第3部 第13話 §11 答えは出ない

 彼自身は正直、世界からと残され生きて行く事自体に、それほど疑問を抱いているわけでも、その存在に苛まれる事も無かった。

 彼自身、友のくれた命を大切にしたいと、思っているからだ。譬え魔物からの、セセインドール島奪回という目的を果たした今、その命の価値が半減したとしても、自ら命を絶つことなども考えていないし、死に場所を追い求めるような行動にも出ない。

 「そっちのは、どう思うんだ?」

 「え?」

 ザインに、唐突に話を振られたイーサーの思考回路は一瞬停止する。だが、イーサーはリバティーのことで、頭がいっぱいだった。彼女は自分よりもずっとそのことを知っていて、自分がそうであることを考えいた。エイルのようにハッキリとは、ぶつかっては行かないが、同じように心に思っていたのである。

 決してリバティーを見下しているわけではないが、エイルがこれ程もがいているのだ、その不安は計り知れない。

 「えっと……」

 何か答えを、出さなければいけないと思いながら、イーサーは困り果ててしまう。

 ザインは、じっと黙っている。それは大事な時間だからだ。エイルは自分がどうすべきかを常に考えている。イーサーはそうではないが、いつも歩く場所を知っている。ただ、彼の場合は、それを口にするのが下手なのである。

 「お前は、何も言うなよ?俺は、其奴にきいてんだからな」

 と、見通しているかのように、エイルに釘を刺すザインである。

 次第にイーサーの掌に汗がにじみ始める。

 「俺さ、難しいことって、此奴に任せっきりでさ、そういうの得意じゃねぇんだ。何言っていいかわかんねぇ。ずっとずっと、好きな人が、笑顔でいてくれたらなっ……って、ずっと側にいられたら……、俺そのためなら、何でもできのかな?って、お嬢の寝顔見て、いつもそう思ってる…………。それがなんだとか、全然……わかんねぇけど」

 単純だ。ザインがイーサーに感じることは、それだった。だが、彼はそれに一生懸命になれるのだろう。理由としては青臭いが、それもまた一つである。

 「ここで単純なゲームだ。いいな?」

 唐突に何を言い出すのだろう、この男は……。というのが、エイルの本音だった。

 「お前が、彼女とデートしてる」

 と、全く何を言い出すのか、またまた理解できない。それに、エイルは何の返事もしていない。これは強制的なものだ。

 ドライならば、そこにいくらでも反発したり、反論したりする余地があるというのに、ザインにはそれがない。

 「お前は、アイスクリームショップで、アイスを二個買って、喜び勤しんで彼女の元に、それを持って行く」

 ザインは、話をしながらエイルの目を離さない。思考することがエイルより半歩遅いイーサーは、呼吸の間合いで、話せなくするこが出来る。

 「だが、お前は、舗装の欠けた、歩道に足を取られて、前につんのめる。さてどうする?」

 「な?何言ってるんだ、いきなり……」

 「転ばないようにするだろ?だが、転ぶ、いや、転びそうになって両方ともアイスが手元から離れて、目の前に、彼女と、婆さんがいる、どうする?」

 「ぶつけないようにする……」

 「ああ、だがどっちだ、両方は間に合いそうない。どうする?」

 「それは……」

 それはあまりにも条件が広すぎて、選択しもあり過ぎる。

 「お前は?」

 行き詰まるエイルから、イーサーに質問を振る。

 「婆さん……かな?お嬢なら、許してくれるし……」

 イーサーの中で、彼女という存在はすでにリバティーという存在と一致しているらしい。だが、ザインの言っている彼女というのは、不特定多数の女性のことであって、個人ではない。

 「…………お前……バカだろ……」

 そう、ザインはそう言う定義をしているのではないのである。

 「ほ!ほっといてくれよ!どうせ、俺は頭わるいけど、どっちかってなら、そうするっきゃねぇだろ?」

 「じゃぁ、お前の選択肢は、あれか?命に関わるものなら、同じか?」

 「う…、お嬢を取る……」

 あっさりと回答の内容が変わってしまうイーサーである。だが、彼は明確な選択肢を持っているのは確かだ。

 「お前さんが、リバティーちゃんを、どんだけ、好いてるってのは、解ったが、もうチョイ考えろ……」

 ザインは頭を悩ませる。

 「まぁ、こういう奴は、例外としておいて……俺の言ってる意味解るだろ?」

 「ああ……」

 「まぁどちらにも答えないって、選択しもあるが、土壇場の二者択一だ……。そのときにしかできねぇだろう?だが……其奴みたいに、何が自分にとって一番大切なものなのか、ハッキリ解ってるってのも、大事かもな」

 ザインはイーサーの単純さ加減に、呆れつつも、彼のように一途な気持ちは大切だと感じている。厳しい視線を送るのをやめて、目尻を下げる。

 「お前さんにとって、何が一番大事で、そうでないのか、それがハッキリしてりゃ、この先どうで、自分はどうしていけばいいのか……なんて、見えてくるかもな」

 イーサーは、エイルの横で、ぶつぶつと文句を言っている。面と向かってそう言われてしまったことに、少々傷ついているようだ。

 「まぁ、答えを見つけるヒントにもならないってお前さんは、不服そうな顔してるけどな」

 エイルは、エピオニアを支え続ける一人、ザインバームという男は、もっと明確な論理を持っている者だと思っていた。様々な経験から、一つの知恵が得られるかもしれないという、期待感もあったのかもしれない。

 だが、目の前にいるのは、最愛の妻を膝の上で遊ばせ、リラックスしている一人の男である。

 「大会が終わってから、稽古でも付けてやるよ。多分お前らにゃ、そっちの方が幾分か早いと思うしな」

 「なんだっていい。俺が求めてる答えが、なんなのかつかめるのなら……」

 「だな……」

 ザインは、まだ食い下がろうとしているエイルに向かい、ゆとりのある笑みを浮かべる。

 「いっけね!」

 そのとき、今までぶつぶつと、文句を口元で呟いていたイーサーが、あることを一つ思い出す。

 「俺、エントリーしてこないと……」

 イーサーの大会が始まるのは、この週末である。時間とすればまだ少しゆとりがあるのだが、彼は一刻も早くそれを終わらせてしまいたいのである。

 「俺達も、宿の手配をしてもらわないとな……」

 エイルは、この場所で落ち着くつもりはないらしい。というより、そんな考えは毛頭も思い浮かばなかった。

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