第1部 第1話 §4  二人の接点2


「そんな……、将来有能な魔法考古学者に成る筈だった姉さんは、世界でも注目を浴びていたわ。そんな姉さんが、アンタみたいなゴロツキと一緒にいるわけがない!」


「いいから言え!テメェだけが知ってるマリーを!!俺の知っているマリーを!!」


「頭の良い姉さんだった。いつも大きな事ばかりいうの。料理も洗濯もまるでダメ!生活感まるでゼロ!どうしようも無い人だった。でも、とてもキラキラしてた!素敵な人だった。夢に輝いてた!!そんな姉さんが口癖のようにいつも村の麓から、山頂の方をを見てこういうの……」


「『この場所も昔は海だった。見えなくても、世界は少しずつ確かに進化している』」


 二人で同時のその言葉を口にする。


 ドライも、ローズの言っている言葉を、マリー本人から直接聞いたことがある。その度に、マリーは笑顔を輝かせていた。


 彼女の声からは、ひどく嫌悪感が滲んでいる。それは、あらゆる理由を包括しドライに向けられた。


「じゃぁ、お前、マジで……」


 ドライの腕がゆるむ。ローズはその勢いで、前に倒れ込んだ。それから起きあがり様に、ドライの方を振り向いた。彼女の目は涙で濡れていた。次第にそれが滴となって、音を立て始める。なんと悲痛は表情だろう。姉を奪われた悲しみを、眼だけでドライに訴えかけた。


 ドライの方は、彼女をマリーの妹だと認識したが、ローズは、まだドライの事を認めていない。マリーとドライが関係を持っていたことが、ショックだったのだ。それを嘘だと思っていたいのだ。薄汚れたこの世界で、血に染まって今日まで生き抜いた彼女は、そんな血塗られた男と、将来を有望された姉が、堕ちたことが信じられなかった。恨み辛みのこもった目で、ドライをじっと見つめる。


「この剣は、姉さんを貫いていたのよ。それが死因だって、姉さんを看取ってくれた人が言ってた。そしてこの剣には、ドライ=サヴァラスティアの名前が……」

 今度は涙を見られまいと俯き、涙を拭う。


「そうか、それで俺を……、とんだ勘違いだ。実は俺もマリーを殺した奴を捜してる。それについては、互いに共通って訳だ」


 ローズは、妙にしんみりしたドライの言葉にふと顔を上げる。


「共……通?姉さんを殺した奴」


 一瞬目的を無くしかけたローズにもう一度道が見え始める。


「ああ、俺は、マリーと出会った頃から、彼奴と一緒に遺跡なんかを漁ってた。彼奴は考古学の研究のため、俺は、盗掘のため、彼奴口うるさくてよ。いつも言われた。『考古学のために、残しとけ!』って、で、ある日、新たな遺跡を探してよ。盗賊狩りしながら渡り歩いて、二人でいかにも未開の地って感じの森を歩いてた。その時に、奇妙な連中に囲まれて、俺はマリーを連れて逃げた。するとツイて無いことに崖っぷち、下は激流の川、だが俺だってプロだ。ギリギリまで粘って、向こうが飛びかかってこれる人数が、制限される所を、一気に切り込もうって……、で、二人とも腹くくった。だが、その直後、崖を真二つにする。豪雷が落ちて、二人とも川に真っ逆さま。あの時考えれば、奴等普通じゃなかった。黒装束着て、冷たい目でこっち見てよ。まるで、何かに憑かれたようにフラフラしてやがった。何処の誰かもわからねぇ、とにかく二人は落ちた。俺が気が付いたときは名もない村で、そこで世話んなった。足は崖から落ちて脚を失った。動けなくなったおれは、ヤキモキしながら、ある日考古学者の卵、マリー=ヴェルヴェットが、死んだって噂で聞いて、事件のことが頭に浮かんだ。野郎共が、何考えてんのかは解らなかったが、とにかくマリーが死んだのは、奴等のせいだ。そして俺は、情報掴みながら、仕事を再会、そして、彼奴のレッドスナイパーを持ったお前さんが、俺を殺しに来たって訳だ」


 ドライが再び、ローズの方を向く。その頃には、少し辺りが薄明るくなっていた。ローズもドライも、互いに敬尊する者、愛する者を、殺した相手ではない事は理解した。複雑な気分は癒えないままではあったが……。


「いいわ、貴方はドライ、でも私の姉を殺した奴じゃなかった。取り敢えず、街に戻って、貴方の傷の手当をきちんとしなきゃ」


 マリーのことを語るドライの瞳が、妙に穏やかであることで、ローズはドライへの怒りに終止符を打った。切り替えなど、急に出来る訳ではないが、彼のいうことが、嘘でないことがわかる。何故か、そう解るのだった。


「と、その前に、俺の剣と、義足を探さないとな」


 二人して、ドライの無い右足の方向を見る。


「いいわ、剣は私が探してきてあげる」


 ローズは、腫れぼったくなった瞼で、穏やかに微笑みを作りながら、涙の乾いた目の下を拭く。


「恩に着る。剣は此処から少し下った所の、小川の付近に落ちてる筈なんだ」


 足のないドライでは、この足場の悪い山中では辛いものがある。ローズはそれを察した訳だが……。


 それにしても、探していた相手とまさかこの様な繋がりがあるとは思いもよらなかった。そして、彼女の旅も、殆ど振り出しに近い状態に、戻ってしまったことになる。


 足下を取られないように、ある程度急な坂を下ると確かに小川の潺が聞こえる。


 辺りを注意深く見て、歩いていると、ドライの言った通り、剣が落ちてあった。その剣は、レッドスナイパーと柄の特徴がよく似ている。だが、大きさが遥かに違う。


 やたらと剛刀なのだ。見た目も重そうだ。種類としてはグレートソードだろうが、其れよりももう一回り大きさを感じる。剥き出しのまま、薮の覆い茂る土の上に転がっている。その近くに、鞘も落ちていた。


 ローズは、それを見つけると、早速拾いにかかる。


「うわっ!おっもい……、何これ、彼奴化け物ね、義足も折れちゃう筈ね、ん?」


 ローズは両手で持ち上げているのだが、実際は一般人が持ち上げることなど不可能な重量だった。二メートル程にもなる厚めの平板を持ち上げているに等しいのだ。


 その時ローズは、刀身に文字が彫られていることに気が付く。それは紛れもなく、英文字でマリー=ヴェルヴェットと書かれてある。


 その文字が目に飛び込んできた瞬間、ローズの瞳から、再びぼろぼろと涙がこぼれ出す。これで、ドライが本当にマリーに本気だったかが解る。そして自分の尊敬していた姉も、ドライを愛していたという事実を知るのだった。


 レッドスナイパーに彫られたドライ=サヴァラスティアの文字、そしてこのマリー=ヴェルヴェットの文字は、愛し合った二人が、互いの絆を示すために彫ったものだったのだ。


 ローズは、泣くのを止め、剣を鞘に収める。鞘は、刀身の半分程度なのだが、剣を鞘に収めると、鞘が機械的に、スライドして、ちょうど収まるようになっていた。剣があまりにも長いので、抜くときに、すばやく抜ける仕組みのようだ。何とも機械的な鞘を持つ剣である。


 鞘に、入った剣を肩に担ぎ、再び馬車で待つドライの所まで行く。ついでに、馬車の近くに落ちていた義足も拾い上げる。そして馬車に戻った。


「ほらこれ、それと義足」


「サンキュー、でもこの義足は修理しなきゃ使い物になんねぇな、留め具がいかれてやがる」


 少しの間、壊れた義足を眺めるドライだった。

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