第1章 第2部 §3  龍の襲撃2

 オーディンが、地に降りると同時に、セルフィーが、駆け寄る。


 「オーディン上だ!!」


 プレーンドラゴンの一匹が、彼の頭上から、のぞき込んでいる。それに気がついたとき、剛風が、オーディンを襲う。あっと言う間に、その勢いで、壁にたたきつけられる。セルフィーが、ドラゴンが頭を低く屈めているその隙に、ドラゴンの喉へと切りかかる。


 オーディンほどの破壊力はないモノの、致命の一撃を与える。彼もまた、剣の達人であった。


 だが狙い目が甘く、ドラゴンが、絶叫してもがき苦しみ始める。


 「チィ!殺り損なったか!!」


 オーディンは、吹き飛ばされたモノの、怪我はないようで、すぐに立ち上がり、セルフィーに声を掛ける。


 「いかん!他のドラゴンが、声に反応して、暴れ出すぞ!急がねば!!」


 オーディンとセルフィーが、騎士団と共に、ドラゴンと戦っている間、王城では、混乱に満ち溢れていた。そんな中、ニーネは、オーディンのために自分の部屋で、ただただ祈っていた。彼の無事と、二人の未来のために。


 彼女が沈黙の中祈っている最中であった。どこかの兵士と思われる装いの男が、扉を無断で開ける。


 「誰です!礼儀を弁えなさい!」


 彼女は、オーディンのことが心配で、少し苛立ち紛れの声で、その兵士の無礼を、叱りつける。


 「す、済みません!ニーネ様は、おられますか!」


 彼は、肩で息をしている。よほど急いで此処に来たのだろう。本来なら、十分に頭を下げてから、行うべき行為だが、彼は、それもそこそこに、ニーネを探すしぐさをしている。


 「ニーネは、私ですが……、何か?」


 「急報!父上が、急病で倒れたため、至急エホバニアにあるヨハネスブルグ大使館にお急ぎを……」


 「何ですって?!ああ、どうしましょう」


 彼女が、悩んでいるのは、父親が倒れたことではない。今此処を去れば、オーディンに二度と会えない。そんな気がしてならなかった。だが、父の容態が悪いのだ、行かぬ訳には行かない。せめて、メモ書きだけでも残し、此処を一時離れることにした。


 「愛しのオーディン様、父の様態が、急変のため、私は、一時エホバニアにある大使館に、戻ります。ご無事を祈っております。ニーネより」と


 文章は、簡潔だったが、思いを残して、メモの端に口付けを残した。メモをベッドの上に残し、彼女はそこを立ち去る。


 オーディンは、死ねなかった。切り開かれようとしている自分の未来のために、ドラゴンを次々としとめた。暴走したドラゴンは、プレーンドラゴンの断末魔の声により、より一層、狂暴化する。豪風と、ヒートブレスで、辺り一面は火の海となる。


 二人は高い建物の屋根に飛び移り、それを凌いだ。初めは四匹だったはずのドラゴンだったが、死骸を数えてみると、六匹、更に活動をしているモノが三匹、計九匹となっていた。何れもヒートドラゴンか、プレーンドラゴンだ。目的は分からないが、故意にその種だけ呼び寄せたのは確かだ。街は二匹の相乗効果により、殆どが、火の海に飲まれている。王城はかろうじて、敷地に張られた水壕のおかげで、火の海に飲まれずに済んでいた。


 「セルフィー!もう一度アレをやるぞ!」


 「解った!」


 「行くぞ!飛天鳳凰剣究極奥義、竜虎裂波」


 オーディンは、セルフィーに、火炎系の、魔力を、付与する。それも全身にだ。それと同時に、瞬間的に、著しく筋力が増加する魔力も付与する。その後、自分に雷撃系の魔力を付与する。これもやはり全身にだ。ほぼ全力で、ドラゴンに飛びかかる。二つの光りが、連続的に、一匹のヒートドラゴン、プレーンドラゴンを、貫く。一瞬の出来事だった。いとも簡単に二匹のドラゴンを、しとめてしまう。再び、屋根の上に陣取る。


 「問題はアレだな」


 「ああ……、だがこれ以上、私の身体は、魔力の付与に絶えられそうもない……、年だな……」


 セルフィーは、剣を地面に突き刺し、ガクリと膝を落とす。可成りの無理が掛かったようだ。筋力を強制的に、上昇させたためだろう。


 「済まない。セルフィー、大丈夫か」


 「ああ、それより早く奴を……、あれはライトドラゴンだ。フォトンブレスを吐くぞ」


 ライトドラゴンとは、光化学系の魔力を持つ、ドラゴンでも最上位に位置する恐るべき力の持ち主だ。光子力を伴った息は、破壊力絶大だ。全てのモノを一瞬にして、かき消してしまう。


 彼らの欠点としては、一撃を放つまでに、時間が掛かることと、皮膚が、他のドラゴンとは違って、それほど固くないと言うことだ。それでもやはりドラゴンである事実は、揺るぎ無い。種族としては、翼竜だ。


 ライトドラゴンの口元に、何かが光り輝いている。


 「なんて事だ!フォトンブレスを吐くぞ!!」


 セルフィーが、絶望的に叫ぶ。だが、オーディンは、その声とは逆に、ドラゴンに向かい、走り出した。


 「オーディン!!何を!!」


 「……、止める!!」


 「何だと!!」


 オーディンは再び、屋根伝いに、走る。セルフィーも、もてる力を振り絞って、剣を鞘に収め、後を追う。


 「さあ、来い!!」


 ドラゴンの前に、立ちはだかり、猛々しく叫ぶ。ドラゴンの口が、光で満ち溢れ、そしてブレスが放たれる。オーディンは、それに向かい刃を立てる。


 オーディンが、その覚悟を決めた刹那だ。セルフィーが、オーディンにタックルし、彼ごと、横っ飛びに飛んだ。フォトンブレスは、二人を掠め、更にその延長方向へと飛んで行く。二人には、怪我はなかった。だが、その先の方で、轟音と共に、建物が崩れる音がする。


 「セルフィー!!何故邪魔をした!!」


 「バカな!!一撃を防いだ所でどうなる!お前は、それで燃え尽きてしまうではないか!」


 「だが、一撃は防げた。奴の装甲なら、今のお前でも十分歯が立つ!!」


 「ニーネはどうなる!!」


 二人は、立ち上がりながら、この状況で、揉め始めた。ニーネのことが口に出たので、オーディンは、気になって後ろを振り向いた。すると、荒野に変わり果てた町並みが、目に入る。


 「ああ……」


 オーディンが、ガクリと膝を落とす。余りにも変わり果てた、ヨハネスブルグに。だが、それだけではなかった。権力と平和の象徴である王城の上部が、跡形もなく消え去っているのだ。王城には、ニーネが居た。


 「まだだ。負けんぞ……、あの時のようにはならん!!」


 再び、オーディンは立ち上がる。


 「オーディン、二撃目が来るぞ!!」


 「かまわん!!俺が奴の気をひいている間、お前が奴を殺れ!!」


 「しかし……」


 「言う通りにしないか!!」


 「わ、解った」


 オーディンは、ドラゴンを見据える。気迫だけでは、負けないつもりでいる。だが、ドラゴンを倒すのに、立て続けに、大技を使っている彼だ。その体力は、もはや限界に近い。屋根から勢いよく跳躍を見せる。高々と宙を舞った。その瞬間に、セルフィーは、地を走り、ドラゴンに、一直線に、走り込む。


 「はぁぁぁ!!」


 オーディンの猛々しい、気迫の隠った声が轟く。セルフィーの頭上は、真昼のような、眩しさを見せる。一瞬上を見る。光りの中で、オーディンが最後にセルフィーに微笑みかけ、たちまち消えて行く。だがそのあと、彼は、セルフィーではなく、他の何か一点を凝視して見つめていた。セルフィーは、その姿に心を痛めながらも、この期を逃さない。勢い良く飛び上がり、ドラゴンの喉元に剣を立てた。今度は、深々と肉に食い込む。ドラゴンの死は確実だ。


 これでドラゴンは、全滅させた。セルフィーの心がゆるむ。だが、彼は、一撃に全てを賭けたため、もはや身体が言うことをきかない。不幸にも、ドラゴンの下敷きになり、その一生を終える。享年三十一歳、彼は、ドラゴンを退治した超人的な英雄として、その名を残す。だが、死した彼は、寂しくなることはない。彼の家族と共に、これからも、永遠の時を過ごせるのだから。

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