第1部 第1話 §11 共感と反感 3

 「何があったのかしら……」


 ドライは、休息の場を奪われて、一寸ムッとした顔をしていたが、ローズが様子を様子を見たがっている。ドライはローズの言うことを聞いてやることにした。蹄の音が、石畳の上を、乾いた音を立てながら、虚しく響く。街の様子は、外以上に酷い。その時に感じたのは、賊のやり口にしては、大げさすぎるということと、規模が大きすぎるということだ。


 経過時間は数時間という所だろう。だが、燻る火や煙を消すための人員や、都市機能も麻痺してしまっている。


 「魔法が絡んでるわね……、破壊が異常だわ」


 ローズは、街の破壊が地上レベルの物だけではなく、高くそびえた時計台や、高い建物の屋根に、上空からのものと思われる破壊が成されていることから、そう分析する。それに魔力が放たれた後に残る残留粒子の気配を肌に感じる箏が出来る。魔法が放たれると必ず魔力粒子が飛び散る。


 実はこの世界には、目に見えない魔力素子が存在しており、其れは人間の体内にも存在しており、そう言う物が活性化し、結合し変化し、魔法という形で具現化される。


 人間の身体は充電器のように絶えず魔力を蓄えているのだが、穂とどの場合は微弱でせいぜい生活に活用できる程度のレベルか、発言できないかというレベルのものである。


 「専門家の意見だな。考えもしなかった。俺のブラッドシャウト(ドライの愛刀の名前)は、しきりに疼いてやがる。この殺気は、まだ新しいな」


 だが、街を見る限り、何か特定の物を狙っての破壊では無い。進行方向も、破壊の仕方も、区々だ。集中度に欠ける。それと人の気配を感じる。


 そこら中に瓦礫と死者が入り乱れているが、其処には怯えて姿を見せない者達の気配が、確かに感じられる。ローズが感じていると言うことは、ドライも感じているはずだ。彼がまがい物の剣士でなければ……だが。


 しかし、ドライはそんな表情を一つも表さずにいる。


 ローズはドライを連れ、一人の少女が、半壊した家の玄関と思われる場所の前で、肩をしゃくり上げながら、すすり泣いているのを見つける。ローズは、情に駆られた様子でその少女に、声を掛けるが、兎に角現状を知らなければならない。残酷なようだが、解決のための情報源が必要だ。


 「どうしたの?何があったの、この街で……」


 屈み込み、少女の目線にまで、頭を下げ、頬を触って、顔を上げさせ、涙を拭いてやる。だが、泣き止んではくれない。そこで質問を変えた。


 「お父さんは?お母さんは?」


 すると、少女は瓦礫の方を指さした。そこには、二つの息絶えた男女が瓦礫の下に挟まれている。思わず目を背けたくなってしまうほどの惨い光景だ。少女はその現実に戻されると同時に、再び大声で泣き出してしまった。


 「ほ、他には、誰か……、居ないの?」


 ローズは動揺を隠すことが出来ずに、戸惑いながらそれでも、この少女だけでも、どうにかならないものかと思案しているときだった。


 「おい!ローズ、何やってんだよ。行くぜ」


 余計な節介を焼いているようにしか見えないドライは、ローズを急かした。休息の場が無い以上、ドライにとって、この街は無用の長物以外なんでもなかった。盗賊の仕業でもないとすれば、自分達の仕事もない。


 そうだったとしても、この街の有様では、依頼を受け資金に替えることも出来ない。賞金稼ぎは、出るに及ばずなのだ。其れよりも、マリーが求めた目的に向かう事の方が重要だった。


 「一寸待ってよ!ドライ!ねぇ……」


 ドライを制止しながら、再び少女に話しかける。すると、涙を堪えながら何とか話し始めてくれた。


 「お姉ちゃんが……」


 「そう、でそのお姉ちゃんは?」


 まだ身内が生き残っていることに、ローズの表情から少しだけ険しさがとれる。


 「連れて行かれちゃった……、黒いのに……」


 それを言うと、再び泣き始めてしまった


 「ドライ!!」


 彼の方を振り向いたローズの顔は、何とも悲しみに溢れていた。それからドライの方に近づく。


 「黒いのって、黒の教団!?」


 「知るか!行くぜ、マリーの残した遺跡が先だ」


 「ドライ……」


 泣いている少女と、姉という言葉に、自分が重なってしまう。ローズの目は、ドライを離さない。ドライは苦手そうに、目を逸らせるが、暫く経ってその状態に絶えられなくなり、頭を掻きながら、つい負けてしまった。


 「解ったよ。そんな目で見るな!ったく……」


 「ホント!?やった!後でビールおごるから!」


 「だけどよ。何処に居るんだよ、其奴等……」


 これには、ローズも黙りになってしまう。この崩れかけた街並み、殻に閉じこもった人々からは、何の情報も得られない。少女に聞いてみたが、首を横に振るだけで、これもさっぱりだ。


 「ダメだぜ、諦めっか?」


 「ブゥー!!」


 思わずローズが、ドライに向かって、ブーイングを飛ばす。だが、駄々をこねてみたところで、この状況が、変わるはずがない。しかし、退く気も全くない。ドライにとっては、面倒臭いことこの上ない。ため息をつきたくなる心境だ。


 「アンタ等、奴等の仲間じゃないんだな?」


 半壊した少女の家の横の建物の窓の暗がりから、此方を見て、その男の声の主は言った。ローズが、窓に近づく。窓の僅かな隙間から目だけが覗いている。


 「此処から少し、南西に少し行った所に、滝壷がある。奴等はそこに、妙な物を作っていた。俺は山の仕事をしていて、時折黒い服の連中が、出入りしていた。まさかこんな事になるなんて……」


 どうやら、彼らを見かけ、その時に何もしなかった自分に、少なからず責任を感じているらしい。恐らく自分を認識されているかもしれないという恐怖感があるのだろう。壁際だが酷い汗の臭いがする。


 「奴等街の若い女ばかりを浚っていったんだ……俺は……俺は……」

 それを言い終わると、窓が閉まってしまう。男は自責の念で押しつぶされそうになりながら、自分の殻に閉じこもるように、窓を閉めてしまい、それきり返事すらしなくなる。

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