第3章 第13話 §最終 エピオニア大会予選終了

 「ひゅー……速いねぇ、アイツ……」

 フィアは関心を寄せるばかりである。ここしばらく見ないイーサーの速さである。形にこだわらないイーサーらしさがよく出ている。

 恐らく体術を駆使した事により、彼なりに何かフィーリングを見つけたのだろう。

 イーサーに剣を突きつけられた彼は、驚愕して膝を崩してしまう。

 軽く呼気を吐くイーサー。眼光は鋭く、つり目がちな彼の目が、より引き締まっている。真剣さがある眉間には少し皺が刻み込まれている。

 普段リバティーが目にしているイーサーとは全く異なっているように見えた。

 「ああなると、アイツ、手つけられないよねぇ」

 ミールが、集中し始めたイーサーを、そう評価した。

 「へぇ……」

 と、リバティーはウットリしてイーサーを見る。フェンスに肘をつき、珍しく凛々しさのあるイーサーにすっかり見入ってしまっていたのである。

 「ああいう顔したアイツに、抱かれたいって顔してるよ」

 と、ミールがリバティーをいじり始めるが、リバティーはうんうんと頷いてしまうのである。

 「あいたぁ~~、聞くんじゃなかったな!」

 その空気が熱そうに、ミールは手で顔を煽ぎながら、リバティーから離れる。

 勝負がついたその直後、イーサーは、八の字に剣を振りながら、その感覚を確かめる。

 「やっぱ、身があったほうが、いいな……」

 それは剣と体のバランスである。イーサーは手に馴染む剣の重さを確かめる。イーサーが、貪欲に思案しながら、リバティー達の待っている定位置にまで戻ってくると、ご機嫌なリバティーの顔が真っ先に目に入る。

 「ん?」

 「今日のイーサー、格好いいよ」

 と、改めて言われると、イーサーがボウッと顔を赤くする。

 それは彼が考えても見なかった言葉だった。そう言う姿を彼女に意識されるとは、思っても見なかったからだ。それに、同格の扱いとは別の視線がある。

 「え~……えへへ……あははは、そっかな!あはは」

 イーサーの方も上機嫌になってしまい、いつも通りの表情に近い。

 背中がむずがゆくなってしまったようで、しきりに手を伸ばして背中を掻いている。

 「あぁあ!イーサーの唯一いいとこ、見ちゃったね!」

 またもやミールである。

 「ちぇ!なんだよぉ、他にもいっぱいあるだろ?傷つくなぁ……」

 照れくささが、一気に吹き飛んでしまう。ふて腐れて、そこに座り込んで、頬を膨らませてしまうのであった。

 「私は、どっちのイーサーも好きだよ」

 リバティーはそういって、フェンス越しに躰を伸ばして、イーサーの頬にキスをする。

 リバティーにとって、イーサーの喜怒哀楽は平和そのものだった。そしてイーサーにとっても、リバティーの平穏は、心のよりどころであった。

 仲間はいる。だが、家族を持たなかった彼が、腰を落ち着けたサヴァラスティア家。

 彼はその温室から、一つの花を見つけたのだ。決して順調な出会いではなかったが、いつの間にかその距離感は、手放しがたいものとなっている。

 その彼女がこうして、自分を愛おしんでくれることが心地よい。

 「頑張ってね」

 「おうよ……」

 イーサーは、近づいたリバティーの頬を撫でる。

 「25番!32番!」

 またもやイーサーの出番である。

 可成りのハイペースで予選は消化されている。僅かな駆け引きが、結果に結びつく試合が多いようだ。ただ、イーサーのように圧倒的な実力差をもって、試合を終了させているケースは希である。

 「んじゃ、頑張ってくるよ」

 イーサーはすっと腰を上げ、手を振るのだった。

 イーサーは、試合を相変わらずのペースで試合を進めて行く。ほぼ二撃か三撃、それで片を付けてしまう。だが、その過程が速い。ローズ的な戦い方は、それ以後も続く。

 そして、予選最終戦が行われる。

 「始め!」

 相手は白人男性で、重厚な鎧を身につけている。つまりそれは、剣を通さないということである。大きなシールドを所持しており、イーサーが切り込む隙が無いように思われた。

 そして確かにイーサーが正面から切り込むと、盾でそれを防ぎ、彼の蹴りも届かないようにしてしまう。

 一瞬イーサーの手がつまったかのように思える。

 だが、イーサーは一呼吸置くと、相手の防御が薄い右側へと回り込む。だが、それは同時に相手の攻撃を受けやすくなるということでもある。

 彼は剣の攻撃を仕掛け、楯を持たないイーサーの隙を狙ってくる。

 「イーサーの奴、力入れてないな……、なんか拘りあるのかな……」

 そう見たのはグラントだった。いくら相手が楯を所持しているからといっても、第一試合目からのイーサーのスピードを考えれば、十分に攪乱できるはずであった。

 「多分。間を見てるんだよ」

 リバティーがその一戦を見て、呟く。

 速度で打ち負かさないのは、同じ速度であった場合、それより秀でる何かを持っていなければならないのである。

 イーサーは幾度も矛先を交えて、タイミングを計る。

 その中でイーサーが一瞬呼吸をする。それが隙である。

 相手の選手は、その隙を見て、楯を前面に出しイーサーの剣を封じ、彼の懐を開け、イーサーの胸元の剣を突きつけようとした瞬間だった。

 盾に当たるはずの剣の重みがない。

 イーサーが引いているのである。

 「しまった!」

 隙を作り出されたのはイーサーではなく、彼だった。

 イーサーは盾の振りかざされた左側から背後に回り込み、鎧の脇腹の継ぎ目に剣を当てる。

 「残念でした……」

 イーサーは、悪戯っぽく舌を出して、勝利を確信する。

 それは完全に、相手の腕を奪い取ることの出来る場所だった。脇の下に完全に剣が滑り込んでいるのである。

 「勝負あり!決勝トーナメント進出者!イーサー=カイゼル!」

 相手の選手は、息一積み出さないイーサーとの実力差を知り、だらりと両腕を下げる。

 「うかうかしてらんないな……」

 エイルは、イーサーの戦い方を見て思う。

 「アイツの剣やばいよ。恐らく精霊のシールド突き抜けるよ……多分」

 グラントが質量とエネルギーを伴ったイーサーの剣をみてそう言う。この大会では光っている程度だが、恐らくその刃の破壊力は、凄まじいものなのだろう。

 「へへ……」

 そう、満足げに笑っているイーサー。どうやら彼は、今まで遅れを取っていた分を、完全に取り戻した様子だった。そんなイーサーの姿を見て、エイルはさっと背中を向ける。

 「帰ろうぜ……」

 「だね……」

 ミールが背中を向ける。

 「もち、この後パッと騒ぐんだよね」

 と、フィアが腕を伸ばして、一段落にホッとする。イーサーが決勝トーナメントに、進出しただけのことであるが、それは騒ぐきっかけになる。

 「そうだな……」

 エイルが答える。

 彼等はイーサーを、表で出迎えることにするのであった。

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