんだぜ、ったく……」


 ドライの登場で、少し自分を取り戻すことが出来たローズであったが、口では元気を出せても、素肌をさらけ出している状態の苦痛は、まだ感じたままだった。周りの視線を、冷たく感じていた。うずくまった姿勢は、変わらない。


 ドライは、やはりローズの様子が少し違うと感じる。自分の前で裸でいても平気な彼女が、ただそれだけで動揺し、膝を崩すのだろうかという、疑問に駆られる。

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