第3部 第13話 §15 戦いの呼吸
コロシアムの前にいるアインリッヒ。その横には、イーサー達がいる。
イーサーは、付近の売店で売られているソフトクリームを一なめして、引き続き流れているニュースを見る。
「湯鬱だ。つきあえ……一汗流す……」
アインリッヒが、イーサー達に背中を向けて、歩き出すのだった。
この後、アインリッヒが在る意味ドライとは比較にならないほど、容赦のない手合いだと言うことを知るイーサー達だった。小さな体で、どこにそんな力が存在するのだろうと思われるほど、巨大な剣を振り回すアインリッヒ。
この世界でグレーとソードを自在に操れる人間は、数えて三人である。一人はドライ、そしてアインリッヒ。三人目はエイルである。だが、今のエイルが使用する剣の場合は、実在する刀身部分がロングソードで、その周りを大気の刃が補っている形状で、質量は前者の二人より、遙かに軽いものである。
肉体的にあまり変わらないと思われるミールは、その姿にあこがれを抱く。
今更同じ戦闘スタイルを築く訳にもいかないが、体格に恵まれない彼女には、大きな励みとなる。
アインリッヒの動きは、兎に角速い。
巨大な剣を両手で支え、素早く走り回る。グレートソードだが、ドライとエイルのように半片手刀剣の扱いではなく、剣を楯に舞うように戦っている。体に巻き付け回転し、時には、大きく振るう。
譬え五人で囲んでも殆ど隙を作らない。
「よく、目が回らないな……」
というのは、イーサー評であった。
「で?どうだったんだ?」
城に戻ったアインリッヒに、そう言ったのはザインだった。
場所は、ザインの母家だった。ドライとローズは、オーディンの所へ厄介になっており、女王はシンボルとしての役割を果たすために、玉座の間にいる。
戻ってきたアインリッヒは、ザインと二人きりのリビングで、すっきりとした顔をしつつ紅茶を飲んでいる。
リビングは全体的にシックなワインレッドや、ウッドブラウン調の家具で、纏められてある高級感のある、雰囲気でまとめ上げられている。
「素質ある若者達だ。まだまだ、荒削りだがな……」
「あの二人は?女の子の方は?」
「あの二人なら、合格点だな……」
アインリッヒは、サラリと表情をしたままである。
ザインはやれやれと思う。アインリッヒは剛直な女だ。可成りの期間をおいて、彼女の目に止まる剣士は、たった二人なのである。それも、自分達と関連のある人間である。
「なんだ?」
アインリッヒは、口の中で笑いをため込みながら、諦めた表情で微笑んでいるザインをみて、少しだけそれが気になる。その意味を理解してはいない。
「お前も……変わらないなってな」
「ん?」
お茶を濁すような、ザインの締めくくりに、アインリッヒはピンと来ていないが、別に腹が立つわけではなかった。
それぞれがそれぞれの空間で、時間を過ごし始めた頃。
恐らく、本当に初めて二人だけの空間をもったのが、イーサーとリバティーだった。
いつもは隣室に家族がいたり、友人がいたりだ。それをあまり気に掛けない二人であるが、改めて、両親も友人もいない状況で、夜を迎えようとしている。グラント達は、世界大会進出者であり、イーサーとは別の立場にあるため、宿泊する宿も別なのである。
ホテルの部屋はビジネスクラスのもので、それほど広いものではない。
だが、イーサーは、ボウッとしている。それから、展望ばかりを見つめて、ぶつぶつと呟いている。
いつものイーサーなら、この時間を待っていたはずである。直ぐにじゃれあいを求めてくるのだ。
壁際のベッドに座り込み、凭れてじっとしている。それは、アインリッヒと彼等で一汗を流してからである。「イーサー?シャワーあいたよ」
リバティーは、特にアインリッヒに剣の稽古をつけてもらうことはなかったが、夏の日差しは、汗を流させるのに十分なものだ。日中タンクトップだったリバティーの肩が、そのラインにそって日焼けの境界線を作っている。今はバスタオル一枚である。
「ん~~……」
イーサーの全く意識しない上辺だけの返事。
彼は普段あまり思考を働かせる人間ではないが、こと試合となると、そう言うわけでもないようだ。普段整理しきれていない情報を、この場で一気に処理している。
その殆どがイメージトレーニングであり。何度も、気に入らない点を頭の中で、リプレイさせる。
イーサーが感じたことはトータルして速さである。ドライを始め、ジュリオも然り。圧倒的に速度差がある。速さのあるエイルは、それでも力負けしていたり、足を止められた直後に、守勢を余儀なくされている。
「あれ?……」
イーサーは、それと同時にその観点にずれがあることに気が付く。
何故なら彼が戦うのは、ドライ達ではない。むしろエイルやグラントである。
「ま……いいか……」
「いーさー!」
突然リバティーの顔が彼の真正面に来る。相変わらずのあられもないタオル一枚の姿である。
その一声で、現実に戻ったイーサーの目に入ったのは、少女と大人の表情を同時に見せるリバティーの顔である。ただし彼の前にいる状態は消して少女のものではなく、距離感のない自然すぎる彼女である。
いつものイーサーならば、リバティーのこの誘いに、乗らずにはいられないだろう。
だが、この時だけはワンテンポ遅れた。
「あ……」
一枚のベールを解くと、彼女が得られるのである。
イーサーはとりあえず、ベッドの足下に整えられてあるシーツを、取りリバティーを抱きながらゆっくりとベッドに倒れ込み、彼女の唯一纏っていたタオルをはずすといつも通りに覆い被さった。
その時点でリバティーは十分に、次の展開を理解し、心躰を彼に委ねるべく、力を抜く。
「シャワー浴びてほしかったな……」
リバティーが一言だけ呟くが、両手はすでに彼の背中に回っている。
だがイーサーは、熱いキスも強い抱擁もせずに、唇で優しく頬を撫でるだけだった。
「終わってからにしよ……、カンガエゴト……」
熱を上げているのはイーサーより、リバティーだった。
せっかく手に入れた二人だけの空間なのだ。どれだけ怠惰な時間を過ごしても、それに制限をかける者はいない。リバティーが求めたのは、まずその時間だった。
だが、厳密にいうと、二人きりではなく、リュオンがいる。彼は、二人の睦み合いをたまに横目で、ちらりと見ながら、やれやれとい痛そうな表情を作る。
体中の火照りが静寂を迎えた頃、リバティーが、上に被さり一体感を解かないイーサーの頬にキスをする。
「悩んでたの?」
十分に満たされ、悩みを共有できるゆとりがある。それが今のリバティーの状態だった。
「ん?ん……違う……」
少しだけ沈黙が続く。半分だけ放心状態になったリバティーも、それ以上無意味に口を開こうとしない。
「そうだ、お嬢からみて、今日の俺達とアインリッヒさん……どう見えた?」
リバティーはその言葉に、もう少しだけ思考を働かせて、時債に目にしたイーサー達とアインリッヒの遣り取りを思い出す。不思議なことに彼女の目には、それが鮮明だった。
いや、それは視力的な問題ではなく、正しく記録されているのである。彼女の目が、彼等の動きを十分に捉えられることは、すでに皆承知していることだ。
「間……かな。わかんないけど、イーサー達の方が間が多い」
リバティーは目を閉じながら、アインリッヒの素早さを思い出す。
彼女は決して沢山の移動量を持って彼等と戦闘をしていたわけではなかった。すでに五対一の戦闘ができあがっており、アインリッヒは囲まれた状態で、戦闘をしていた。
「俺はスピードだと思ったんだけどな……」
「間が空くから……じゃないかな、遅く思えるの……」
「アインリッヒさん……隙……ないんだよな。アニキもそうだけど……」
「隙を探してる間に間が出来て、その間に一手打たれて……て感じかな……、みんなその間をずらされてるんだよ。だからアインリッヒさんは、順にその間で、攻撃をして……」
リバティーは脳内に浮かぶ映像をそのまま口に出しているだけだった。二人の決定的な視点の違は、主観か客観かである。彼等はアインリッヒと、お互いが作り出す彼女の隙を見ているに過ぎなかったが、リバティーは彼等全員とアインリッヒの動きを見ていた。
アインリッヒは流れの中で戦っているが、イーサー達には、その流れが作れていない。
「間……かぁ……」
イーサーはしばしリバティーの温もりを腕に収めつつ、その思考が途切れるまで、頭の中にイメージを流し続けた。
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