第1部 第1話 §4 二人の接点
「おまえ……、ドライ=サヴァラスティア……?」
緊張で震えた声が詰まる。脈拍が徐々に加速していくと同時に、彼女の脳内がチリチリと熱を持ち始める。
「ああ、そうだぜ。俺の紅い目が何よりの証拠だ。おいおい、そんなに殺気だつなよ。命の恩人を殺しはしねぇよ」
ドライの方は、全くと言っていいほど、無警戒だ。幾ら痛みが少し癒えたところで、彼は武器も保持していなければ、立ち回りをおこす体力など到底ない。致命的なのは、右足が膝から下がないことだ。
警戒したところで、相手に剣を振るわれればそれまでだ。相手の実力も、雰囲気で何となく解る。ジタバタしても仕方がない、彼はその事を知っていた。だから無駄な足掻きは止めにした。この状況で最後のリラックスをしている。
「黙れぇ!ドライ=サヴァラスティアと知っていれば、誰がお前など!!」
ローズは、猛り狂って剣を抜き、ドライに矛先を向ける。
彼女の一振りは凄まじく、振り抜いて構えるまでの動作で、馬車の天井も壁も、一瞬にして切り裂いてしまうのだった。一度彼の眼前に矛先を突き立て、それからドライの心臓より少し下に切っ先を押し当てた。狭い車内で実に見事な抜刀だった。
ドライに突きつけた矛先は、マリーに突き刺さっていた剣の位置とほぼ一致していた。殺気が殺意へと変わる。
歯を食いしばり、ドライを睨み付ける。
だがこのまますんなり殺しては、自分の気が収まらない。彼の怯え狂う瞬間を見たいとすら思った。
だが対照的に、ドライは、殺意に満ちたローズより、彼女の突きつけた剣を見て、妙な表情をしている。
「レッド……スナイパー……、おい女!この剣をどうやって手に入れた!!」
言葉と同時に、渾身の力を込め、白羽取りのように剣を両手で挟み、左足でローズを蹴り倒し、剣を奪う。
ローズは、狭い車内で、反対側の壁に、叩きつけられ、その反動でドライの方に倒れ込む。が、もう一度彼の軽い蹴りが入り、反対側の席へと飛ばされてしまう。ドライは、彼女が倒れ込んでいる間に、剣を上から下まで、見回す。そして、刀身に書かれた名前を見つける。
「やっぱりだぜ!さぁ、早く答えな!答如何によっちゃぁ、命の恩人でも殺すぞ!」
先ほどの彼と違って、声に気迫がこもっている。腕は震えているものの、今度は彼が、ローズに矛先を向け、彼女の喉元を指す。その事情を聞くまで、死にきれないといった危機感が、ドライから感じられた。
「黙れ殺人鬼!私は今日まで、お前を殺すために、女を捨てて地に落ちたんだ!」
ローズは、追い込まれているにも関わらず、目の気迫だけは、ドライに負けてはいなかった。
「その目、仇討ちか?残念ながら、俺は星の数ほど、賊を殺ってるんだ。いちいちそんなのに立ち会ってる暇はねぇんだよ。それよか言いやがれ!!この剣を何処で手に入れたかを!」
ドライは、自棄に剣に固執している。彼の名前が刻み込まれているのだから当然なのだろうが、ローズが持っている訳を知りたがっている。そして答によって、態度を変えるつもりだ。
「白を切るな!お前は、五年ほど前、一人の女を殺したはず。その剣は、お前のだろう。彼女は私の姉……、これだけ言えば解るだろう!」
更に憎悪の眼がドライに向けられた。暗がりの中、ローズの憎しみと悲しみがはっきりと捉えられる。
「馬鹿言え、俺は女を殺った覚えはねぇ、賊じゃあるまいし……、それにこの剣は俺のじゃない、俺の……、女の……マリーの………………」
ドライは、そこではっと何かに気がついた表情をする。
「まさか!マリーを殺したのはてめぇか!」
彼はすっかり熱くなってしまっている。自分の頭の中だけで、結論を先走って決めつけた。ローズから見れば、途轍もなくずれた方向の結論だ。
「姉さんの、名前を気安く呼び捨てにしないで!この殺人鬼!」
ドライが、冷静さを失っている隙に、彼女は矛先から逃れ、ドライの腕を引き寄せ、頭突きを食らわす。その隙に剣を奪い返そうとしたが、逆にドライが彼女の腕を、左手で掴み、後ろ手に固める。
「信用できるか!!いいか、俺とマリーのことは、その筋じゃ少し有名だったんだ。彼奴が死んでから、俺の前に彼奴の妹だって輩が、何人か出てきてよ。一寸気を許そうとしたら、どいつも比奴も、俺の寝首を掻こうとしやがった。それでも女だから、一発ぶっ叩いて勘弁してやった。だが、今回は別個だ。なんなら、納得いくまで、とことん語ってやってもいいぜ!いいか!?俺は彼奴の黒子の数まで知ってる!足の付け根の一番セクシーな所と、左胸の乳首の脇のも含めて七つだ。彼奴が一番感じやすかったのは、背中に息を吹きかけてやることだ。俺は彼奴個人のことなら何でも知ってるぜ、お前はどうだよ!?」
マリーの左胸の黒子は、それ程目立つモノではなかったが、幼い頃からその位置にあるのは、ローズもその幾つかははよく知っている。勿論、勢いに押されていることは事実だが、彼の言っていることの幾つかは事実だった。
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