第1部 第1話 §10 足止め

少し広めの一部屋で、中には鍛冶に使われると思われる道具が多数と、申し訳なさそうに、テーブルと椅子が数脚あるだけだ。生活の臭いは、皆無だ。


老人は、二人が隣り合って座ったちょうど向かいの真ん中辺りに座る。それから真剣な眼差しで、先ほどのローズの答を求めた。


「それで、マリー=ヴェルヴェットの死因は?」


ところが、である。


「実は言うと、姉さんが誰に殺されたのかは、全く持って皆無なのよねぇ」


お手上げの状態をジェスチャーで、表現してみせるローズ。そのあまりにもいい加減なやりとりに、ドライは大声で笑い出す。ローズは中まで入るために、ワザと知ったか振りをしたのだ。元々ドライが、マリーを殺したと思っていた彼女に、真犯人が分かる筈もない。


「ハハハ!なんでぇ、お前は……。俺、一瞬マジに全部知ってんのかと、思ったぜ。吃驚した」


「この小僧共が!!いっぱい食わしおって!!出てけ!!」


当然の行動だが、彼は啖呵を切って!テーブルを激しく叩き、怒りを露にする。


「でも、ドライなら何か知ってるでしょう?」


意味有り気に、ニヤリと笑い、ドライの方を向く。ドライも少し意外な様子を見せ、ローズに目線をあわす。それから、自分の知っていることを話し始めた。


「良いか、俺は同じ話を何度もするのは、性にあわねぇ。俺とマリーを襲った奴は、黒装束を着た妙な連中で、誰を狙ってたかって言われると、両方だ。奴等賊じゃねぇ、今まで色々嗅ぎ回ったが、埃もでやしねぇ……。とにかく黒装束だ。修道院の尼さん風の……、でも連中男だったっけかな?」


ドライは、半ば古い記憶を絞り出すように、一つ一つを区切って話した。その様子に、老人は顎に手をやり、髭を撫でながら、ドライの言葉の中に、何か思い当たる節があるかのように、言葉をこう繰り返した。


「黒装束か……もしやの……」


老人は立ち上がり、部屋の中をぐるぐると回りながら、その言葉ばかりを繰り返す。それからぴたりと立ち止まる。


「どうしたジジイ、何か思い出したか?」


この言いぐさに、少しムッとしながらも、思い出したことを、二人に話し始める。


「古代魔法が生まれ、幾年した頃か、とある魔導師の伝記があっての、もしや其れを模しておるやもしれぬな。伝記なら、魔導師を仰ぐ者達は、世界を統べるために、人のある感情を利用したのじゃ」


「何だそりゃ!?」


「しっ!ドライ、だまってて……」


ローズに手で口を塞がれるドライ。ローズの目は、深く瞳を輝かせながら、老人の方に向いていた。考古を語る老人は、ローズにマリーを思い出させる。


「信仰心じゃ。魔導師が黒を好んだ事で、黒の教壇と呼ばれて居るが。力を得た魔導師は、途轍もない力を手にし、世界を思うが儘に作り替えようとしたらしいのじゃが。しかし、密教じみた彼ら故、表だった行動はあまり好まぬはずじゃがな……」


少しだが、間が空く。ローズは少し息をのんだ。まるで子供が、映画のクライマックスに、息をのむように、である。その後その魔導師がどうなったのか?尤も、現状を見ればその支配の影もないことで、失敗したことは想像に難くない。


「俺には関係ねぇや、で、その何や等が、何で俺達を狙ったか……だ」


だがドライは、全くそんなことには無関心なようだった。


「そうであったな、お前さんにとっては、その方が重要じゃったな。お前さんの事はわからんが、何故マリー=ヴェルヴェットが、狙われたかはうっすらと解った。あくまでも推測じゃが……」


再び老人が、椅子に腰を掛ける。ドライは、その勿体ぶった態度に、テーブルに指を立て、騒がしく音を鳴らした。


「なぜ、儂が彼女の死を知りたかったか……、じゃ、そこにお前さん達との、共通点がある。だから、悪党でも話だけはしてやる。解ったな」


「解った解った。早く言えよ」


ドライは、イライラしながら落ち着き無く話の続きを求める。テーブルを突いている音が何とも騒がしい。


「よし、だがその前にいくつか質問をする。彼女が有名になった遺跡で、何を見つけたのか?じゃ」


老人は再び話の腰を折る。だが、其れを語る目は真剣そのものだった。


「いいや、知らねぇ。だが彼奴は、何かは解んねぇが、これは魔法を大きく越えた物だと言ってた」


少し話がそれたような気がしたが、ドライも馬鹿ではない。話をスムーズに進めるため、疑問を心に残しながらも、これに答える。


「―――じゃろな、彼女が魔法考古学学会に送った資料は、古代魔法の中でも凄まじい物じゃった」



「早く言えって」

今度は、拳を握って、テーブルの上に、三回ほど、コンコンコンと叩いて話の続きをせかす。


「うむ。それは、大陸をも空に浮かべてしまうほどの、凄まじい魔法じゃ。三年前それが学会で解った。その力はやがて、古き意志に従う彼らとしては、必ずや大きな障害となり得る」


予想だというのに、何だか確信めいている。そんな老人の目は力強かった。しかし、直ぐに虚しそうに溜息をつくのだった。


「惜しいのぉ、つまらん過去の幻想のために、将来の星が欲のために消えてしまうとは……」


此処で老人は、がっくりと肩を落とす。よほど、将来のマリーに、期待を寄せていたらしい。肘をテーブルの上につき、両手を組み、その上に額を乗せる。


「で、ジジイは、何でそんな事を知ってる?」


ドライが、淡々と、次の疑問をぶつけた。自分が世界中をかけずり回っても殆ど情報が得られなかったというのに、此処へ来て妙にトントン拍子に話が進む。出来すぎだ。こういうストレス無く進みすぎる話は、警戒するのだ。うますぎる話の流れには、必ず落とし穴がある。話の内容にも、現在にも、老人にも警戒感を覚える。長年こういう世界にいる、彼の悪い癖でもある。真っ直ぐに他人を信用することは出来ない。


「わしは、その学会の長、バハムート。そして一人の鍛冶屋じゃ、今は一人で、静かに此処で暮らしておるがな」


学会とは、考古学会の事であり、アカデミーとも呼ばれている。この世界において考古学会は、単なる学会と言うわけではなく、人類が失った技術を再び世界に蘇らせるために集まった、世界に唯一無二のエリートテクノロジスト団体であり、敬意を表してをそう呼んでいたのだ。


学会またはアカデミーと言えば彼らであり、それ以上それ以下も存在しない。


世界の秀でた人材達が此処に所属することを夢見ており、マリーはその中の逸材であり、ドライと巡った遺跡で、一つの謎に直面したのである。そして、その遺産がアカデミーにより解読されたという事なのだ。


ただ若すぎるマリーには、実績がなく、その研究費用もままならなかった。そんな中、マリーはドライと出会い、二人は愛を育んだのだ。


ローズは姉の影響で、バハムートの話には関心をしていたが、ドライは相変わらずだ。椅子に凭れて、彼の話をつまらなそうに聞いている。だが決して、その視界から老人を外すことはなかった。ただ、難しそうな話に対して退屈なのも本音である。


「で、俺はマリーの話をしにこんな辺鄙なところに来たんじゃねぇ。実は俺の義足をなおしてもらいてぇんだ」


ドライは、投げ遣りな態度で、テーブルの上に、剥き出しの義足を無造作に置く。


其れを見たバハムートも、それがただの義足で無いことに直ぐに気がつく。


暫く、集中力のある鋭い表情で義足を眺めている。かなり複雑そうな表情だ。機能を複雑に思っているのか、修理を難しく思っているのか解らなかったが、とにかく複雑な表情だ。


バハムートの表情から、彼が適当な言葉で自分達を追い返す気が無いことを、ドライは悟る。


「どうだ?」


もし義足が修理できないものだとして、黒装束がバハムートのいうように、何らかのカルトであったとし、マリーの足取りとその敵討ちの旅をするドライには、不利すぎる条件となる。彼にとって、重要なことだ。まさに固唾を呑む一瞬だったのだ。


「うむ、修理自体は、すぐじゃな、じゃが……」


それから暫く、また義足を眺め続ける。正し、最初に義足を調べていたときのような、気むずかしい表情ではなく、表情は興味と探求に満ちる鋭いものへと変わっていた。テクノロジーに対しての探求は衰えていないようだ。


「だが?なんでぇ」


タメのあるバハムートの言葉に、ドライは驚かされながら、義足の修理に対しては、それほど難解な表情を見せないバハムートに、ほっとする瞬間だった。


「お前さん、この義足は、歩くときに、本当の足と同じ様に、触れた物を感じることが出来るのか?」


「もっと解り良く言ってくれよ」


そんなドライの頭の周囲に「?」が、クルクルと軽快に回り始める。バハムートの言わんとしている言葉の意味が理解出来ない。


「つまり疑似神経が組み込まれておるか、じゃ」


どちらにしても、ドライには難しい質問のようだ。暫く首を捻っている。「?」が更に増える。


「焦れったいのぅ、どれ!!右足を出してみぃ」


バハムートは、重たそうにテーブルを押しのけ、ドライの右足の金属板に、義足を当て、それから手で、何回かコンコン!と義足を叩いてみる。ドライの反応は、全くと言っていいほど無い。だがこれでは、誰でも反応はない、別に痛くも痒くもないからだ。何かをしたいのだろうが、何をしたいのかが解らない。


今度は、奥の方から、金槌を持ってきて、義足の臑の辺りを、強めに打ってみる。だがやはり、ドライの反応は皆無だ。それからバハムートは、ドライの方をチラリと見てから、今度は、左足を打ってみる。あまり遠慮のない叩き方で、唐突すぎてドライはビックリして身じろぎしてしまう。


「イッテテ!なにしやがるジジィ!!」


反射的にバハムートから金槌を奪い、自分の後ろにいるローズに渡す。


「なるほど、この義足には、疑似神経は組み込まれていないな」


「だから、何だってんだよ!!」


ドライは、まだ何のことかは、理解できていないようだ。


「早い話が、痛みとかを、感じるかってこと」


そこでご丁寧に、ローズが簡潔な説明をしてくれる。ローズにはバハムートがなにをしたいのかが、理解出来たようである。


「その通りじゃ、痛みは重要じゃぞ、義足が折れてしまった原因は、お前さんがその限界を察してやらなかったからじゃ。それと足場を掴むのに、やはり地面の感覚を知るのは重要じゃ、戦士としてこれは致命傷じゃな。お前さん、よくこれまで生きて来れたのう」


関心をしているようではあるが、あまりにも命知らずなドライの生き方に、呆れた溜息をつたバハムートは、少し蟹股気味に座った両膝に手を突いて、首を左右に振る。


「俺は天才なんだよ。戦闘じゃ、千対一でも勝てる自身があるぜ」

この前、賊に殺されかけたことなど、もう忘れてしまっているかのように、自慢げに言っている。これに対しては、バハムートは呆れるしか術がないと言った感じで、ふっと、再度溜息をつく。


どうやら、ドライに命の大切さを説明したところで、あまり意味がないようだ。


「どうするね、疑似神経を組み込めば、おそらく義足の自由度は、従来の比じゃ無くなるぞい」


いくらドライが向こう見ずな賞金稼ぎだといっても、その行動がマリーのためだというのなら、態々致命的になり兼ねないハンディキャップを放っておく訳にはいかない。彼の義足を元に戻さなくても、彼のような男ならば、道を諦める事は無いだろうと考えたバハムートは、ドライが持っていない、もう一つ上を行く結論を持ちかける。


「ああ、よくなるんなら、好きなようにしてくれ……」


「五日ほど、時間を貰うが構わんな?」


「そうか、んっじゃ任せるわ」


全ての問いに簡単な返事だ。だがローズはこれに対して、少し吃驚した感じだ。素っ頓狂な声を出して、ドライの肩に手を置いて、彼を前後に揺さぶる。


「五日?ねぇ!こんなお風呂もないところで、五日も足止め!?冗談じゃないわよ。先に進むなら、我慢するけど!」


ローズは、ただ一所にじっとしているのが、苦手なようだ。マリーもそうだった。ドライはまた、ローズとマリーを重ねてしまう。センチメンタルな気分になるつもりは無いが、やはり姉妹なのだろう。それを思うと、思わずクスリと笑いたくなる。ドライが、イヤにニタニタしていると、ローズが不服そうにもう一度席に座りなおす。


ここに来てドライが時間に拘りを持たなかったのは、やはり機動力がないことは、この先の旅により大きな遅れが生じてしまう事を知ったからだ。


思わぬ所で、足止めを食ったローズが、ふくれていると。


「風呂はないが……、温泉なら沸いとるぞ、少し東へ行けばじゃが、ついでに儂の家もある。寝泊まりはそこでするがいい」


義足を眺めながら、半ば譫言のように、ローズの不服に答えるバハムート。だが、この答に一番に声を出したのは、ローズではなく、ドライだった。


「温泉?か……」


「温泉……」


その後に、ローズが、声を出す。考えてみれば、ドライは、怪我をしてから此処まで、全くと言っていいほど、身体の手入れをしていない。森の中を彷徨っていたことを考えると、もっとになる。


「俺、行水したのが、十日前だから……」


「不潔……」


別にドライは不潔な訳ではない。盗賊の追跡が必要な場合は、そんな悠長な事など言ってられないというだけのことだった。今回は移動中だったり、義足が壊れていることに気を取られていたりと、彼なりに心のゆとりが無かっただけの事なのだった。

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