第3部 14話 §18 シャワールームと君の声

 時間が少し空く、控え室は静かだ。ホテルの部屋ではないため、退屈な時間を潰すものが、何かあるわけではない。ロッカーやベンチはある。あとウォームアップをする広さのスペースくらいはある。

 しかし、ウォームアップをするにはまだ時間が早い。

 「シャワーでもあびたら?」

 「かな?」

 リバティーに乗せられて、彼は一度背を流すことにする。

 「ん……とね」

 リバティーは、イーサーのアンダーウェアを、バッグの中から取り出し始める。

 その間もリュオンは、空いているベンチの上で、尾を巻いて寝ている。

 「ふん~ふん~~……」

 と、イーサーはご機嫌に鼻歌を歌いつつ、リバティーの用意したアンダーウェアを腕に抱えて、シャワールームに向かって、歩き出す。シャワールームは、控え室に一つ常備されている。

 そのとき、リュオンは、ちらりと片目を開けて、リバティーを見る。その視線がなんともジットリとしているのである。

 「なによ?」

 目でしっかりと訴えているリュオンに対して、リバティーはタオル一枚を狩れに投げつけ、その視界を塞いでしまう。

 リュオンがなにをいいたいのか?リバティーは、それを十分理解していた。特にテレパシーなどがあるわけではない。目は口ほどにものをいうという奴である。

 行っている行動後が、すでに夫婦仲のようだといいたいのである。彼の下着一つを手にとっても、全く恥じらいのないリバティーである。

 「ぎゃぁ!」

 と、リュオンが、投げられたタオルの中から、もぞもぞともがいて、姿を現し、リバティーを見て一鳴きする。

 「う、うるさいなぁ……」

 といいつつ、リバティーは、顔を真っ赤にしながら、シャワールームの脱衣所に向かい始めるのである。

 なりは小さいが、リュオンはやはり竜である。その思考能力や、知恵などは人間の子度では比にならないほど、発達している。

 人間の言葉に変換すると、「どうせ、一緒にはいるんだろ?」ということになる。

 彼女は感覚的に、ドラゴンロアーを理解している。だからそういう会話も可能なのだ。それは、ドライにもローズにもない能力である。強いて一言で言えば、彼女の順応性、物覚えの良さ、感覚の鋭さが成せる事だった。

 だからといって、彼女がリュオンを毛嫌いするわけでもない。感覚的には生意気で口の立つ子供のように思えたからだ。加えていうと、リュオンはリバティーとイーサーの一部始終を知っているのである。

 二人が眠りこけて、予定に乗り遅れそうになるときは、起こしてくれる事もある。憎めない所もあるのである。

 リバティーとイーサーが、シャワー室で求め合うことに夢中になり始める頃になると、リュオンは再び目を閉じて眠りにつきはじめるのであった。

 「お嬢……、今日……後一試合、残ってるんだぜ……」

 イーサーは少し熱いシャワーの音の中で、リバティーを壁に追い込み、彼女の抱きしめながらキスを求め、その腰を引き寄せ、愛し始め、自分が必要だと思うまで、愛し続けた。


 

 そして、彼が戦うその日の最終試合。つまり、準決勝を行う時間がやってくる。

 だが、側にリバティーはいない。彼女は、着替えを済ませ、控え室のソファーの上で、横たわりつつ、ウットリとした余韻に祖のみを浸している。

 「ちょっと激しすぎたみたい……」

 リバティーは、平行に並んでいるベンチの上で尾を巻いて寝ているリュオンに、言葉を向ける。体中の興奮が治まらず、自由がきかない。

 リュオンは、ちらりと片目を開けてリバティーを見て、なんと無しの溜息をつく。

 だが、リバティーが目を閉じてしまうと、リュオンは翼をはためかせ、バッグのある位置にまで行き、その中から、両足で、バスタオルを一枚取りだし、彼女の上に掛けるのであった。

 「アリガト……」

 この時、リバティーは考える気力を奪われるほど、満ち足りた気持ちでいた。

 「絶対勝つから……」と言った、イーサーの一言が、耳元で未だに響いている。まだ準決勝の事である。気の早い話だった。

 そのイーサーが、今舞台上に上がる。

 彼の対戦相手は、エイブラハム=イエイガーという男である。彼はすでにトゥーハンドソードを床に突きつけ、対戦相手を今や遅しと待ちかまえている。鎧は全身を覆う燻し銀を基調に、胸元の紋章に宝石や、赤い縁取りのペイントなどが、施されており、一般人の風格でもない。サラリと流されたブラウンの頭髪と同色の瞳。凛々しい眉と、面長のフェイスライン。鼻筋も真っ直ぐで通っている。都市の頃合いは三十歳前後だ。

 「イーサー=カイゼル!危うく失格になるところだぞ!」

 そう彼に促したのは審判だった。通常なら選手二人が並んで登場するのだが、先に対戦相手が待ちかまえていたことには、そういう理由があったのである。

 観客席では、ドライ以外がやきもきしていたのである。

 「済みません」

 と、イーサーは謝りつつも、いつも通りへらへらしているが、何か覚醒をしたかのように、瞳を鋭くしている。

 エイブラハムは、そのことに気が付いたようだ。確かに今までのイーサーには、鋭さは見られたものの、覚醒というイメージは受けなかった。だが、瞳の色がそれを語っている。

 「始め!」

 審判が、両手を空中で交差させ、さっと一歩退く。

 「ゴメン。マジで一気に行かせてもらうから」

 イーサーは、不敵な笑みを浮かべて剣を真っ直ぐにエイブラハムに向かい向ける。それと同時にエイブラハムの方もそれを受けて、イーサーの方に剣を向ける。その間合いは、明らかにイーサーに不利であるように見える。

 だが、殆ど次の一瞬である。イーサーは、あっさりとエイブラハムの懐に潜り込み、真下から彼の剣を跳ね上げ、懐に大きな隙を作り上げる。とてつもない速度である。

 イーサーは素早く、矛先をエイブラハムの胸元に向けて一気に突き立てる。通常なら鎧に負けて、刃が折れてもおかしくないが、彼の剣はそれほど柔ではない。

 エイブラハムは、その衝撃で弾かれ、舞台袖まで背中を擦り、そこから火花を散らしながら、一気に滑って行く。いや、弾かれた理由は、決してイーサーの力のみで、現れた現象ではない。

 エイブラハムが弾き飛ばされた瞬間に、彼の周りが大きく白く光り、何かが砕ける音を、審判は聞き逃さなかった。

 そして、エイブラハムが立ち上がった瞬間。観客は大きくどよめく。

 それは、彼の鎧の胸元には、鋭く細長い穴が空いているからである。明らかにイーサーが剣を突きつけたときの傷である。その鎧は決して張りぼてではないのである。

 エイブラハムが漸く立ち上がると、彼の鎧の中で、砕けたなにかが、その内部をカラカラと音江を立てて駆け下りて行く。

 「エイブラハム選手……」

 審判が素早く彼の側へ駆け寄り、漸くある首元の隙間に指を入れ、天使の涙を通しているネックレスを引き出す。

 だが、その先端には、何もない。理由は一つだ。砕けたからである。

 「勝者!イーサー=カイゼル!」

 審判は、頭上で幾度も手を交差させ、試合が終了したことを観客に告げる。

 試合開始僅か五分。しかも、審判が確認の中断を入れての話である。殆どの場合、実力伯仲になることから、試合時間は二十分の制限時間に差し掛かることがある。そんな中、何の疲れも見せずに、ただ一撃で勝った彼がいる。それは素晴らしいことだと、大会をよく知るもの達は、彼に声援を送る。

 だがイーサーの中には、ただ一人の声だけが響いている。愛おしいリバティーの吐息だけだった。

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