第3部 第13話 §12 参加者がいない……
今まで、ザインの膝の上で凭れていたアインリッヒがけだるく体を持ち上げる。
「私が案内しよう……、しばしここで待っていてくれ」
アインリッヒが、ゆったりと広間を出て行く。言葉も眠たげで覇気がない。声が少しはスキーボイスになっていた。
「ふん……」
ザインは溜息をつく。
「どうした?」
オーディンが、まだ一つ問題を解決しきれないザインの表情に、気が付く。
「ん?いや、あははは……」
と、空笑いをし始めて、気恥ずかしそうにする。
「言ってみろよ……」
「あ~~~……その、なんだぁ、アレほら、五月蠅い婦人会共のアレ……この大会の~~……だな」
「ハッキリしないか……」
「お前に頼まれていた、女性大会のアレだ……」
「ん?ああ、アインリッヒが適任だろ?」
「てか……ほら、アイツの性格、忘れてたな……俺達……って」
「?」
なかなか言い出しにくそうなザインに対して、オーディンはまったくピンと来る様子がない。
「ホラ……一応、予選会場は確保してるんだが、そこに入る人間が、一人もいなくて……な」
「はぁ?」
「やり方を……アイツに任せたろ?」
「ウム……」
「アイツ、面接とかして、悉く不合格にして……な、その……なんだ」
「ま……まさか……」
「その、まさか……だったりして……」
ザインは誤魔化しながら、オーディンの怒りから逃れようとする。
「解るだろ?第一回目の大会として、それに恥じぬ、立派な剣士でなければ、意味がない!とかさ!アイツ言い出してな?!アイツ剛直だろ?解ってくれよ!」
その割には、先ほど仲むつまじくしていたようで、言い争った形跡などはない。
「夕べアイツなだめ倒したんだぞ!?」
それがアインリッヒの眠たい理由らしい。ザインはそれだけの奉仕をしたということになる。
ザインは、涙目になってオーディンに訴える。アインリッヒの性格を無視したことが、彼等のミスである。
「まいったな……」
オーディンは頭を抱える。
アインリッヒは一般人のレベルというものを無視したのである。失礼な話だが、オーディンはお茶を濁す程度で良かったのだ。
女性にそれだけの力量を期待していないわけではない。ただ、本当に強き者は、必ず壁を乗り越えて出てくるものだと、彼は思っているのだ。
時代は進み、女性の活動家も多くなりつつあるこの時代。エピオニアの政治にもその声は入り込みつつある。それはかまわないのだが、剣技大会にもその主張が入り込み、この度、女性のための大会が開かれるはずだったのである。
特に世界に広げて募集をしているわけではない。国内に対して募り、特に国外に向けての宣伝はしていないのだ。フィア達が、それを知るはずもない。
アインリッヒが適任だ。オーディンも、ザインもそう思っていた。
何故ならば、彼女は、女性であり剣士であるからだ。無論アインリッヒもその立場を理解しており、張り切っていたのだが、彼女の場合張り切りすぎだといえた。
女性であり、剣士である自分に彼女は誇りを持っている。参加する一人一人の技量を確かめ、第一回目に相応しい者達を選別しようとしたのだが、彼女から見て、一般参加員は、あまりにもその技術が拙すぎ、粗末な者に見えた。
目の肥えた選別は、合格者ゼロという悲惨な結果を生み出してしまう。
「そこに、素晴らしい方がいるではありませんか?」
と男共の会話をぬって、静かだが通る声で発言したのはニーネである。
そして、指をさしたのは間違いなくローズだった。
ザインはげっそりとした顔をする。
「なに……その顔は……」
ジットリとザインを見るローズであった。
「反則だ……違うか?」
「まぁ……そうだな」
自分達と同僚の力を持つローズなど、許可できる訳がない。
「じゃぁ、うちの子達は?」
そこには、フィアとミールが控えている。
「相応しいかどうかは、テストさせてもらうぞ?」
と言ったのは、、真っ白な軍服に着替えた凛々しいアインリッヒである。小柄だがよく似合っている。ごく一部に、マニアックなファンがいるとも噂されるほどの、男ぶりである。いや、彼女なのだがそうなのである。
「宥めたんじゃ……なかったのか?」
「宥めるってのは、興奮を静めるって意味で、根本的解決って意味じゃない……」
冷たいオーディンに視線に対して、それに反抗するザインの視線は、アインリッヒに向けられる。
「兎も角、私は、彼等をコロシアムに連れて行く。宿は、空いている母家を使えばよいだろう。ジュリオの母家が空いている……」
「ば!……お前な!」
「あ……」
アインリッヒが凛々しいのは姿だけのようで、思考回路の方は今一そうではないようだ。
当然、なぜジュリオの母家が開いているのか?疑問に思うものも出てくる発言であるジュリオはそこにいるのだから、空いていることなどあり得ないのである。
「と……兎も角行こう……、行くぞ……」
アインリッヒは、ゆったりと歩き出す。
大会の登録を済ませなければならない、イーサーは、何も言わずすっとついて行く。
「あんた達も、いってきなさい」
ローズが声を発したのはエイルである。
エイルは直ぐにそれが自分に向けられたものだと理解できる。なぜ、そうなのかは、フィーリングである。
「ああ……」
特に逆らう理由はない。それに、この時のローズの言葉には、逆らえなかった。穏和で優しいローズの声。エイルにはそう感じられた。
エイル達が動き出すと、精霊達も動き出すが、グラントの精霊である、バハムートだけは、マイペースである。グラントは、仕方がなく、それを両手で抱え、自らの右肩に乗せて、歩き出す。
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