第1部 第1話 §12 選択と選別 1

 「街の娘……な、助けりゃ、一発、二発……」


 馬上のドライは、ローズの横で指折り数えながら空を眺めるようにして、損得勘定に入る。


 「あんたってヒトは……、そんなに飢えてんなら、させてあげよか?」


 ローズは、堂々と胸を張りながらドライに近づき、冗談にならないことを平気で言う。あまりにもアッサリ言われると、幾らドライがいい加減な男でも、「はい。そうですか」とは言えない。媚びているように見られるのは嫌なのだ。そして欲求不満を見透かされ、その話を逸らすようにして、こう言った。


 「俺達は慈善活動をしてるわけじゃねぇんだぜ!報酬はキッチリ貰うってのが筋だ!!」


 「いいわよ!そんなに言うんなら、私一人で行ってくる!先に行くか、此処で待ってるか好きにしたら!?」


 元々が、面倒臭い話の上に、金にもならない話をドライは嫌う。その場凌ぎのつまらない言い訳に、さらに負けん気の強いローズが突っかかる。ドライの感情のムラっ気がトコトン悪い方向にでる。イライラしたとたんに、ローズとの歯車がかみ合わなくなってしまった。


 「テメェこそ、勝手にしやがれ!!」


 唇が触れ合いそうなほどに、顔を近づけ、啖呵を切ってまくし立てる二人。ローズは、あまりにも人情味のないドライに苛立ちを覚える。ドライにとっては、見ず知らずの他人を助けるなど、余計な節介にしか思えなかったのだ。其れが何に繋がるというのか?彼は、計算の成り立たない労働に、疑問を拭いきれない。


 ローズは自分の馬に跨り、一度ドライを振り返る。ひょっとしたら何だ彼んだ言って、着いて来てくれるかもしれないと言う期待があったのだが、見えるのはそっぽを向いたドライの後頭部だけだった。

 

 「フン!」


 あまりに子供じみた薄情なドライに愛想をつかして、ローズは南西に向かって馬を馳せた。それに対抗して、ドライは今来た方角に振り向き、同じように、馬を馳せる。


 少女は、その騒動に吃驚して泣くのを止め、慌ててドライを追いかける。自分のせいで二人が喧嘩をしてしまったのではないかと思ったのだ。それぐらい二人の喧嘩は大声で行われたのである。


 どうにかしないとという、責任感だけが彼女の背中を押したのだろう。どうにか街の外まで駆けて来たが、もう彼の姿はない。暫く途方に暮れている。街に戻ってもどうすることも出来ない。


 再び家族を失った悲しみが胸の奥からこみ上げてくる。


 「はぁったくよぉ……」


 その時大きな溜息が聞こえる。振り返ると、そこにはみっともなくしゃがみ込んでいるドライと、そして同じように、大きな体躯をぽつんと佇ませているドライの馬がいた。


 「あ……」


 行ってしまったと思っていた彼が、そこでむくれて座っている。途轍もない期待感に満ち、澄んだ瞳がドライの目に突き刺さる。こういう目で見られるのは、何とも苦手なドライだった。まして相手が弱者だと、先ほどのように怒りを剥き出しにすることも出来ず、その雰囲気から逃げ出したくなってしまう。


 一度視線が合ってしまうが、ドライの方が負け犬のように視線を逸らしてしまうのだ。


 「な、何だよ。いっとくが、俺は、いかねえぞ!」


 だが、そこを動く様子も見られない。自分は間違っていないと言いたげに、言葉だけを荒げて主張する。だが何をするともなく、そこにしゃがみ込んでいるのだ。いや、動かないための理由を、強情にこじつけているだけだ。


 意味もなく、背負っている剛刀ブラッドシャウトを抜いては、陽の輝きに照らしてみる。赤い刀身がより鮮やかに深紅に輝く。すると、マリーとドライが崖の上から落ちた光景が脳裏に浮かぶ。だがその次の瞬間落ちて行くのは、ローズだった。別に彼女が、崖沿いを歩くとは限らない。滝壷なら出来るだけ川沿いに歩くはずだ。


 ドライは、みっともなく剣に写り込んだ迷いばかりが目立つ自分と睨めっこをする。


 「あのバカ……、あのままいっちまったのか?お嬢ちゃん」


 「う……ん」


 怯えてはいたが、その言葉は、ドライの口から良い返事しか出ないと、決めつけにかかっている。


 「そういえば、最近運動不足気味かな……」


 目線を上に、ゆらりと立ち上がるドライ。剣を鞘に納め、馬に飛び乗ると、颯爽と走らせるのだった。


 その頃ローズは、足場の悪い岩だらけの川沿いを、馬を置き去りにして歩いていた。所々岩場を登ったり、降りたりしながら、先へと行く。考えると、いくつか不審な点に気がつく。村の娘達を浚ったのなら、もっと安定した道のりを行かねば、そう容易にアジトまで付けるはずがない。此処はあまりにも困難すぎる。来る方角を間違えたか?しかし、魔導コンパス(魔法を使用した方位磁石、探検家などが愛用)は、しっかりと北を指している。魔力を感じる事もないことから、磁場に狂わされているという事は、まず無いようだ。


 やはり崖沿いを行く方が、早かっただろうか、だが、今から引き返せば、余計な時間を食うばかりだ。諦めて、このまま行くことにする。


 一方ドライは、川沿いに立ち往生しているローズの馬を見つける。主が居ないので、何をしてよいのやら、迷っていると言った感じだ。


 「あのバカは……、馬置いて行きやがった」


 ローズの行動には焦りが見える。焦りがあるときは、総じて良い結果が得られない。早く追いつかなければならないが、ミイラ取りがミイラにならないようにしなければ成らない。


 ドライは、少し川沿いの方を眺める。ローズの姿は見えない、この辺からすでに、岩がゴロゴロし始めている。ドライには、この先がどうなっているのかが大体の予想がついた。


 こんな場所を好んで歩く連中となれば、相当馴れた手練れとしか思えない。後ろめたい連中ならば、尚更のことで、上から狙い撃ってくださいと言わんばかりの状況である。


 だが此処を行かねば、ローズに追いつけない、以前の義足ならこの道は困難を究めるが、今の義足は、本物の足と殆ど変わらない仕事をこなせる。足が何を踏みしめているのかが、ハッキリと解るからだ。


 ただ、頭上注意という条件は変わりない。厄介な条件である。


 「お前等、お嬢ちゃんの所に、戻っておいてくれ」


 馬達の背中を、ぽんぽんと叩くと、ドライは剣と食料を担ぐ。ドライの言葉を理解した彼等は、ドライが辿った道を逆戻りした。馬を残しておくと、彼らに危険が及ぶ。まだまだ彼らの足には頼らなければならない。


 特にあの街の有様では、新しい馬も手に入れることも、難しいだろう。駅馬車を待つ手段もあるが、混乱した街から逃れる人の群れで麻痺するだろう。


 街一つが混乱するということは、あらゆる伝達手段の麻痺に繋がるのだ。

 


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