第3部 第14話 §最終 明日の相手

 エピオニアの夕暮れは早い。緯度が高いために、太陽の南中度が低いからである。夏だというのに、そろそろ日が暮れ始めようとしている。

 イーサーが退き、選手の入退場口を行こうとすると、そこには、エイルと戦ったアンドリューがいた。

 「まぁ、見ていき給えよ」

 「?」

 イーサーは一瞬何が言いたいのかが解らなかったが、イーサーが通り過ぎようとして、彼と背中合わせになったとき、その存在を思い出す。

 アンドリューは、試合が始まる遙か前だというのに、すでにそこにいる。イーサーの試合を見ていたのである。だが、それについては何も触れない。

 イーサーは、アンドリューという存在に、引きつけられる。無論それはエイルが彼を注目していたからでもある。

 そして恐らく彼が決勝の相手となるだろことも、エイルは予想していた。そしてそれは現実のものとなる。

 それ以上イーサーとアンドリューの間に、会話はない。

 イーサーはその場に座り込んで。アンドリューの試合が始まるのを待つことにする。

 アンドリューの対戦相手は、ナム=マハールという男で、褐色の肌を持ち、頭にはターバンを巻き、シロ布の戦闘服を纏っている。彼が現れたのは、試合直前のことだ。手には武器と小手が同化したパタという武器を持っており、その使い手は世界中でも稀少である。その長さは一メートル二十センチを超える長剣であり、破壊力もある。

 その二人が並び、舞台に向かう時間がやってくる。

 アンドリューが、舞台の上から、選手入退場口に経っているイーサーに向かい、視線を送る。

 「さて、申し訳ないが、彼に負けるわけには行かないのでね……」

 アンドリューが、対戦相手を挑発するような表現をするが、そうではなかった。だが、

 「私語は慎みなさい……」

 アンドリューが審判の注意を受ける。それはまだ試合開始前に事だった。ナムは一瞬むっとした表情を見せるが、その口は固く閉ざされ、開かない。あまり無駄口は叩かない男のようである。

 両者が向かいあい、試合に対する意識を集中し始める。

 「始め!」

 審判が、試合開始の合図をすると同時に、アンドリューの剣が鈍く白く光り、彼はそれを一気に、真横一文字に振るう。

 ソウルブレード。それは、そう呼ばれる。振られた剣から放たれた光る刃は、あっという間にナムに届き、彼の胸元の天使の涙を砕く。

 それはある意味ルールの弊害でもある。

 天使の涙は、人命に害が及ぶ場合身代わりになって砕けるアイテムだが、それが砕けたことは人命に影響があったことを、表している。つまり、意図せず砕けたケースも、その範疇になるということでもある。

 アンドリューの放った待機の刃により、ナムの身体が白く光り、天使の涙が砕け散ったことで、彼の技がそれほどのものだという事実は証明される。試合は明白な勝敗がついたことになる。

 それは試合開始早々の出来事であった。

 アンドリューは審判に右手を天に翳され、勝利者宣言を受ける。

 イーサーに負けてはいない。観客がアンドリューに声援を送る。何より彼はこの土地の人間である。その声援はイーサーに比べて断然大きいものである。

 そんなアンドリューが舞台から下り、やがてイーサーの側までやってくる。

 「明日、楽しみにしているよ……」

 アンドリューは、そう静かに言い放ち、イーサーの横を通り過ぎ、屋内へと静かに歩き去って行くのであった。

 鬼気迫るものではないが、その強さには張りつめたものがある。彼には何か使命感じみたのものを感じざるを得ない。

 イーサーは、その後ろ姿を眺め、少しの間動け苦とを忘れていたのであった。

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