第1部 第1話 §11 共感と反感 2

 だが、ドライはそれ以上ローズを求めなかった。それは、今、衝動的にローズを抱いてしまえば、自分の愛したマリーを、自分で失ってしまいそうな気がしたからだ。


 ローズを愛したマリーの為、自分の愛したマリーの為、マリーを愛したローズの為、ドライはただローズを抱きしめるだけに止めるのだった。自分達は旅を続けなければならないのだ。


 ドライの義足が、完成するまで、退屈すぎるほど平和な生活が続く。久しぶりに人間的な生活に、ドライは欠伸の連続だった。暇を感じては湯に浸かり、だるくなっては、ベッドに潜り込む。噂では強者だが、これの何処がそうなのであろうかと疑ってしまいたくなるほど、緊迫感に欠けた生活態度だ。でも彼がドライであることは間違いない。


 いよいよ義足の完成した日、ドライは早速試着してみる。


 「お、これは良いねぇ、歩いてるって感じがして……、ナイスだぜ」

 壊れた留め具も直っており、踏みしめたり膝を捻ったりしても、全く違和感なく体重を乗せることが出来る。


 「ふん、悪党に誉められても、嬉しくともなんともないわい。それで、やはりマリー殿の敵を討ちに行くのかね?」


 バハムートは、彼の目的を知っているし、そのために足を修理したが、それでも彼の心次第で、新しい世界や生活がある。本当にマリーを愛しているのならば、日の当たる道を望んだはずだ。口には出さなかったが、彼がその気があるのならば、アカデミー直属の護衛兵になることも可能だ。

 敵討ちなど、全てが終わってしまえば、こんな不毛なことはない。今まで費やしてきた時間と気持ちの行き場をどうすればよいのか解らなくなり、新しい生き方を失ってしまうからだ。まだ先のある若者の将来を心配する一人の老人としてのバハムートの姿が其処にあった。


 しかし、ドライの目は既に、前に進むことにしか集中していなかった。バハムートは、今ドライに何を言っても無駄な事を知る。


 「ああ、気がおさまらねぇ」


 そしてドライはその一言で全てを片付けてしまう。バハムート本当に言葉を失ってしまい、首を横に振り、命を無駄にしかねないドライをもったいなく思った。

 

 「世話になった。サンキューな」

 ドライが義足の礼を言うと、二人は早速、森の中を行くことにした。今度は東だ。また別の街へと向い馬を走らせる。言い忘れたが、街の鍛冶屋は彼の息子さんだそうだ。不出来で仕方がないと、この五日間思い出したように愚痴の連発だった。結局あの紹介状よりも、マリーという一つのステータスの方が説得力を持っており、あの紹介状を見るなり、バハムートは捨ててしまったというのは、余談である。

 

 森の中にある旧街道を二人は行く。いざという時のために馬の体力も考え、彼らはゆっくりとしたペースで、道を進む日はまだ高い。この調子で行けば数時間もすれば、街道へと抜けるだろう。。


 「ねぇ、これから何処行くの?」


 「そうだな、取り敢えず俺じゃ歯がたたねぇ遺跡がある。マリーなら別だろうが……、お前には、その代役をやって貰うことにするかな、古代文字読めるだろう?」


 「一応ね、でも何故?」


 「俺達が、次ぎ行くはずだった場所だ。何かつかめるかも知れねぇだろう」


 「なるほど」


 東は、港町へと続く街道になっている。そこを転々として大陸を渡るつもりだ。ローズは元々ドライの噂をかぎつけて、此処までやってきたのだ。来た道を行き返すことになる。


 旅の道中、足の戻ったドライには更に緊迫感が無くなった。ますます彼の強さに疑問を持つローズだが、その反面、街々では、彼を酒場や小物屋に連れ回すなど、「友達」としての、感覚は次第に強まっていった。ドライを凄腕の剣士としても、敵としても見ることが出来なくなっていたある日のことだ。


 「ドライって、本当に強いの?」


 ローズは常々感じていた疑問をついに口にしてしまう。彼女の記憶にあるのは、馬車の中で死にかけていたドライと、温泉で極楽気分になって、ご機嫌にうたた寝している、緊迫感のない表情ばかりだった。


 「あったしめぇよぉ、賊なんて俺だから、襲ってこねぇんだぜ、それよか、後二つで港町だ」


 盗賊達は自分を避けているのだと、自信満々のドライだった。


 「怪しいわねぇ、日に日に……」


 あまりに緊迫感のないドライとの日々、その落ち着きようは、まるでマリーのことなど感じさせない。ゆったりと大きな、馬の歩と同じような心持ちだ。そんなことで、旅は本当に成立するのだろうかと思うローズだった。


 「今は賊なんて、相手してる暇はねぇんだよ」


 だがドライは、道の遙か向こうを眺めながら、全てが遠そうに視界に入るだけの景色を何気にみている。そんなドライの表情は、どことなくもの悲しげで、憂いに満ちており、辿るべき道標すら未だに見つけることが出来ず流浪の旅人のようだった。


 こんな時のドライは、間違い無くマリーの事を考えているのだろうと、ローズは思うのだった。だとしても、欠伸の連発ばかりで、本当に緊迫感がない。

 

 彼のいった二つとは、「後二つ街を過ぎる」言う意味だった。その一つ目の街が微かに見え始めた頃だった。


 漸く見え始めた街の上空には、火災の煙と思われる靄が立ちこめている。火事か何かであろうか、兎に角そこを通らねば港町には着けない。ドライは野次馬的な心も逸ってか、馬を軽やかに走らせた。急に目が覚めたかのように、軽快なペースで馬を走らせるドライ。ローズは、急に走らせたドライの馬を追うように馬を馳せる。


 漸くにして街の入り口にまでにまで着くと、鋼鉄製のゲートは破壊され、周囲を警戒しながら街の中に入ると、見える限り、破壊の跡が見受けられ、滅茶苦茶だ。破壊の度合いはどうなのか?壊滅的なのか?部分的な物なのか?都市機能が完全に失われていないのならば、休息くらいは出来ると、ドライは思った。


 「チッ!しけてやがるぜ」


 全て壊されているというわけでもないようだが、破壊そのものは全域に渡っているようだ。お楽何らかの襲撃を受けたという事実だけは確かだ。だとすれば、あまり満足に休息を取れるような状況でないのは、確かだ。舌打ちをしながら、周囲を見回し。そのたびにドライの眉間のしわが、深くなる。イライラが募る瞬間だ。


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