第3部 第15話 エピオニア大会決勝トーナメント Ⅱ

第3部 第15話 §1  エピオニア大会市民枠決勝

 その日は、ヨハネスブルグ剣擬大会決勝の日。行われる試合は二試合ある。一つは、市民枠トーナメント決勝戦。もう一つは、自由枠のトーナメント決勝戦。

 この試合の勝者二名が決まると、世界大会に出場することの出来る全ての選手が出そろうわけである。事実上の強豪三十二名というわけだ。そのため、この試合には多くの者から注目される試合となっている。

 特に、自由枠の選手は、より強い期待の眼差しで見られている。何故なら、他国での自由枠市民枠で、勝利を掴むことの出来なかった者達が、この大会に望みを掛けて、出場しているからである。

 自由枠の決勝に残った二名は、当にそれらの強者共を押しのけて、のし上がったと言うことである。

 試合が行われる順番としては、市民枠の選手が午前に試合を薦め、自由枠の選手は午後からの試合となり、その後閉会式が行われる事になっている。そして、市民枠の決勝戦が行われる前に、それまでに勝ち残った四名と、大会主催者とのセレモニーがある。その壇上には、オーディンもいる。

 そして、セレモニーの中、彼の訓辞が始まる。

 「これより、決勝戦を行う。だが、抜きん出たその力を過信することなく、最後の最後まで、全力を尽くし、正々堂々と戦い抜いて欲しい。なお、この決勝は、我が盟友である、ユリカ=シュティン=ザインバーム=ノーザンヒルが行う。それでは、決勝トーナメントを始める!」

 オーディンが、ざっと踵を返し、選手入退場口と異なる向かい正面の出口に向かい歩き始めるのであった。

 護衛三剣士である、ザインが審判を行い、その前で試合をすることは、名誉なことである。この男に試合の是非を問うのだ。誰の異論があろうか?いや、誰もいない。

 そんな男審判を務める試合だ。誰もがレベルの高さを想像するだろう。がだ事実はそうではない。彼が出ることにより、より試合にパフォーマンス性が生まれるのである。

 オーディンが去り、大会関係者がそこを去り、イーサーとカーティスも、壇上から姿を消すと、いよいよ市民枠決勝の始まりである。

 「よし、準備をしろ」

 ザインは特に緊張をする様子も見せずに、舞台中央で向かい合った選手を正面におき、両者に視線員を送るが、両者は意識してにらみ合ったままである。市民枠であるとはいえ、確かに、実力がないわけではない。互いに意識しあっている。

 両者は、剣を鞘から引き出し、それぞれのサポート員に渡す。選手につき、サポート員は一名と決まっているのである。

 そして、再び彼等は舞台中央でにらみ合う。

 その選手は、マーク=シュタイン=リーデンベルグと、トラスト=ウィル=ダイナストという二人である。あまりよい雰囲気の二人ではない。多少いがみ合う雰囲気が見られる。二人の装備は、スモールシールドと軽装備の鎧という、尤もスタンダードな、戦闘スタイルである。片手刀剣の基本的な戦闘を得意とするようだ。

 「それでは、始める!」

 ザインは、気合いのこもった大声をだし、一歩だけ退く、両者はにらみ合いつつ、ゆっくりと互いの防御の薄い右側へと回り始める。

 先に勝負を仕掛けたのは、トラストだった。素早くブロードソードを振り上げ、マークに剣を叩きつけるが、彼は、直ぐさまそれをシールドで防ぎ、剣をはね除けた楯の後から、姿を現し、トラストに斬りつけるが、直ぐにトラストも防御に回る。

 確か二人の戦いぶりは、堅実である。基本を忠実に守っており、一進一退の攻防をしている。攻撃と防御をほぼ交互に繰り返している。だが、それは、一対一を確信した戦い方で、後方視野や、他の敵にアンテナを張っている戦いではない。

 彼等の試合には、危険性はない。ザインはただ、二人の試合に不正がないか、攻防に対して積極性があるのか?などを見極める程度のものとなる。

 それでも決して手を抜くことは出来ない。だが、退屈さは否めない。それがどれだけ不謹慎なことか、ザインも解ってはいる。だが、何か新しい輝きが見えないのである。

 そうしている間に、二人の一進一退の攻防は、進んで行く。そして、徐々にスタミナをなくし始める。息を切らし、徐々に攻める姿勢が鈍くなり始めるのであった。

 「どうした?それまでか?」

 ザインの挑発である。ある意味、攻撃を促す言葉であるが、その言い方はとても審判とは思えないものである。だが、その言葉に促されるように、二人は再び動き始めるのであった。

 だが、酸素の切れ始めた身体は、思うように動かないようだ。互いが堅実な攻めをしているためである。

 しかし試合終盤にきて、最後の体力を振り絞ったのは、トラストである。

 彼は、楯に全体重を預けるようにして、至近距離から、身体ごと、マークに突進して行く。マークは、身体もそうだが、気持ちの上でもトラストに、押されることになってしまう。

 彼より先に、心が乱れたマークは、次に起こすべき行動に対して、躊躇してしまうのである。それは決定的な好きを生み出す事を意味する。押し切られ、離れた直後にそれを取り戻そうと、剣を大振りに振りかぶった瞬間に、楯でそれを外側に追いやられ、懐に大きな隙を生み出してしまうのであった。

 トラストは、楯の防御が入る僅か前に、剣を降り、マークの額の上で、それをぴたりと制止させる。

 「勝負あり!勝者、トラスト=ウィル=ダイナスト!」

 ザインは、素早く二人の間に割って入り、勝者であるトラストの右腕を持ち、彼の剣をタカ句点に掲げさせるのであった。

 二人の攻防に、どちらが勝利するのだろうと見守った観客も多い。ハッキリとした勝負を付けることの出来た、トラストに対して、惜しまれることのない拍手がわき起こる。

 トラストは、ザインに腕を掲げられながら、四方をグルリと見回す。

 敗者であるマークは、剣を床に寝かせ、悔しそうに床を一度殴る。勝機を見いだす活路を見つけることの出来た者が、そこにたどり着くことが出来る。それは、当たり前なのかもしれないが、切羽詰まれぱ詰まるほどほど、それは難しい。

 勝者と敗者が、対照的な様相で、その場を去る。

 観客のざわめきは、しばしの間、止むことはない。そんな空気が、ますます祭りの様相を呈している。

 一度区試合の区切りがついた、観客席は、少しばらけ始める。午後までは、試合がないためだ。だが、そんな中、舞台中央に、白色に、金で装飾された美しいプレートメイルを着こみ、同じように装飾されたグレートソードを担いだアインリッヒが舞台上に姿を現す。

 選手が去った後でも、ザインは未だ舞台の上だった。彼女を迎えた彼もまた、少し驚きを隠せない。何事かと思うが、意外なハプニングが、一度席を立ち掛けた観客を再び釘付けにする。小柄なアインリッヒがグレートそう度を担ぐと、それはさらに大きさを増しているように見える。

 「手合わせを頼もうかな?」

 済ました笑みを浮かべながらそう言ったのは、アインリッヒだった。

 「はぁ?」

 当たり前である、そんな段取りはどこにもないのである。オーディンが仕組んでいるのなら、そういうスケジュールは、正しく報告されているはずだった。

 「良いだろう?どうせ時間が空いているのだ。お前も、退屈そうな顔をしていたしな」

 アインリッヒの言動は、戦う選手に対しては、非常に霊を重んじない言葉だったが、彼女たちから見れば、それは、曲げることのない事実である。だからといって、公言して良い言葉ではない。

 幸いその言葉が、観客に届くことはない。近距離での会話であったことと、移動とざわめきで騒音の激しいコロシアム内の空気に助けられている。

 実力のある二人だが、こうして観客の前で互いの技量を計りあうことは、希である。

 アインリッヒは、それ以上何も言わずに、担いでいた剣を鞘から引きずり出して、それを場外に投げ捨てる。その鞘の重量が、剣の大きさを物語る。ドスンと音を立てると同時に、舞台の場外に敷き詰められている芝の上に落ち、地面をえぐり。傷つける。

 アインリッヒが言い出せば聞かないことは、ザインも十分承知していることだった。彼女の欲求に堪えるために、彼も腰の剣をスルリと引き抜き、アインリッヒの正面に向いて構える。その間合いは、遙かにアインリッヒの方が長く広い。

 一見その戦闘は、ザインが飛び込むような形で行われるだろうと、誰もが想像した。

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