第3章 第14話 エピオニア大会 決勝トーナメント Ⅰ
第3部 第14話 §1 酒場にて
エピオニア野町の一角。時間は夕刻。荘厳なるこの街にも、人々のにぎわいが見せる場所がある。連続した当たり前の日常から解放され、人々は酒気に酔いしれる。酒場である。
酒場の入り口や窓からは、オレンジ色の暖かい光が、夜の闇に映えている。
酒場の中は、ざわめきや歓喜の声、多少喧嘩気味に荒げた雰囲気などが入り交じっている。
ドライ達。そう、イーサー達も含めて、彼等は街角にある、そんな酒場に集まっていた。
理由は実に単純である。
イーサーが予選を突破した。それだけのことである。
「よしよし!この調子で、残りもガツンとやっちゃえ!」
と、イーサーの首をがっちりと腕で捕まえて、彼の頭を撫でているローズがいた。
「いててて……」
イーサーは、乱暴なローズの愛情をうけつつ、それに逆らえないでいる。
ドライは、特にはしゃぐような様子は見せない。ビールをぐいっと飲み干すだけである。
この首謀者はローズだ。何かにつけて騒ぎのネタにしようという魂胆である。
何も今騒ぎにする必要はないだろうと思うのはエイルだったが、イーサーが無難に決勝に進出できたことは、確かに喜ばしいことである。
大勢の中から十六人だけが決勝トーナメントに進み、勝者はただ一人。
そして、その一人だけが、世界大会に進出できるのである。
現在世界大会に進出できる者は、この大会の勝者を含めて、三十二人である。
その半数は、市民枠からの進出者。残りの半分は自由枠を勝ち抜いてきた者達である。
彼がその権利を得るためには、あと四度戦わなくてはならない。
「あの……サヴァラスティア様。何もこの様な場所で祝杯をされなくとも、王城で準備を致しましたが……」
唐突に、ノンビリと飲んでいるドライに対して、声を掛けたのは、エピオニアの兵士の一人である。服装は兵士姿ではなく、正装である。
彼を差し向けたのは、エピオニア十五傑を崇拝する、この国の偉人達である。街には彼のように、ドライ達を探している者達が何人もいるのである。
「あん?いいんだよ……こっちの方が。ゴチャゴチャ言うなら帰れよ。帰らねぇなら、付き合えよ」
彼はたまたまドライを捜索していた一人である。彼には、それを上層部に報告する義務がある。
「しかし……、報告が……」
「オーディンにでもいっとけ……」
ドライは、簡単に彼をあしらう。
恐らくオーディンなら、ドライが出かけたというのなら、彼等の行為を止めたのだろう。
いや、逆に自分を呼ばなかったことを、後で怒ることだろう。
恐らくこの街がエピオニアではなく、ヨークスで、自分の家ならばそうしただろう。
今のオーディンの立場は、この国で、あまりに重要なものでありすぎる。彼が動くとなると、やたらと騒々しいものになるだろう。
「いいから、座れって」
ドライは、後から運ばれたと思われる椅子の一つの座部を叩く。それから携帯電話を取り出す。
「あ~俺。ああ、悪いな。ガキ共といっぱいやってんだ、んでよ……」
ドライは、オーディンに無粋なことをしている連中の動きを止めてくれと、頼んだのである。ドライは用件をいうと、電話を切ってしまう。それから溜息をひとつつく。
話が出るのは今日のイーサーの活躍のことが中心だ。特に良いことの話が多かった。
ローズがご機嫌なのは、技のバリエーションが自分に近いものを選択したということである。
イーサーは、それが戦いやすかったということである。その一つには、攻撃魔法というものが選択肢から消えたからということである。それに、破壊力がある技を使えそうな相手がいなかったということが、挙げられた。
彼は彼なりに相手の力量に合わせて、力をセーブしたらしい。もちろんさらに速度を上げた展開だとしても、それは十分に使用できるものだと、彼は感じていた。
特に今まで見せたことのない動きであるだけに、フィアやエイルが、詳細を語ることが多かった。
そのうち誰が今一番強いか?などを、口で競い出す。
彼等は、お互いに負ける気配も、その気もないようだ。意気込みを競う彼等の表情は、負けず嫌いで生き生きとしている。エイルにしても、無邪気な顔に戻っている。
ドライは、時折、微妙な力量差ではしゃぐ彼等をボンヤリと見る。
残念ながら、リバティーはその話題に多く関わることは出来ないが、賑やかにあれこれいって、楽しそうにしている彼等の空気に引き込まれている。
ローズはそれを穏やかに微笑んで見守っている。誰がこの空気に一番の充実感を感じているのかと聞かれると、それは間違いなくローズだろう。
彼等は、夜を忘れさせるくらいの灯りで満ちた賑わう酒場の中での団らんを終え、それぞれの閨に戻ることになる。エイルとグラント、それに付き従うミールとフィア、エピオニアの大会に推薦された、イーサーと行動をするリバティー。
そして、女王の誘いもあり、城に寝屋を置くことになったドライとローズ。
それぞれの組に分かれ、当分の日付を過ごすことになる。
「仰って頂ければ、お車を用意致しましたのに……」
結局ドライ達の酒宴に付き合わされた兵士の彼が、そう言う。
「いいんだよ。ちゃんとテメェの足があんだ」
「んじゃ、パパ、ママ!お休み!」
酒気で陽気になったリバティーが、イーサーの腕に絡みながら、手を大きく振る。よほど機嫌が良いようだ。さすがのドライもこれには、目を微笑ませて、小さく手を振って答える。
ドライは、彼女が手元から離れること自体は、それほど寂しいことだとは思わなかった。むしろ彼女が幸せを見つけられると感じた人間が、その側にいて、彼女を愛してくれていることに、一つの安心感を感じていた。
イーサーという存在は、まだまだ自分達の中では、小さな存在なのかもしれないが、リバティーにとっては、彼女の世界を支える重要な主幹である。
それを見つけられることは、とても大事なものなのかもしれない。特に彼等のような人間にとっては、人以上にそれが大きな意味をなすのかもしれない。結局最後に残るのは、有形であり無形であるそれしかないのである。
ドライが父親の顔をするほんの一瞬だった。
「さてと……、俺達も帰るか……」
子供達を十分に送り出したドライは、一度肩で息を吐いて、彼等の去った方向に背中を向けた。
「せめて、お二人だけでも、送らせて下さい」
そこには、何もすることが無くては、申し訳ないという彼の気持ちが、籠もっていた。
それだけ彼等にとってエピオニア十五傑という存在は、崇敬に値する存在なのである。こうして言葉を交わすことすら、本来烏滸がましいことだが、ただその思いに潰される事なく、自分の思いを伝えることは、彼が出来た人間である証拠の一面なのだろう。
「そうだな……」
ドライは、別に彼の顔を立てたわけでも、歩くことを面倒に思ったわけでもない。ただそれでも良いと思っただけのことであった。
車は直ぐに来る。というのも、恐らく彼が連絡を付け、待機させていたからだ。
兵士は、ドライとローズを後部座席に導くと、自らは助手席へと乗る。
「こういうのもいいわねぇ」
「たまには……な」
街にはそれなりの暮らし方がある。盛り場が在れば、そんな場所での楽しみもある。この車中もそういう暮らしの中の、一つなのかもしれない。
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