第3部 第12話 §10 潮時
ローズは、急に来訪したドーヴァとセシルのために、料理を作り足している。
ドーヴァとセシルは、グラントとイーサーが用意してくれたテーブルセットに座る。
「後二脚頼むわ……」
ドライが座りかけたイーサーに、注文を付ける。
「え?あ、うっす」
イーサーは、再び忙しなく動き出す。そして、用意さた椅子にドライが腰掛ける。
「あれぇ?アニキそっちなんすか?」
イーサーはいつもの定位置に腰をかけたが、ドライが移動したことで、再三にわたって腰を浮かせる
「こっちは、大人専用だ……」
ドライがイーサーに向かって、鋭い視線のまま、ニヤリと笑う。
「はい」
フィアがドライ達の前に、イカリングのフライの盛られた皿と、水割りを置いてくれる。
「氷とかは、直ぐ持ってくるからね」
「ああ」
ドライはフィアに対しては、エイルやイーサーと対話しているときとは、違う雰囲気を作る。彼女は普段、ノンビリとしているように見えるが、よく動くし、卒がない。
ドライが、フィアのそう言う部分を見ていのは、彼の視線でよく解る。
それは観察という意味ではない。敬愛という意味である。
料理が出来ると、ローズは大人専用のテーブルにつく。
「んで?」
ドライが水割りを飲みつつ、それだけを言う。
「ああ、俺もここんトコ働きづめやったさかい、ちょっと家族サービスっちゅうんかな。ノンビリしとうなってな」
ドーヴァも落ち着いた表情を作り、一呼吸置いて口をしめらせる。
普段賑やかしに回ることの多いドーヴァの珍しい表情である。彼がそうしていると、確かにそこだけが、穏やかでクールな静寂さに包まれる。
「腕は?大丈夫なの?」
「ん?ああ、俺の主治医は北限の名医様やで?」
ドーヴァは、右腕を上げて、何度も握ったり開いたりしてみせる。
「ドライ……」
ドーヴァが再び、落ち着いた表情を作る。なぜか、しんみりした雰囲気さえ漂う。
「ん?」
「お前が帰ってこんと、キングモナークの続きがでけんて、シンプソンもオーディンもなげいとるで」
つまらないことを言って、ドーヴァは肩で笑っている。
「だったら、一式もってこいよ……、部屋は空いてんだ」
「あほ、そんなコトしたら、自分の家に帰る暇なくなってまうわ……」
クスクスと笑うドライ。ドーヴァは、大げさに振る舞って、独特のイントネーションで澄まして笑う。
それは、彼らしいかもしれない、だが彼らしくもない、柔らかい返事だった。
時は夜半を回る。
ドーヴァは眠らずにいる。セシルもうっすらとした記憶の中、ベッドの上で、ゆったりとした時間を過ごしていた。
聞こえるのは窓の向こうを流れる風の音だ。ヨークスは夏場でさえ、昼は陽気な暑さを迎えても、夜は涼しい。冷房などはいらない。
「静やな……」
ドーヴァは街から離れ、雑踏のないこの空間をそう思った。そこには平和があるように思える。尤も彼の知る限り、この平和は、薄氷の上にあるも同然だが。
いつまでもそうあればいい。彼は思う。
いや、そう思っているのは彼だけではない、ここにいる皆がそう思っているだろう。
誰もが安穏と、他人事のように振る舞っている毎日は、無責任に流れている。不穏なニュースを耳にしても、何処かでまだ大丈夫だろうと思っている人間が多い。それは唐突なものであればあるほど、きっとそう思うに違いない。そして、遠くであるものは、希有な事実と誰もが思うだろう。そして記録と記憶だけが、広まり、あたかも自分が知っている出来事のように、誰が語る。
そして、真実を知る者達は、そっと口を閉ざす。
「俺もそろそろ引退時かな?」
眠たげなセシルの耳元で囁くドーヴァ。シンプソン退陣の噂が、水面方で広がりつつあるホーリーシティ。彼の動向に左右されるのは、ルークやブラニー達だけではない。
ドーヴァの心にもそれは及んでいる。
「そうねぇ……」
ドーヴァが一線を退くと言うこと、それはセシルにとっても重要なことでもある。
尤も、彼女にとってはいつでも彼が側にいるという、暖かなものである。返事を濁したのは、彼女の中で、二つの想いが、天秤にかけられているからである。
ドーヴァが現在の職務を退いた後、彼がどう生きるのかが心配なのである。
ドライとローズのように、互いが居るだけで満足な関係で居られるのかどうかは、解らない。
決して、不幸な結果が訪れるとは思っていないが、あまり物語を熟慮しないドーヴァである、後に寂しい思いをしないかが、気がかりである。
「まぁ、事が起こるまで、少しノンビリとするわ……」
ドーヴァは、ただの休暇できたわけではない。それでもゆったりと時間を過ごすこともまた間違いではない。彼は今、確証を得ない状態で動いている。先読みしすぎなのかもしれないと、十分自覚した上での、行動である。
だが、もし彼の予感が的中するならば、事が起こってからでは、全てが手遅れになる。
翌朝になる、ドライをはたたき起こされることになる。
「んだよ……」
ドライを叩き起こす役目を仰せつかったのはリバティーである。というか、彼女以外、ドライとローズの寝床を訪れることが出来る人間などいない。
ローズの温もりから離れざるを得なくなったドライは少々不機嫌である。
「不便なんだよ……」
最初に切り出したのはエイルである。
やはり此奴かと思うドライ。エイルらしいと言えばそうなる。
「なにがだよ……」
やる気のないドライの返答。欠伸ばかりしている。
「俺達がマジでやるには、畑ばかりのここじゃ、狭すぎるし、危なすぎるっていってるんだ!」
「あん?」
「とぼけるなよ、そろそろ正面切って聞かなきゃいけないことだって思ってたんだよ」
エイルがそう言い出すと、ドライは溜息をはいて、面倒くさそうに頭を掻く。
「ワリィが、この土地は、俺達が暴れ回るためにあるんじゃねぇんだ。本気でやりたけりゃ、山一つ吹っ飛ばすつもりでやるしかねぇんだよ……」
表現は荒いが、それがドライが思う、彼等の潜在能力である。
「パパ……、山向こうの荒れ地は?」
リバティーがそういう。ドライが欠伸を止める。
「バイク乗れよ……、走るぜ……」
リバティーのそれは、ドライも当分忘れていたことだった。何故なら畑にする予定であっただけの土地で、まだ広げるつもりはなかったのである。
一行は三十分ほど西に走る。
「農園……て、どれくらいあるんですか!?」
グラントが、ドライの横に並んで聞く。大人しい表現だが、走行中の風圧に負けないために、声はしっかり出ている。
「さぁな!安いから、貯金の半分は、農園の資金にぎこんじまったってことかな、それ以外はしらねぇ、ローズに聞いてくれよ」
「貯金の半分……」
グラントは、それが借財の上に成り立っているのではないことを知って驚く。いくら荒れた土地とはいえ、農園で働く者達の初期投資などを考えると、その広大な土地の利用と比例し、とんでもない額になる。それを貯金の半分というのである。では、残り半分はどうなっているのか、である。
ダートロードを走り続けると、やがて、開けた平地に出てくる。但しそこには、大きな岩や、枯れた古木の切り株尚があり、後は転々と草木が生えている。
山がぐるりとあるが、少し霞んでいる広大な土地である。
「今の農園が一番いいって思ってな、忘れてたよ。しかしオメェよく知ってたなぁ」
ドライは、イーサーの後ろに乗っているリバティーに対して、ポツリという。
「うん。ママと農園一週とか、時々してたもん」
「そか……」
特に深い意味はない。ドライ自身も正確に農園の広さを把握しているわけではないからだ。
一同は、バイクから降りる。本当に人の気配がない。確かにこの場所なら、少々人間離れした訓練をしたとしても、他人に迷惑がかかることはないだろう。
しかし、だからと言って彼等の破壊力が、押さえられたわけではない。
「んで?聞きたい事ってのは?」
普段ならば数分前の、出来事でも面倒くさい事には、触れたがらないドライだが、三十分以上も前に持ち出したエイルの疑問を再確認した。ドライは、スタンドを立て、バイクのシートに腰掛ける。
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