第1部 第1話 §6  宿屋の一室にて 1

 彼はなかなかの、事情通であるようで、ドライの名前が出ても、差ほどは驚かなかった。金額には驚いたようだが……、なんてお喋りな奴だ。それにしても、ドライは相当の金額を、ため込んでいるようだ。ローズは顔にこそ出さなかったが、一瞬度肝を抜かれた。これを好きなだけ使えと言われても、一生かかっても、使い切れるかどうかである。それほどの金額が書き込まれていた。


「それじゃ、下六桁の端数を除いて、49915Yの口座に、さっきの賞金の半分

 を振り込んでおいて、それから、残りを、サンドレア地方にあるシンプソン孤児院口座に……、残りは、壱千をキャッシュに、その残りをこのクレジットカードに……」


 クレジットカードは今で言う電子マネーのようなものだ。


「シンプソン孤児院……ね」


 これで、当面の資金繰りは大丈夫だ。次は、彼に頼まれた鍛冶屋と服だ。彼女は町中を歩く最中に、難なくこれを見つけることが出来る。ただしど義足造りが出来るかどうかは、定かではない。


 確かに金具なら鍛冶屋なのかもしれないが、少しピントがずれている気もする。尤も彼の要望だ。疑問は兎も角、用件は片付けておく必要がある。


 それにしてもドライは、よく義足であれほどになれたものだ。賞金稼ぎにとって、機動力は命だ。彼はそれを一本欠いている。おそらくこの五年間、あのようなことは、何度かあったはずだ。いや、あれば今頃彼はこの世にはいない。運の良さと実力を兼ね備えてのことだろう。


 取り敢えず。賞金稼ぎとしての今日の仕事は終わった。後は旅の疲れ、昨夜の疲れ等を取るため、数日間、町でエンジョイするだけだ。肩の凝る重いプロテクターをぎ、楽な格好に着替えるために、一度宿に戻ることにする。その際に、受け付けに寄った。


「ねぇ、もう一つベッドだけでも増やせない?」


「悪いねぇ、此処は安宿だからねぇ、そう言う気の利いた物は……、シーツと毛布で良かったら何組もあるんだけど……」


「しょうがない、ドライには床で寝て貰うか……」


 シーツと毛布を一組もらったローズは、部屋に戻ることにする。扉の前まで来ると、中から豪快な鼾が聞こえる。今、部屋にいるのは、ドライしかいない。彼女は呆れ顔でノック無しに中に入る。


「私の五年間って、何だったのかしら、比奴見てると虚しくなっちゃう」


 見れば見るほど、何も考えてない顔つきで、豪快な大の字を描いて、ひたすら無警戒に爆睡している。大男がそうしているのだから、尚更のことだ。


「むにゃむにゃ、ベル、サンディ……」


 にやけた表情でドライが寝言を言っている。夢の中で幾人かの女性とバラ色の時間を過ごしているらしい。マリーを愛していると公言しておきながら、そんな浮気発言に一発殴ってやろうかと思い拳を振り上げ、殴ってやろうかと思ったその瞬間だった。


「マリー、愛してる……俺の子供……、むにゃむにゃ」


「え?……」


 彼はあいも変わらず無邪気な寝顔をしている。だが最後の言葉は、何だったのであろうか、将来の約束か、または事実か?取り敢えずドライを殴るのだけは止めておくことにした。その時、お腹の虫がしきりに食事を要求していることにローズは気が付く。物騒な装備を脱いで、朝食としゃれ込む事に決めた。


 だが、その前に汗を流したい。スッキリしなければ、何をしても憂鬱になってしまう。


 ローズは寝ているドライの目の前で、お構いなく平然と下着姿になる。プロテクターをを部屋の端に片づけると、そのままの姿で、シャワーを浴びに、バスルームに行く。汗で汚れた下着を篭に入れ、気分良く鼻歌を唄いながら、シャワーを浴びる。


「う…………ん?何の音だ?シャワー……」


 ドライが、その音に気が付き、目を覚ます。プロテクターが部屋の隅に片づけられていることで、ローズが帰っていることに、気が付く。


「そういや、彼奴の名前聞いてなかったな……、でもその前に……、目の保養を……、へへ」


 ドライは、ベッドから降り、匍匐前進でバスルームまで忍び寄り、静かに進入し、脱衣所を通り抜け、バスルームの扉をかすかに開け、下からそれを覗き上げた。まるで敵陣に乗り込む一人の兵士のようだ。


〈良い躰してんな。正面向いてくれねぇっかな〉


 湯煙でぼんやりとしていたが、彼女を十分に拝む。ローズは、相変わらず鼻歌を唄っていたのだが、なかなかドライの思う通りには、動いてくれないのである。それどころか、いきなりこんな事を言った。


「ねぇ、バスタオル取ってくれない?」


 それから、簡単に、バスルームから出てくる。ドライの前に真っ裸の彼女が、堂々と立っている。引き締まった肢体に括れたウエスト、水滴を弾くほどよく白い肌の色艶。


 ドライを追い続け続けてきたためか、少々細さを感じさせるが、それでも彼女のプロポーションは男が泣いて喜ぶこと、間違いなしである。


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