第1部 第1話 §12 選択と選別 2

 ドライははローズの後を追うことにする。岩のゴロゴロする川沿いを、軽い足どりで、足早に進んで行く。


 その頃ローズは、豊富な水量を湛えた滝壷の前まで来ていた。落差は数十メートルあり、こういう状況でなければ、マイナスイオンを湛えた、心地よいリラクゼーションスポットに思えるにと、ため息をつきたくなる。


 ふと見ると、かなり人工的に作った洞穴がそこに見られる。


 滝の脇には、羽の生えた悪魔をモチーフしたと思われる彫像が、その入り口の両脇を固めていた。


 如何にも何かの伝説を継いでいそうな禍々しい入り口で、同時に入るなと言わんばかりの圧迫感だ。バハムートの話に寄れば密教じみているといっていたが、彼らは悪魔信仰なのだろうか?


 その場所は特に人の気配も無く、不自然なほどに無警戒だ。罠なのか、それとも本当に警戒をしていないのか?とにかく、奥に入るしかない。足を一歩踏み入れると真っ暗だ。


 「ライトの魔法を使うか……」


 指先に、魔力を集め、それを前方に放つと、光体がふわふわと、彼女の目の前に浮かぶ。すると、あまり広くない範囲だが、かなり明るくなる。周りを観察してみる。壁天井ともに、岩石の煉瓦でびっしりだ。かなり頑丈そうに見える。それにしても、よく此処まで作ったものだ。水源が近いせいか、空気がヒンヤリとして湿度が高い。


 奥に進むと、幾つかの通路がある。ローズは一通り周囲を確認し、シンプルな選択肢で真っ直ぐに進むことにする。迷わないために、真っ直ぐ進む事にするが、人の気配がない。静まりかえった暗がりの中、妙な緊張感の中、やがて大きな門の前にたどり着いた。


 〈なによ。扉まで石なわけ?〉


 幾らなんでも、何も解らない場所の扉を正面切って入ると何があるか解らない。

 石の扉に耳を当ててみるが、外から音が聞こえる様子もない。ローズは、少し戻り、一つ手前で見られた分岐路を行く事にする。


 すると、今度は螺旋階段に出くわす。洞窟の造りが、よく理解できない。階段はわりと、幅の広いものだ。登るにつれ空気の流れを感じる。やがて光が差してくると同時に、水が深く流れ落ちる音もする。階段を駆け足で上がってみると、石畳の敷かれている真新しい山道に出てしまう。


 どうやら、滝より少し奥に行った、上流に出たようだ。


 ローズは再び周囲をぐるりと見渡す。


 「ナニこれ……、崖沿いに来た方が、早かったじゃない」

 少し苛立ち余計に不機嫌になったローズだが、真後ろの茂み側から、何やら騒がしい声と、沢山の人間がすすり泣く声がする。だがどちらも、何かに反響している。すすり泣く声は、間違いなく女性のものだ。状況と予想からすると、恐らくそれは街の娘達のものなのだろう。


 ローズは腰を屈め息を潜めながら、茂みをかき分け声の方向をめざす。距離的な物は何となく把握していたが、それはそう遠くなかった。だが、声の聞こえた場所は、彼女の立っている位置よりも、十数メートルも下の場所からだった。ここも人工的に掘り下げられた場所だ。半径は、五十メートルほどとかなり広い。先ほどの洞窟と言い、人間業ではない様な気がするローズであった。


 身をかがめ、様子を見る。


 「悪シュミー……」


 其れがローズの第一声だった。

 ローズの眼下では、街の娘達は一糸纏わぬ姿にされ一列に並ばされている。その横を槍を持った黒装束の連中が固めていた。何かの祭壇がある。かなり広めな祭壇の上は、汚れ無き白と言った感じで神聖さを醸し出している。娘達と祭壇を挟むようにして、神官らしき男がやはり黒い装束を纏い、豪華な王様気分の椅子に座り、石畳に杖を幾度も叩き着け、偉そうに座っている。その右横には、刀剣を持った、少し派手な黒装束が居る。


 「次ぎ!」


 そう、先ほど聞こえたのは、この言葉、この声だ。偉ぶったその声が、周囲の壁面に反射してこだましていたのである。


 それを合図に、女性が一人祭壇の上を神官の方に向かって歩かされる。顔を屈辱的に赤らめ、両手で身体を必死に隠しながら、一歩一歩歩かされる。女性が歩くと、不思議に、何もないところに足形が現れた。しかも最初の一歩だけ、しかも色は赤だ。何を意味しているのだろう。もう暫く、様子を見てみる。


 「ほう……。お前は汚れている。おしいな、だが用はない、左へ行け。次ぎ!」


 また別の女性が現れる。だが、今度は足形も何も付かない。やはり何を意味しているか、理解できない。もう一人様子を見ることにする。


 「清き者よ。お前は、お前は右だ。次ぎ!」


 何や等の選別らしい。今度の女性は屈辱的な表情をしてはいるが、身体を隠すことなく、堂々としている。それから、祭壇の上を歩かされる。今度は面白いように、色が付いてゆく。先ほどの女性は気が付かなかったが、彼女は色だけだはなく、形も変化する。鬼のような足や、至って本人のものと思われるに等しい大きさの物、それから、楕円に近い足の形とは思えない物、様々だ。色の方も、赤やピンク、青や緑、黒もある。あらゆる色が存在した。神官の前に来ても、足跡は、途絶えることは無かった。指さされ、祭壇の上をくるくると歩き回される。それでも、まだ足跡は増え続ける。床が綺麗に染まってしまった。


 「もう良い!貴様は汚れきっている!左だ!次ぎ!」


 「職業柄なもんでね」


 彼女が突っ張った様子を見せると、神官の横に控えていた、少し派手な黒装束がその女を殴り倒した。彼女も睨み返すが、武器を持っているので、それ以上の抵抗はしなかった。だが、殴られて口に溜まった血を祭壇に、吐きだした瞬間神官がキレた。


 「貴様ぁ!神聖なる祭壇に、人間の汚れた血など!しかもお前の様な者の!!殺せ!」


 血を吐きかけた女性は、今にも、殺されそうになっている。彼女を殺されては、助けに来た意味が無くなる。それに女性達が屈辱的な姿で、それ以上晒し者にされていることにも、我慢の限界が来ていた。飛び出す条件は整っている。ローズはそう考えた。


 「マッタァぁぁぁ!」


 声を勢い良くあげ、突き出た岩肌を、伝いながら一気に駆け下りる。そしてもの凄いスピードで、祭壇の上を走り抜け、倒れている女性と、黒装束の前に割って入り、黒装束を横殴りに叩き斬った。わずか数秒と思えるこの出来事だが、ローズにとっては造作もないことだった。虚を突かれた神官は一瞬言葉を無くす。だが、ローズの渡ってきた祭壇の足跡が、目に入ると、ニヤリと笑った。


 「汚れた女め……、貴様の過去……、見切ったわ」


 状況に変化はないはずだ。なのに祭壇の上を歩いただけで、まるで勝利を確信したかのような神官の表情。執拗なまでに、ギラついた視線を、ローズに向けるのであった。


 「この期に及んで何を……、殺すから覚悟しなさい」


 ローズは、血で濡れた矛先を、神官のその目の中心に向ける。


 「ああ、だが私を殺せば、女共の命は無いぞ。それでも良いのなら、好きにするが良い」


 ローズにとっては、悪い足掻きにしか聞こえなかった。彼女には、得意の魔法がある。それを持ってすれば、女性達を囲んでいる黒装束など、あっと言う間に黒こげだ。だが、それが彼女の誤算だったのである。


 「ホーミング・アロー!!」


 ローズが、右手を天に突き出し、呪文を唱える。すると、上空から、何本もの光りの矢が落ちてくる。が、しかし、頭の上四、五メートルと言うところで、魔力は、全てかき消されてしまったのである。


 「そ、そんな」

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