第3部 第13話 §16 エピオニア大会予選開始

 大会が始まる数日間。イーサーは、コロシアム前でエイル達と顔を合わすことはなかった。電話の連絡はあったが、殆どの時間はリバティーと、彼のイメージのために費やされる。

 彼等は、イーサーが予選を行う当日にコロシアムに再会することになる。

 「おっす!」

 元気の良い挨拶が、待ち合わせ時間ちょうどに現れたエイル達に向けられる。彼の肩には、リュオンがへばりついている。

 イーサーが時間前より待ち合わせ場所に着いていることは、珍しいことである。尤もこの日だけはあまり彼方此方に立ち寄る訳には行かない。

 「アンドリューがトーナメント進出決めた。今日はお前の番だな……」

 エイルが、いつもと変わらないイーサーの肩に手を置き、彼を激励した。

 「予選最初の相手は?」

 フィアが訪ねる。

 「ん~~、なんかクルーガだって、テレビで叫んでた……」

 「はは……」

 彼との対戦経験のあるグラントが引きつった顔をした。威勢の良さを見せるだけ、クルーガの評判は、落ちて行くに違いない。特に相手がイーサーだとなると、彼は間違いなく予選すら突破できないだろう。

 「ん~~?」

 ミールがリバティーに近づき彼女の下半身を眺め始める。

 「お嬢……この辺がさらにエッチになってない?張り具合っていうか……」

 にやにやとしながら、リバティーのお腹や腰、お尻などを触り始める。とても公衆の面前でするような行為ではないように思うが、ローズなら間違いなくそうするだろう。彼女もローズの悪影響を受け始めているようだ。

 「あはは!くすぐったいし!」

 リバティーはひゅっと背を丸め、肩をすぼめて、防御反応を見せ、苦笑いをする。

 「ま、そのために、二人きりで過ごしてたんだしねぇ……」

 とフィアも、にやにやとしてリバティとイーサーを眺めつつ、二人の周りを一蹴する。

 「凄いよね!二十四耐だよ?」

 と話を飛躍させすぎるミールだった。

 この二人にかかってしまえば、話の暴走は止められそうにないし、なまじそれが嘘では無かったりする。リバティーは笑って誤魔化すだけにした。

 グラントは、そっぽを向いてしまう。さすがのエイルもリバティーを直視できない。想像が膨らんでしまうのである。

 「さてさて……っと」

 イーサーがクビに手をやり、チョーカーのアクセサリーを、剣に変える。

 派手なパフォーマンスであるように見えるが、イーサーはそれで自分の状態を計っているのである。

 だがその剣は、彼が新しく身につけた能力である、霊子力で作り上げられた、光の刀身ではなく、銀色の物理的な剣だった。

 これには事情がある。

 実は、アインリッヒとの稽古の際、物理的な刀身でない場合、認められないケースがあるというのである。

 エイル達のように基本的な刀身が、物理的なものであれば問題がないのだという。

 イーサーの場合それ自体がギミックだと疑われかねないからだそうだ。

 「おっし……、オーケーだな」

 特に何か新しい細工をしたわけではない。どうやら彼にはそういう力があるらしい。元々、セシルが二つめの円錐をくれたことで、自分が求めた形状にそれが変化することは、何となくだが理解していたことだった。

 ただ、あまりに具体的でないもに関しては、変形不可能である。そこには、彼の何らかの意思が強く関わっていないとダメらしい。

 「まだだろ?」

 エイルが、刀身を実体化できたイーサーに対して、そう言う。

 「あ……そか……」

 イーサーはエイルが言っていることに気が付く。

 「ふん!」

 イーサーが、さらに剣にエネルギーを注ぐと、刀身が鋭く白く光る。

 「そっちの方が強力そうだよね……」

 と、グラントは素直にそう思った。エネルギーがより強力に定着しているように見えたのである。

 「いろいろ試してみるよ……」

 イーサーは軽く、剣をなじませて、手首で回し始める。

 イーサー達は選手通用口から、コロシアムのフロアⅠに移動する。一階にに存在する、巨大な体育館である。観客席もあり、そこには試合に関わる関係者以外の人員がまばらに腰を掛けている。

 すでに試合を終えている陣営や、これから試合に挑もう陣営。見据える角度はそれぞれだが、今年最後の大会であり、世界大会に出る最後のチャンスであることは、誰にも当てはまることだった。

 イーサーは、自分以外の全員を観客席にいるように、指示する。それはリバティーも含めてのことである。もちろん彼の肩に乗っていたリュオンもその例外ではない。

 彼はマイペースに淡々と自分の準備を整え始める。

 リバティーを観客席に置いた理由は、広く高い視点から自分を見ていて欲しいからである。

 すでにイーサーは、剣をその形にしている。

 予選第一組で、彼と最初に当たる男はクルーガである。彼の陣営は、スタンドにスタッフがいると同時に、彼の周辺にもコンディショニングスタッフが十分についている。いるだけで物々しい。

 「っと……、パッと決めちゃうかな……」

 イーサーは屈伸をしながら、簡易的に設置された舞台を眺めながら、ポツリという。

 これは決してゆとりを出している訳ではない。如何に素早く相手をしとめるか、それを想定しての発言である。

 これが最後だという意気込みに、熱気が籠もりつつある予選会場で、イーサーは淡々と自分のイメージに集中する。

 普段の彼からは考えられない。周囲の雰囲気に浮かれるのが、いつもの彼だ。

 「Dの十一番!十二番!あがれ!」

 試合の指示が出ると、イーサーは屈伸をやめ、舞台に上がると、向こうからも数人の取り巻きを連れたクルーガが、上がってくる。

 無論取り巻きは舞台袖で捌る。だが、イーサーを睨んだ視線は重圧的である。

 「あの若造、クルーガだってよ、かわいそうに……」

 外野からそんな声が聞こえてくる。予選第一試合目で有名選手では気の毒だと、誰もがそう思っている。

 だがイーサーはそんな外野の声にすら惑わされない。

 「姉御のパターンでやってみよっかな……」

 とイーサーは、自分がどんな方法で攻めにはいるのかを、ポツリと呟く。だが、それは、殆ど誰にも聞こえない。

 初速度での戦いで、彼が尤も重視するのは、ドーヴァとローズの二人である。当に電光石火である。彼がそう思ったのには、いろいろな意味がある。

 人間意図しない行動に出られると、瞬間に身体が硬直してしまうものである。自分の速度がどれだけのものなのか?を、見てみたい。

 「ボウズ、残念だったな」

 クルーガが、不敵な笑みを浮かべる。戦闘的にぎらついた視線をイーサーに向ける彼は、絶対的な自信に満ちあふれている。どうやら、グラントに負けたことなど、忘却の彼方のようだ。

 「試合始め!」

 審判が、両手を目の前で交差させ、さっと退く。

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