第1章 第1話 §5  仕事の報酬

 剣を背負ったドライは、ローズの肩を借りながら、街まで歩く。彼の瞳は目立つので、町に出入りするときは、サングラスが欠かせない。町に出入りしているときは、いつもそのスタイルだった。


 日が昇り始めているため、ゲートの鉄門は開放され、流通を受け入れる体勢になっている。


 街のゲートをくぐると、昨夜の衛兵が、眠そうな顔をしている。


「よお、ねぇちゃんどうだった?仕事の方は……」


「ええ、取り敢えず全部済んだわ」


 軽く声を交わし合うと、ローズは無駄な口を開くことをせず、ゲートから離れて行く。衛兵達は、ローズが肩を貸している大男が気になったが、あえて其れには触れなかった。


 ローズは、ローズを連れ、取り敢えず借りていた宿まで行くことにする。


 いくら治癒の魔法を掛けたとはいえ、あれほどの深手を負っていたのだ、ドライを休ませてやる必要がある。少し蟠りはあるが、今はもう憎い相手でも何でもない。それにもっと自分の知らない姉の話が聞きたかった。


 宿に着き酒場を兼ねたフロントで、早速手続きをする。全体としては木造で、二階部分が宿となっており、素性を問わず簡単に受け入れられる、彼らにとって都合の良い場所となっている。


「え?部屋が満室、本当に空き部屋無いの?」


「ええ、悪いねぇ」


 宿の女主人が、申し訳なさそうに頭をぺこりと下げる。ローズの借りている部屋はあるのだが、ドライの部屋がない。


「しかたないわね、私と相部屋で良い?」


「いいぜ」


 簡単な問いかけに、簡単な答、最も女に誘われて、イヤだという男も珍しい、特に荒くれ共は喜んで付いて来る。部屋まで着くと、中に入るのだがベッドが一つしかない。


「さ、横になって、傷を見てあげる」


 ドライを横に寝かせると、有無も言わさず、彼の服を破き、胸の傷を見る。ローズは、思ったよりも上手く傷が塞がっているので、ホッとした顔をする。彼はもう大丈夫だ。


「私は、これからこの首を、賞金に換えてくる。何か用事はない?」


「そうだな、魔法を扱っている鍛冶屋と、それと……、必要経費、このバンクカード(預金通帳)から、好きなだけ引き出してくれ、俺に合いそうな、ナイスな服だ。それを頼む。番号は57916F」


 ドライは、ズボンのポケットから、バンクカードを出し、ローズに投げ渡す。


「えっと、服ね、それと、鍛冶屋ね、私も一寸高めの買い物したいな……」


 ローズは、意味有り気に、にやにやと笑ってドライを見る。


「好きにしな、命の代金だ」


 カードに入っている金額には、ローズも可成りの自信があったのだが、思わず出し惜しみをしてしまった。それから、少し彼を試してみたのだ。ケチではないのは確かだ。


 まずは賞金首を賞金に換えるためにシェリフの所に行く事にする。そこで賞金首の認定を得るのだが、この時、賊の身元が分からないと、当然のことながら、認定書はもらえない、大抵大将格は高いのだが、それでも身元が分からないと、認定書はもらえない。


 ちなみに言うと、シェリフは職務上、この判別を行っているが、賞金稼ぎとは犬猿の仲だ。厳しい身元判定も、出来れば賞金稼ぎに金を払いたくないためのものだ。


 本来自治は、彼らのような公職者の特権のはずで、ローズ達は其処に介入し、腕っ節で彼らの手柄を横取りしている事になり、自治安定を盾に殺人を繰り返している事にもなる。言わば超法規的措置を政府が始終認めていることになる。


 ローズは、交番に入ると、暇そうにテーブルの上に足を投げ出し、低俗な雑誌を読んでいるシェリフの前に立ち、影を作る。すると、向こうもそれに気が付き、賞金稼ぎが現れたと解ると、怪訝そうに様子を伺った。


「何か……、用かね」


 まるで自分達の身分を格上げするかのように、横柄な口繰りで用件を訊ねる。


「これ、この付近の賊の首だけど、賞金になりそうなの、ある?」


 シェリフ達が横柄なのは、いつもの事だ。ローズは、それを無視し、皮の袋を開き、首を床の上にぶちまける。


 血抜きをするまもなく摘められた首は、黒くこびり付いた血と共に転がった。


 彼もこの仕事になれていて、一つ一つを足で転がし、手で顎を撫でながら、考え込んだ様子で、それらを眺める。


「確かに悪人面だが、どいつも見覚えがないし、小物だな、頭の飾りでヒートウルフ団の者だと解るが……」


 それでもシェリフは疑い深く、足で転がしながら首の出所を探る。


「ん?待てよ。比奴は奴等のボスじゃないか!ウウェハンス家から、高額の賞金が出ていたな。むぅ…………ヒートウルフ団の頭と、そのほか四名と認定しよう」


 渋々、これを認めるシェリフ。


「どうせなら、盗賊団一団にしてよ。森の奥にたくさん転がってるから」


 これだけでは、今回のドタバタの報酬として割が合わない可能性がある。ローズは交渉を試みる。


「おい!欲張るなよ。お前さん等なぞ、近い内にでも非合法になるんだ。ミイラ取りがミイラになる前に、せいぜい踏ん張っておくことだ」


 シェリフは一度、ローズの襟首を釣り上げ、そう言い放つと、彼女を突き放すのだった。


「ふん!」


 ローズは負けん気強く、クビを横に、ぷいと振る。


 シェリフの書いた認定書を、彼から奪って、そこを後にする。今度はこれを金に換える。これは銀行に行けばよい話だ。別段難しいわけではない。


 ローズは、そろそろ人が行き来はし始めた通りを歩き、銀行に到着する。銀行には賞金稼ぎ専用の窓口が存在しており、取引は一般人とは異なる場所で行われる。


 ローズ以外にも、幾人か依頼をこなしたと思われる者達が、窓口に訪れていた。数分待たされた後ローズの手続きが始まる。


「これ、賞金の認定書なんだけど……」


「えっと、ヒートウルフ団、頭、手下四名……、ね、一寸待ってておくれ」


 銀行員は、台帳を調べる。それから少しして、それを見つけたようで、ローズの方を向いた。


「頭は、二〇万ネイ(約二千万円)、手下は一人につき五千ネイだね。しかし、ウウェハンス家も張り込んだんぇ。なかなか腕の立つ盗賊として聞いちゃいたが、此処まで掛ける金普通……。と、しかし何だね、人殺しが金を稼げる時代だなんて、治安が悪い証拠だね、お嬢さんも綺麗な顔をして……、もっと女らしくしたら?」


 丸眼鏡で湿っぽい、小柄で猫背気味な行員だ。


「何れはね……」


 こんな事を言われるのは、これが始めてではない。むしろ日常茶飯事に言われる。だが彼女には、姉を死に追いやった者を探し当て、敵を討つという目的がある。それまでは、この荒れた生活をするつもりだ。度の資金は多い方がいい。


 それに今ではすっかりこの仕事が、身体に染み着いている。


「ねぇ、この口座の残高解る?えっと、番号は57916F、それと49915Y」


 ドライに渡されたカードと、自分のものをだし、受け付けに渡す。どちらも、少し血糊で汚れている。今度は先ほどの作業と違って、一旦奥の方に姿を消す。それから暫くして、メモ用紙を眺めながら、此方にやってくる。その顔には、歴然とした驚きが見られた。


「凄いねぇ、この金額だと、二つとも賞金稼ぎとしては、トップクラスだね、片方はローズ=ヴェルヴェット。随分溜め込んでるねぇ……。もう片方は……、これが本当なら、あんた偉い人と知り合いだね。ドライ=サヴァラスティア、赤い眼の狼じゃないか!さすが世界一、でもこれじゃ、逆に盗賊から賞金がかかっちまうね、せいぜい寝首を掻かれないように、お二人とも気をつけて」


 そう言って、金額を書いたメモをローズに渡しながら、彼はいうのだった。

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