第3部 第13話 §17 イメージ
ヴン!。
風を直線的に切り裂く鈍い音。
「え?」
目の前のイーサーが消えた瞬間、クルーガが発した一言であった。
それとほぼ同時に彼は膝を崩し、右肩がガクリと落ち、蹌踉めいた思ったと同時に、弾むように前に倒される。剣術大会唯一許されているのは体術である。ただしそれ自体は判定の要因にはならない。
「まて!」
間が空いてしまうと同時に、審判が直ぐに両者を制止するが、クルーガは戦闘態勢所ではない。床にはいつくばっているのである。
「アイツ……」
エイルが、イーサーの三連続蹴りに驚く。膝裏を蹴り崩し、躰を捻りつつ、肩にかかとを落とし、着地と同時に、回し蹴りでクルーガを蹴飛ばしたのである。
クルーガは、右肩と右膝のダメージに蹌踉めきながら立ち上がり、驚愕してイーサーを見つめる。
ローズならば、あの時点で背中を蹴るのではなく、相手の頭髪を持ち上げ、喉に剣を押し当てて、一気に掻き斬ってしまう。
尤も、イーサー達相手に、それを見せたことはない。
「えっと……」
イーサーは攻撃が続かなくなったことに、違和感を感じたが、十分に相手の機動力を奪ってしまっている。
「始め!」
クルーガが立ち上がった時点で、試合が再開されるが、イーサーの猛スピードは変わらず、真正面からつっこみ、クルーガの剣を上下に叩いて、あっという間に弾き飛ばして、真上から剣を振り下ろし、その眼前で寸止めする。凄まじい速度と、破壊力である。
高くとばされたクルーガの剣は、彼の取り巻きの間にどすんと落ち、刃が床に突き刺さる。
クルーガの手は痺れている。強制的に剣を剥ぎ取られた感覚が、指先に残っているのである。
観客席にいる各陣営がどよめく。嘗てクルーガをこれほど短時間で倒した人間などいないからだ。グラントは遠慮をしたに過ぎないが、それでも倒すには少し時間を掛けている。
「イーサー……切れよくなったね……」
ミールが、それを見てそう思った。
「ああ、速いな……」
「エッチに明け暮れてたわけじゃないんだ……」
とフィアが、感心してしまう。
「あはは……、またそれを」
リバティーが苦笑いをして、少し逃げ腰になる。イーサーは、ボウッとしているのが殆どだった。確かにフィアの言うとおり、そのことに明け暮れているのではなかったのだが、本当に傍目から見れば、ボウッとしているだけだった。
放心状態になって、去って行くクルーガ。イーサーは今一実感が無かったが、それだけ労力を使っていないと言うことも同時にいえた。
「ふん……」
イーサーは、直ぐに舞台から下り、壁際まで行くと、そこに凭れ、ボウッとし始める。
「そういや、ここんところ、アニキとかエイル達とかばっかだったもんなぁ……」
残念そうに、溜息を吐くイーサーだった。
楽しさがない。それがイーサーの本音だった。いつの何か、彼の中では、大会で優勝することよりも、先に世界大会へ行ってしまったエイルとグラントと戦うが次の目標となっていた。
元々、二つは同じ場所にあった夢だったのだ。ヨークスの大会で、彼等は出場し、その中で競い合う。そう言う構図だったのだが、話はいつの間にかここまで来てしまった。
「ま、いっか……」
試合後急にテンションの下がったイーサーだった。
「やっほー」
そんなイーサーに、フェンス間際の客席から声が聞こえる。そう、それはイーサーの真後ろである。そして声の主はリバティーである。
「イメージトレーニングの成果でた?」
「ん~~、まぁまぁかな」
やはり、実感がわかないイーサーだった。
「まぁ、俺もそうだったからな、姉御とアイツとやった後に、この大会じゃ、拍子抜けしちまう」
エイルは、自分の力に戸惑っていた。それを突き詰めた結果、一つの苦い結末を産んでいる。リラックスしたエイルの笑みがイーサーに向けられる。
間抜けな表情をしたイーサーは、励ましがてらニコニコとして、上から覗き込む彼等の表情を、ボウッと眺める。
「二十九!三十二番!」
試合がやってくる。
「よっと」
イーサーは腰を上げるのだった。
次の男は、黒人男性で、身長も手足も十分イーサーよりも長く、射程距離では負けてしまいそうである。
彼の獲物は、大きく湾曲した大刀である。
だが、クルーガとの一戦があるせいか、緊張している様子に見える。
元々緊張感に欠けているイーサーだ。状況に左右されることは少ない。
「始め!」
向かい合った直後、審判は試合開始を命じる。
ビュン!
その音だけが周囲に響く。相手の男は、その長い手足を生かす暇もない。クルーガの時のように、イーサーは背後に回り込んだりせず、直ぐに剣を揺さぶり始める。
クルーガのように、体勢を崩されてからの、攻撃ではないため、多少は持ちこたえることが出来たようだが、それでも、後退を余儀なくされ、直ぐに守勢に回り込む事になる。
「イーサーの奴、まだ楯を出してないよな……」
グラントは、イーサーが全く防御力を上げようとしていないことに気が付く。
「ああ……」
エイルもそれに気が付く。つまりイーサーは、セシルからもらった力の半分を出していないことになる。
だが、その理由はわかる。沢山の選択肢があると、判断に迷うからである。それに、楯を出すまでもない相手だと言うことも、その理由の一つであった。
次の一瞬。イーサーが回し蹴りをする。
だが、それは、相手の躰に当てるためのものではなく、剣を握りしめる聞き手に当てる一撃だった。
イーサーは、そのままこじ開けるように、剣を蹴り押す。
腕の筋力より遙かに強い蹴りの一撃は、その懐を大きく開けさせる。それに、直接握りしめているkてを蹴るために、グリップを握りしめていた握力に大きな影響を及ぼす。
凄まじい感覚である。イーサーは、それを難なくやってのけたのである。
彼の中ではローズの戦闘イメージがある。
回し蹴りが完了すると同時にイーサーは背中を向けたまま、その手首を掴み、刃を彼の首に突きつける。それはそのまま引ききってしまえば、十分に首を跳ね飛ばしてしまうほどのスピードだった。
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