第3部 第12話 §12 剛刀ブラッドシャウト

 ドライの身長ほどある、その剛刀は、彼の体重より重い。

 シルベスターとクロノアールの血筋を引く者でさえ、その攻撃を正面から受け止める事の出来る者はいない。

 だが、エイルは未だドライの本気すら受け止めたことすらない。

 力の見合わない者と対峙することは、つまらないことだと、ドライは思っている。唯一それが許せたのは、昔のドーヴァ。そしてサブジェイである。

 今のドーヴァは、ドライと同じ実力を有するし、恐らくサブジェイは、天剣と呼ばれるに相応しく、その剣技は、自分達を凌ぐだろう。但しそれは、シルベスターの力を出さない状態ことを前提としている。

 「いいぜ。魔法でもなんでもブチかまして来いよ」

 ドライはブラッドシャウトを両手で持ち上げ、視線と矛先を一直線にして眼前で構える。

 「はぁ!」

 恐らく精霊の力を得てから、初めて全力でそれを出し切ろうとするエイルがそこにいた。

 エイルの剣に大気の刃が宿り、それは次第に、黄色く半透明の大きな刀身となる。

 彼の体の周囲には、風が渦巻きその頭髪を天に向かって靡かせる。

 「なんだよ、アイツ。悩んでるなら俺達にいえばいいのに……」

 特に不満という意味合いはないが、イーサーはイライラを吐き出すかのようにして、ドライに闘争心を向けるエイルを見てポツリという。尤もイーサーのポツリは、十分ミールやフィア達にも聞こえるものである。

 「みんなを変に不安にさせたりとか、したくなかったんだよ……エイルは」

 ミールは、エイルが思うほどシルベスターやクロノアールの力に対して、深い感慨を覚えてはいなかった。恐らくそれはローズと同じ気持ちであるのかもしれない。大事な人が側にいてくれればいいと思う、ただその一途な想いがある。

 ドライは、ローズのその想いに答えることが出来た。それは彼が、世界最強と謳われる時代を生き、マリーを失い、何が一番大事なものなのかを知り、ローズと出会ったからである。それを失わないことの大事さを痛感している。

 エイルもミールを大事に思っている。それは、誰かと比較しようのないものである。

 だが、彼の人生はまだ始まったばかりのものである。まだ、夢は追うものである。

 だが、その夢の入り口は、あまりにも生ぬるく、今にもゴールの見えてしまいそうな距離感である。では、夢から覚めた後、彼には何が残るのか?それが彼の不安である。

 エイルは全てをぶつけるように、ドライに向かって一直線に走り出した。

 それと同時に、ドライは軽く息を吐き、ブラッドシャウトを真っ直ぐ正面に突き出す。

 ブラッドシャウトとエイルの張るシールドがぶつかり、そこから激しいエネルギーが迸り、雷撃のように大気を裂き、放射状に散る。

 ドライは決して引かない。その場に踏みとどまり続け、エイルのシールドに剣を突き立て続ける。

 エイルはその力強さに、改めて驚く。全身でぶつかっている自分に大して、ドライは矛先一点でそれを受け止めているのである。

 エイルは一度大きく宙で、後方に一回転し降り立ち、今度はクルリと横方向に回ると同時に剣を薙ぐ。

 そこから生まれたのは、強力な鎌鼬の大群である。うっすらと光りながら高速でドライへと向かう待機の刃。

 だが、ドライはそれを避けることもなく、その場で全て受け止める。

 彼の周囲の大地は、切り裂かれ風圧で破壊され、悉く切り刻まれる。

 「すげぇ……」

 イーサーは、その技の凄さに、興奮してしまう。

 「パパ!」

 リバティーは一瞬ドライがそれでやられてしまったのではないかと思う。

 フィア達も、ドライが死んだとは思っていないが、何らかのダメージはあるのではないか、もしくはシルベスターモードにドライが入ったのではないか、そう考えていた。

 だが、実際には、凍てついた赤い瞳をしたドライが、宙に舞う砂埃の中から、姿を現す。

 「どうした?そんなもんじゃねぇだろ?」

 何というゆとりだろう。まるで蚊ほどの痛みも感じないと言いたいばかりに、ドライは笑っている。

 「く!」

 次にエイルは、剣を天に翳し、それから真一文字にドライに向かって振り下ろす。

 そこから発せられたのは雷撃である。稲光を引いた剣がドライを真上から両断しにかかるが、ドライは片手で軽く振り上げたブラッドシャウトで、それを防ぐ。

 

 至近距離で、ドライとエイルの視線が合う。必死に食らいつくエイルに対して、ドライは力の入らない目で、エイルを見つめ続ける。

 それは、まるで自分との実力差を示すようだった。

 ブラッドシャウトは魔力を弾き返す。真上から振り下ろされたエイルの剣とぶつかり合い、反発し合い、そこに凄まじいエネルギーの停留が起こる。

 「うぁぁぁ!」

 エイルがさらに魔力を込めると、発せられた雷撃が周囲の大地目掛けて、飛び散り。砕き破壊する。

 当然ドライにもそれは及ぶが、彼の周囲には絶えず、アンチマジックシェルが張られている。魔法が到達すると、それはそこで砕け散るようにして、消滅してしまうのである。

 魔法は効かない。それはある意味、お互い同じ条件のように思える。

 だが、エイルの周囲に張られているシールドは、物理的な攻撃も防いでくれる。しかもそれは、定められたメカニズムではなく、彼と彼の持ち霊イクシオンが連動して起こすシールドのために、不必要に全てを防ぐものではない。

 「せい!」

 ドライが、エイルを弾き返すと同時に、停留していた全ての雷撃が、周囲に飛び散り、無数の爆発を起こし、周囲に小さなクレーターをいくつも作る。

 爆発に巻き込まれそうになったのは、フィア達である。だが彼等にもそれぞれ精霊がいる。巻き込まれそうになると、彼等はシールドを張り、主人を守る。

 イーサーも左手を突き出し、シールドを張り、それを防ぐ。

 小石がさらに広い範囲に、パラパラと飛び散る。

 弾き飛ばされたエイルは、再びドライと距離を一定に保ち、正面に剣を構え、彼を睨み付ける。

 〈なんて奴だ、一歩も動いちゃいない!〉

 エイルがそれに怯んだ瞬間、ドライの姿が消える。ビュン!と、風を切る音と同時に気配は一気にエイルの真正面に出る。

 残像の残り方から、ドライは一度自分の視界から消える左側に動き、再度正面に姿を現したと思われる。

 ドライが剣を薙ぐ。エイルの左側からシールドを挟み、尚強烈な衝撃を伝える。

 それは、まるで巨大な壁が迫ってきたような錯覚を起こすほどのものである。

 「く!」

 エイルは衝撃に耐えきれず、一瞬苦悶の声を上げる。

 拳を受け止められたドライは、身軽にその場でステップを踏み、横に回転して、剣を振り上げ、エイルの真上からそれを叩きつける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る