第1部 第1話 ドライ=サヴァラスティア と ローズ=ヴェルベット §11~§最終

第1部 第1話 §11 共感と反感 1

 早速二人は、必要な着替えを携帯用の袋に詰め、その温泉に向かって歩き出す。

湖の横手を歩くことになったので、その道のりはさほど複雑では無かった。その際に一軒のこぢんまりとした家が見える。恐らくそれがバハムートの家だろう。こぢんまりとはしていたが、漆喰の壁をもった、なかなか確りとした建造物だった。バハムートは、無駄に広い場所を住まいとして好まないようだ。そんな彼の寝屋を通り過ぎ、湖から少し離れた位置に着た。



 「これ、マジかよ」


 まずドライが驚嘆する。


 「なんなのこれ……」


 そしてローズはその馬鹿でかい池に手を入れてみる。それは正しく温泉だった。熱くもなく、冷たくもない、ちょうどよい温かさだ。周りは少し、岩場のようになっており、中央には、上部が平らで、上れそうな岩がある


 静かな湖面に映し出された青い空と、万年雪を頂いた峰峰と、濃い新緑の森を映しだした、その光景は何とも雄大で、心にリラクゼーション効果をもたらしてくれる。


 温泉の深さも深さも丁度良いようだ。と、確認が取れると、ローズの顔がとたんに、にぎやかにニコニコと喜び出す。


 「よーし!」


 勢いよく、鎧を脱ぎ、下着を脱ぎ、簡単に裸になって、そこに飛び込むと、気持ち良く水が飛び散る音がした。それから背泳ぎで、すいすいと泳ぎだした。見ていて実に気持ちよさそうである。取り敢えずドライも、数日の汚れと疲れきった肉体に、休養を与えることにした。荷物を置き、服を脱ぎ、静かに身を沈め、岩場に腕をかける。


 「ああ、いいねぇ……」


 何となく親父臭くなっているドライだった。湯に浸かると解る事だが、体中が冷えていることに気がつく。緊張していた筋肉が、少しずつほぐれて行くのが解るし、身体が溜まった炭酸ガスを吐き出したがっているのが解った。


 ローズは、相変わらず泳いでいる。そんな彼女を、ドライは鼻の下をのばしながら、目の保養にしている。だがローズは、そのようなことは全く無視している。


 ややもすると、気分転換が終わったのか、その場に立ち背を伸ばし、ドライに背を向け、向こうの森の後ろに小高い山の碧く綺麗な景色を眺めている。


 それにしても彼女は、見事なプロポーションをしている。一人で気を張り旅をしていた事もあり、少し痩せて感じたが、無駄のない背中といい、括れた腰つきといい、引き締まった太ももといい、張りのあるお尻といい、どれを取っても一級品である。


 「良い景色ねぇ」


 ローズは、額に手をかざし、雄大な自然の景色にすっかり心を奪われているのだった。


 「ああ、いい眺めだ。マジで……」


 ドライも眺望している景色に、感嘆する。


 二人の言う景色の対象は、全く違っていたが、寛いでいることに変わりはなかった。景色を眺め終わったローズが、ドライの方にやってきて、横に座る。


 「いい眺めだったぜ」


 ドライは済ました表情で、一度目を閉じる。


 「男の人って、可愛そうねぇ……」


 おかえしとばかりに、湯船の中のドライを横目で眺める。だが、ドライも別に、自分を隠すような事はない。


 「へん!どうせ男の性って奴よ」


 ローズに、痛いところを突かれ、開き直りつつ、お湯の温もりを味わう。どうやら下半身の反応は収められそうもない。澄ましたドライの顔と下の対照的な態度に、ローズが面白半分に腕に絡んできた。柔らかい感触が、ドライの目を開かせた。


 「な、なんだよ」


 ローズがさばけた女であることは何となく解るところだが、此処まで距離感を無視されてしまうと、ドライの方が照れくさくなってしまう。


 「我慢しちゃってさぁ、ふふふ、可愛いじゃん」


 「てめぇ、犯すぞ……」


 ドライの目が一瞬、マジになった。だが、顔だけはすぐ平静を取り戻す。それから、ローズの肩を抱く。特に意味はなかった、何となくだ。それに勝負を挑まれているのに、逃げ回るのは性に合わない。


 「おめぇよぉ、もうちょい弁えろよなぁ、それとも俺を誘ってんのか?」


 「ゴメン。少し試した。でも安心した。尤も酷い男だと思ってたから……」


 その時、本当に作っていない、にこやかな笑みを見せるローズ。ドライの腕に、本当の柔らかみが伝わってくる。自分がテストされていることにを知ったドライは、妙な落ち着きが戻り、ただ単に沸き上がるだけの衝動は、徐々に収まりを見せ始めた。


 「そうまでして、お前をつき動かすマリーって、一体……、お前にとってマリーは、何なんだよ」


 そう、ローズは、マリーを愛したドライという男を知るためのテストをしていたのだ。ローズはドライという男を知りたがっていたのである。ドライは自分がマリーに相応しいかどうかなどは、考えていなかったが、ローズという女が、胸に刻んだ思い一つで、全てをかなぐり捨て、此処までやってきた事を凄く思ったのだ。その原動力がマリーなのである。


 「そうねぇ、何なのかしら……、ただの強烈な感情……、かな?夢のない賞金稼ぎが、夢のある姉の夢を奪った。潔癖にそれが許せなかった。大好きな姉さんだもの。ドライは?」


 そう言ったローズは、もう一つ距離を縮めるべく、大胆にドライの足の間に入り込み、彼の胸板に後頭部を付ける。ドライは、軽く彼女の下腹部あたりに手を回した。


 「無性に気にくわねぇ、それだけかな、俺の中の彼奴に収まりを付けるためだ」


 「あと、何年続くのかなぁ、こんな事……」


 ローズは、湯の心地よさに目をとろけさせ、首を傾けて眠りに入って行く。そんなローズはほっとした表情をしている。


 「全くだ……」


 ドライは体中の力を抜き、自分を委ねているローズをギュッと抱きしめた。ローズは自分の身体をドライに預けると言っているのだ。何をしても許すと言っている。彼女の脱力感が其れを良く表していた。


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