第3部 第13話 §10 悩み

 イーサーが話を保留することはよくある。だがそうすることで、エイルは少しだけその話題で煮詰まらずに済むケースがよくあるのだ。

 気が付けば、解決している問題もよくある。確かにそれは、結果論かもしれない。サヴァラスティア家に滞在し、空の家族となっている今も、そう言う状況である。

 エイルがそれを確信して、イーサーに視線を向けることなど、皆無に等しいが、この時は違った。

 そもそも、この状況が生み出されることを、想定していなかったのである。

 「ん……っと」

 イーサーが腰を上げる。


 ミールは少しだけ不安になる。特に今彼が、自分の助けを求めなかったことではない。エイルの発言が、自分達の行く先を左右するのだろうという、何となく確信めいたものがあったからだ。

 「お嬢、ゴメン。話を蒸し返すことに、なるけど……」

 と、エイルがホーリーシティーで、酷い拒絶班のを見せたリバティーに対して、罪悪感を感じつつ、目を合わす。

 「うん、いいよ。みんなのことだもん」

 何れはぶつからなければならない問題。それはもう解っているし、自分の事実が変わるわけではない。自分は間違いなく、ドライとローズの娘であり、父と母はすでに、その領域から離れつつあることも、認識している。

 逸らしたリバティーの視線が、少し重たい。

 イーサーはそれが気になるが、エイルと共に、ザインの前に座る。


 イーサーは思う。それすら守れるほど、自分が強くいたいと。それは気持ちの事でもある。

 「で?」

 あまりにも軽いザインのそれ。どんな話でもオーケーだと、言わんばかりである。

 エイルは、まず頭を下げる。

 「貴方もはやり、シルベスターやクロノアールの血を関係者なのですか?」

 まずは、ある意味当たり障りのない部分からの話である。


 「いや?俺と、アインは、違う、残念だけどな」

 それは、同じ種族じゃないという意味も含まれ、ある意味エイルの求めていた回答の一つだった。

 「だが……」

 ザインは自分の額をつつく。それは、まるでアクリルで出来た模造品のように鈍い音である。コツコツと、軽さのある堅い音の響きだ。

 「女王様、俺、アインは、これで生きながらえてる」

 「気になってた……、いや、気になってました……」

 エイルは言い直す。それが何かを知りたい。

 「夢幻の心臓エターナルハーツ。呪われた魔法の力さ。此奴を生成するのに、少なくとも人一人の命がいる。同時に生成できる数は、その人間の魔力、生命力に関わってくるらしいが、本来一人で生成できるのは、一つだ。己の命と引き替えにな」

 あっさりと語るザイン。それはすでに苦しみも悲しみも超越している様子があった。ただその事実に対して、決して心の反応が鈍くなっているわけではない。

 「意味は、解るよな?」

 と、ザインに聞かれると、エイルは頷く。

 「此奴を、作った奴、何歳だと思う?」

 「…………見当も……つかない……」

 エイルは、戸惑いながらも、首を横に振る。

 ザインは再三に渡って、額の石をつつく。そのたびに石がそれに反応し、グルリと暗黒の闇が渦巻くように赤く黒く蠢くように思えた。表面は艶やかに、照りがあるのにその奥には、禍々しさが垣間見える。

 「君。十九歳だって?」

 「はい。来期は二十歳になります……、此奴等も……みんな……」

 エイルは、イーサー達のことも含めて、そう言う。

 「そっか、じゃぁロカよりいっこ下だな」

 ザインの目がふと懐かしさに緩む。話がまだ見えないが、エイルは飛びついて結論をせかす気にはなれなかった。漠然とでいい。だが、今より明確に何か一つをつかめればいいのだ。そう、なんでもいい。話してみれば何かがある、変化が起こるかもしれない。エイルが縋るのは、それだけである。

 「その人が、この話とどう関係あるのですか?」

 話を進める。それが、エイルの目的である。言葉自体に詮索もなにもない。こわばった表情にも、あまり変化はない。

 「ロカは、良い奴だった。同じクルセイド連合国の五大勇と呼ばれた仲だ。俺達が今エピオニア十五傑って言われてるくらい、凄い事さ。解るだろ?エピオニア十五傑って言われる連中が、どれだけのか」

 ザインは、眠りこけているドライを指さし、アインリッヒの頭を撫でつつ、エイルに対して呆れた笑みを浮かべている。それがどれだけ人間離れした連中なのかを、示している。

 正直ついて行きかねると言いたいのだ。

 「ああ……」

 その化け物という言葉に、一番反応したのは、リバティーだったが、何もそれはもう、彼女だけの身の上ではない。同じ血縁関係であることを知った、フィアやミール、グラントにも、当てはまることである。

 その中、エイルだけは真正面からその事実を受け止めているように思えた。

 イーサーは、その中で、真っ先に考えたのがリバティーのことである。

 その反応は、エイルが、正面からその言葉を受け止める体勢を作ったからである。曲げることのない真実。それをこの先、ずっと背負っていかなければならない。イーサー自身もその中の一人だと思っているが、それは事実ではなく、少なくともセシルの見解では、彼はシルベスターやクロノアールの血縁者ではなく、全く別の存在であるということである。

 不安に揺れるリバティーの心に、その言葉が引っかかっている。

 確かに、リバティーは自分の行く先に見える道がないこと、暖かいこの世界がどうなってしまうのか解らないという、不安に振るえていることは、イーサーも知っている。

 だが、明確にその言葉を聞かされたことで、彼女自身が自分に対してそう言う解釈を抱いていることを、感じたイーサーは、心が引き裂かれそうになった。

 「君らと同じ歳で、そんな称号を与えられた奴だが、ふざけてる奴でさ、ニコニコしながら自分の屋敷にハーレム紛いのものつくってやがってさ」

 ザインは、スマートで大人しそうな容姿のロカを思い出しながら、それとは釣り合わないほど型破りな性格に、呆れている。

 「でもな、ここの中はな、すげぇ暖かい奴で、何をするべきか……何をしなきゃいけないのか、ちゃんと解ってる奴だった。譬え犠牲の選択肢の中に、自分が含まれていても、躊躇しない、凄い奴だった……」

 ザインは、強く心臓の上を押さえて叩く。

 全て過去形で語られるその事実は、時間の経過として当然のものであるが、ザインがその過去形に強く拘りながら話していることを考えると、エイルにはそれが、ただ単に普通の死別とは訳が違うことの見当がついた。

 「俺も、アインも!アイツの分までしっかりと生きてやらなきゃ、なんねぇ!無論女王様もな……」

 ザインの目には生きるという覚悟がしっかりと息づいている。納得して生きて行くことが、自分達に出来る彼への礼だと、彼の目は語る。

 「奴の造った夢幻の心臓は、三つだ!ここと、ここと、あそこ……」

 ザインは順に、自分の額、アインリッヒの額、それから女王の胸元を指さす。

 「オメェは、大丈夫だよ。悩んでる……。ちゃんと考えてる。タイムリミット切られて生きてる連中より、ずっと自分のことを考えてる、けど、足を止めんな!ダラダラ歩くな。でも、息切れして嫌気さすほど、走る必要もねぇんだよ。それに、まだやりたいことの半分もやっちゃいねぇだろう?」

 ザインはすっとドライを指さす。

 「其奴見てりゃ解る。あんだけ、力の有り余ってる此奴が、まだやり残してるって顔してるぜ、お前等がちゃんと大人になれるかどうかってのも、含めてな、まだ悩み疲れるにゃ、早すぎると思うぜ。まぁ、よそ様より、悩みがちょっとばかり、大きいかもしれねぇけどな」

 一方的に話を進めるザインに対して、エイルは素直に頷くことなど出来はしなかった。

 それを見たザインは、不敵な笑みを浮かべその反応に対して、ゆとりを持って受け止めた。

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