第3部 第13話 §14 魔物再び

 アインリッヒが出かけて、一時間半ほど経つ。

 場面は再びエピオニア城の王城内。ローズたちが寛いでいる場所である。

 携帯電話を片手に持っているのは、ザインだった。

 「ああ。そうか、無事終わったのか。それで?ああ……解った。伝えておくよ」

 ザインは電話を切る。彼の相手はアインリッヒである。その電話で解ったことは、イーサーが無事、エピオニアの大会の登録を終えたことだ。

 「で?」

 そう訪ねたのはローズで、彼女の膝元にはまだ、眠っているドライの頭がある。ローズはそんなドライの頭をあやすように撫でていた。

 彼等はアインリッヒが、子供達を連れて出かけている間、この十七年間の出来事をいろいろと話し合っていたのだった。ドライが眠ってい締まっているので、語るのはローズになるが、現段階でいえることは、自分達はのびのびやっているということだが、ザイン達の方は、そうでもないらしい。

 やはりいつまでも変わらない政権に不満を抱く声が聞こえつつあるのである。

 問題を起こすのは、何時もその権力の甘味を欲する人間達なのである。

 確かに、構図から見れば、絶えず女王の側にいるザインやオーディンが、その恩恵を受けているように見える。事実そうであるのかもしれない。暮らしには不自由していないし、この様なところで、優雅な時間を過ごしているのもある。

 だが、ここで行われているのは、ただそれだけのことであり、恩恵を求む人間達の考えるような、優美な遊技に時間を費やしている訳ではない。こうして友と静かに語らう場所を設けているだけである。

 彼等にはそういった悩み事の方が多いようだった。

 考えてみれば不便な暮らしだ。ローズはそう思った。

 アインリッヒからの電話は、ちょうどそのときだったのだ。

 「ああ、ガキ共は、結局大会側が準備したホテルに、泊まるんだとさ」

 「あら、もったいないわね」

 ローズは単純にそう思った。四六時中こういう暮らしもゴメンだが、一般ではなかなか体験できない暮らしである。それは、貴重な経験であるが、彼等はそれよりも、街の中の滞在を楽しむことを決めたようだ。

 「まぁ、大会が終わるまで、その方が良いのかもしれんな」

 というのは、オーディンの意見である。あまり自分達の濃密な時間を持つよりも、何気ない平穏な空気に触れていた方が良い。まず、その中の時間を楽しむことが、大事なのだ。

 もう一度ザインの携帯が鳴る。

 「なんだ?アインの奴……」

 当然、彼女専用のメロディーである。ザインは、直ぐに応対に出る。

 「今すぐ、テレビでも見ろ!ぐずぐずするな!」

 その、アインリッヒの声は、電話外にまで漏れるほど、大きな者だった。

 アインリッヒは、コロシアムの前にある、巨大な街頭テレビの前にいる。コロシアムは円形の建物であり、ローマにあるコロッセオと形状がよく似ている。

 普段は催し物の中継や何かが映し出されているテレビだが、そこに映し出されたのは、スーツ姿のアナウンサーであり、内容は急を要するものだった。

 「このところ、散発的に発している。魔物出没事件でですが、東方の大陸の主要都市である、ヨークスシティーに再び出没し、大惨事となりました……、被害の状況は現在確認中ですが、解り次第随時伝えていきたいと思います」

 アインリッヒは、街頭のオーロラビジョンを見上げる。

 アインリッヒは、直ぐさまその状況を電話でザインに伝える。

 事件が起こった。

 ザインの神経が尖り張りつめると、眠りこけていたドライがふっと目を覚ます。

 「なんだ?」

 「お前のトコだろ?ヨークスの街は……、魔物が出たらしい」

 ザインは立ち上がり、慌てて広間の扉を出て、隣の個室に入る。

 ドライ達のいるようなリビングダイニングではなく、独立した今である。そこには、テレビもテーブルも、ソファーもある。だが、食事をいただくような雰囲気ではなく、あくまでも居間である。

 ザインは直ぐにテーブルの上にあるリモコンを取り、テレビをつける。

 その後から、小走りに来たのはオーディンドライローズ、ジュリオであり、ニーネと、女王はゆっくりと歩きやってくる。

 ニュースでは、ヨークスの代表的な場所である、議事堂の静止画をバックに、アナウンサーがその様子を伝えてくれる。だが、他国の情報であるため、あまり長時間にわたり、報道することはない。

 そのとき、ローズの携帯に着信が入る。

 「ドーヴァだわ……」

 そうドーヴァとセシルは、サヴァラスティア家の留守番を兼ねて、ヨークスの街にいる。

 「ドーヴァ?大丈夫?!」

 ザインやオーディンには、その話の意味自体が解らない。何故なら、彼は用事があるといって出かけただけで、サヴァラスティア家に行くなどとは、一言も言っていないからである。しかも、彼はドライとローズには、休暇だと言っている。ローズもあえて、その事情をオーディン達に説明することもない。

 「ああ、粗方片づいた……、出てきんは、デーモン族十匹、サドンデスと、ドレインエナジーで、死傷者が出てるけどな……」

 魔族が、他種族と比べ、きわめて危険なのは、精神攻撃を有することである。周囲を破壊せず、方向性を示さず、その声で人を呪い殺すのだ。その対象は決して人間だけではないが、言語能力を有し、危機回避脳膂力が尤も乏しい人間が、尤も被害に遭いやすいのである。

 「どうやって……」

 ローズは、不思議に思う。

 確かにセシルの持つ魔法ならば、デーモン族だとしても、取るに足らない敵だろう。だが、彼女の最大の欠点は、魔法を使用する際に正しい詠唱を踏まなければ、十分に力を発揮できない点にある。ブラニーのように、魔力を攻撃力にダイレクトに変換出来るわけではないのである。

 デーモンを殲滅するには、それなりに時間がかかるはずである。

 ドーヴァの攻撃は殆ど、一対一に特化したものであり、物理的な手段が多い。唯一あるとすれば、生命力を攻撃に転ずる、ソウルブレードである。それとて、多方向に散る、多数の魔物を相手するには、不向きであるといえた。

 「俺は、ドライと違って、日々の精進はしとるつもりやけどな……」

 電話の向こうでドーヴァが笑っている。

 「兎に角、こっち来るなよ。ええか?何のために、俺がきたか、わからんなるやろ?」

 ドーヴァが電話を一方的に切る。

 それと同時にドライの携帯が鳴る。

 「パパ?ママの携帯繋がらなくて!」

 と、リバティーのせっぱ詰まった声が聞こえる。

 「ああ。知ってる。落ち着けよ、ドーヴァが片づけてくれたらしい」

 ドライは落ち着いている。一つは、ドーヴァ達が無事であること、もう一つ、サヴァラスティア家は、ブラニーの結界によってある程度守られているということである。

 「貸して……」

 ローズが、ドライの携帯に手を伸ばすと、ドライはそれをローズに渡す。

 「大丈夫。魔物はいないって、ドーヴァが殲滅してくれたらしいから、心配はないって……、それじゃね」

 ローズは、電話を切る。

 「何だ?!アイツ……報告もないと思ったら。なんでヨークスなんかに……」

 ザインは、半分声をひっくり返しながら、ドーヴァの突飛押しもない行動に、疑問を持つ。

 「って……、だからアイツ動いたのか……」

 だが、直ぐにドーヴァの行動に対する評価を変えるザインだった。。

 「それは、ドーヴァが戻ってから解ることだ。飛び回っている彼だからこそ、解ることなのだろうからな」

 オーディンは、すぐにドーヴァの行動を解析しようとする、ザインとは対照的に、彼の帰還を待つことにした。帰還することが無くても、恐らく何らかの形で、報告を入れてくるに違いないだろう。

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