第1部 第1話 §6  宿屋の一室にて 2

「あ、いや、俺はだな……」


「何よ。男らしくない、それより、早く……」


「あ、ああ」


 調子を狂わされたドライは、足下にあるバスタオルを引っ掴み、ローズに渡す。


「ねぇ、窓際に袋あるでしょ。そこからパンツとブラ取ってくれない?」


「な、何で俺が……」


 ドライはぶつぶつ言いながらも、彼女の指示に従う。それから、袋を漁り、ブラジャーと、パンティを取り出す。それから、彼女の所に、運ぶついでに、それを頭に被って行く。


「お前覗かれても平気な奴かよ……」


 そのままの格好で、脱衣所に入る。すると彼女はまだ体を拭いている。別に隠す様子も伺えない。それどころか、ドライにタオルを渡し、こんな事を言い出す始末だ。


「ねぇ、背中拭いてよ」


「え?ああ」


 タオルを渡されたドライは、唖然として面くらいながらも、彼女の背中を丹念に拭いてやる。


「それにしても、男の人って、みんな同じ行動に出るのねー、面白いわ、前組んでた奴なんて、夜這いまでしようとしたのよ。ドライもその口?」


 間違い無く男に対する嘲笑が入っていた。ケタケタと笑いながら、ドライの一部始終の行動を思い出しているのだった。


「ふん、覗きは、お前がどれだけ周りの気配に、敏感に反応するかを、試しただけだ」


 何とも醜い言い訳をしてしまったと思いながらも、平静を装っているドライだった。


「まぁ、そうしておきましょ」


 今更何をいても、言い訳にしかならない。ローズは一つ高い目線でドライをあしらうのだった。


「ホラ、何時までもパンツなんか被ってないで、かして」


 ドライの頭からパンティをはぎ取り、さっさと穿いてしまう。ドライが、手に持っているブラジャーも色気なく付けてしまう。何ともサバサバした着用で、ムードもなにも有りはしない。


 それから、また下着姿で、部屋中をうろうろする。そのあげく、胡座でベッドに座り込むみ、バサバサと適当にバスタオルで球を拭いた後、手鏡を見ながら、赤い髪を不器用に解かしている。この時ドライが、思い出したように言った。


「そういや、お前さんの名前、聞いてなかったな」


「そうね、ローズ=ヴェルヴェット、ローズで良いわ」


 ドライも、また、ひょこひょこと、ベッドの上にやってきて、座り込む。リラックスして手を後ろに、ベッドにもたれ掛かかった。だが、よくよく考えればマリーから、彼女の名前くらいは聞いていたはずだった。


 その当たりがドライ=サヴァラスティアという男のいい加減さを物語っている。


「へぇ、じゃぁ、あのレッドフォックスのローズってお前か、最近急に伸びてきたって言うあの女賞金稼ぎの……、その赤い髪を見て、気が付くべきだったかな?」

 ローズは髪を解かしながら、これに少し口元をニコニコさせながら、答えを返す。


「そうよ。別に有名になんか、なりたくなかったけど、生きてく為に……ね」


「おまえ、女のくせに、髪を解かすのが下手だな、その点は、マリーと姉妹ってのもうなずけるな、ほれ貸してみな、それから背中こっちに向けろ」


 ドライが、櫛を奪うと、ローズも背中をドライの方に向ける。すると、彼は小器用に彼女の髪を解かし始める。そこには慣れを感じた。


「上手ね……」


「へへ、まあね。女の扱いには、一寸ばかし五月蝿いぜ、俺は……。なんせ、『紳士』だしな、女に夜這い掛ける真似なんて、野暮なことはしないぜ、だから安心しな」


 覗きをしたのは、何処の誰だというツッコミが入りそうな瞬間ではあった。


「あら、あたし夜這い掛けたらダメだって、言ってないわよ。ただ、後でガッポリ慰

 謝料貰うだけ、出来ないなら、労働で返して貰うだけよ」


「はは、逞しい奴……」


「だけど、男と女がパーティ組むとき、ある程度のコミュニケーションは、取っておかないとね、そいつの本質、短期間で見抜けないから、夜が勝手な奴って、大概肝心なとき逃げ出しちゃうの。ドライはどうかなぁ」

 半分誘っているようにも聞こえるこの台詞、だが、ドライはぴくりとも反応しない。


「へっ、俺は、そんな事しなくても、逃げないぜ、俺はドライだ。どんなときでも、クールでドライ、臆病風に吹かれねぇ、逃げるなんてみっともねぇ真似はナシだ。ほれ、終わったぜ」


 ドライが髪を解かし終えると、ローズは立ち上がり、袋の中から、Tシャツとジーパンを取り出し、それを着る。それから、先ほど寄った服屋で買った服を、ドライに渡す。一見何処に出もあるカッターシャツに、何処にでもあるようなズボンだ。彼もそれに着替える。ドライは身長も高く、胸板も厚く、普通のサイズでは難しいところだが、ローズの見立ては良く、予想以上に良い着心地のものだった。

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