第3部 第12話 §9  ドーヴァ再びサヴァラスティア家に

 再び舞台はヨークスの街、場所はサヴァラスティア家に戻る。時間は翌日の夕刻。

 そう、リバティーの編入試験が終わった日の夜の時間である。

 「お嬢、マジでもう一回チェックしてみようぜ!」

 そう言って、料理が並べられる前のリビングで、テレビを正面にして、右側真ん中の席に座っているリバティーの目に、編入試験のテキストを置き、それを手でたたくイーサーがいる。

 「もう、何度やっても満点!」

 別にリバティーは、それを強調したいわけではないのだ。

 「だってよ……この数学の問題ありえねぇって……」

 「お前にとっちゃ、半分くらいあり得ない問題だろ?」

 いい加減同じ事を繰り返すイーサーに対してエイルが辛辣な一言を、イーサーに放つ。

 「うるっさいなぁ!だったらエイル、これ解いてみろって!」

 イーサーは、それに対して憤慨し、顔を真っ赤にして、テキストをエイルに突きつける。

 「確かに、解けない問題じゃないが、こんな問題に関わってると、タイムロスは免れないよ。それは認める……」

 エイルは、さらっと冷静にそれに対して答える。そしてそれはエイルの分析通りで、確かにそれは学力さえ十分に備わっていれば解くことが可能な、三次元関数の応用問題である。タイムロスをさせるための問題である。

 つまり合格点を取るためには、必要のない選択肢なのである。

 その遣り取りを見て、笑い飛ばしたのはやはりミールである。

 イーサーの馬鹿さ加減は、ある意味彼女のお気に入りである。いつも辛口につっこむエイルがなおいい。

 フィアもおかしさを堪えきれず吹いているが、もっと小さく笑ったのはグラントである。

 彼は、イーサーのそれを笑ってはいけないことだと、常識的に判断しているのだが、どうしても理性の歯止めをかけきれない。

 ミールは、エイルの右横、フィアがエイルの左横、その正面にグラントである。


 コンコン。


 そのとき、表の扉がノックされる音が聞こえる。

 特に農場関連の誰かが来るとは聞いていない。それに、彼等は車で移動するため、ヘッドライトの明かりが家を照らす。その明かりで、誰かが訪問したことを理解できるのだが、この時はその灯りすらない。

 「ハイハイ~」

 フィアは、軽い返事で席を立ち、誰かに言われる前に、来客を中に通すために、扉を引き開ける。

 「よぉ……まいど」

 と、そこに現れたのはドーヴァである。いつもの軽い彼らしい返事である。服装は、白いシャツにタイトな黒いズボン、胸元にはゴールドチェーンのネックレスがきらりと光っている。腕時計も黒い革ベルトで銀の文字盤と、子洒落ている。

 唐突な訪問に、ドライも一瞬だけキョトンとする。

 「なんでぇ……まぁは入れよ」

 連絡の一つくらいくれればいいのに……。そんな感じのドライだった。

 「今晩は!」

 セシルの声である。彼女の声はホーリーシティーにいる頃より、遙かに明るい様子である。セシルは薄く柔らかいパステルグリーンのワンピースのドレスを着ている。

 恐らくドーヴァと共に居ることで、機嫌がよいのだろう。

 「お?ええ匂いやなぁ……」

 と、ドーヴァは直ぐに鼻をきかせて、頭上に漂う美味しい空気を欲張りに、鼻で吸い取って行く。

 「んだよ。オメェまでったく、……飯足りるか!?」

 「足りなきゃ買い出しにいけばいいのよ!」

 ローズの声である。彼女は今調理に専念している。本当ならば、一番飛び出して、二人に挨拶をしたいはずである。そして、少しの間をおいて、タオルで両手を拭きつつ漸くローズがキッチンから姿を現す。

 「なによぉ~どうしたの?」

 しばらくは会えないだろうと思っていた矢先である。シンプソンの家で久しぶりに大勢で夕食をすませることが出来たのが、嬉しい出来事の一つであると思っていたローズは、感激して二人に抱きつく。

 「まぁ、なんちゅうか、休暇や……」

 ドーヴァは頬ずりやら、キスやらをしてくるローズの行為がくすぐったくて、少々逃げながらそれに答える。「ん~~、で選んだのがここ?いい子いい子!」

 ローズは、さらにドーヴァにキスの嵐である。

 「姉御!やりすぎやて!」

 セシルはこういうローズだ好きである。血のつながりが無くとも、家族の絆を深く感じる。心がじんと暖まる瞬間だ。こういう日が、再び戻ってきたのだと、思える。

 ローズは、しばらく二人を抱きしめっぱなしである。

 「さ、ご飯にしよっか」

 ローズはそう言って少し惜しみながらも、二人にいつまでも抱きついているのを止める。


 いつになくセシルの目尻が柔らかい。

 そんな彼女が見回すのは、ログハウス風の壁をしているこの家の内装である。

 そこにドライがいて、子供達が居る。

 「あ、こんちわ」

 セシルと視線があったイーサーが、無邪気に笑っている。

 「こんばんは!でしょ?」

 セシルが、語句を選び損ねたイーサーに対して、ほほえみを返してくる。

 どうした風の吹き回しだろう?イーサーに対して棘を持っていたはずのセシルに、今はそれがない。変わりすぎといえば変わりすぎだが、彼女の周囲に張りつめたものがないのは確かである。

 リバティーは、セシルの変わりように、少々疑問を持っている。

 「あ~そか」

 イーサーは、時間を思い出す。すっかり日が暮れかけているのである。イーサーは、自分のおっちょこちょいぶりに、頭を掻いて少々照れている。何となく柔らかい雰囲気のセシルの言葉遣いにも照れている。

 セシルは、イーサーと視線を交わし終えた後、もう一度家の中を見渡し始める。

 「暖かいわねぇ、壁の色も天井の色も……」

 「だろ?」

 ドライが、さも当然だと言いたげに、満足げに微笑む。興奮になどによる、声の上擦りはない。座ったまま落ち着き、セシルを見ている。

 「あ、俺テーブル出してきます」

 そう言って、動いてくれたのは、グラントである。彼は普段使用されていない一階の一室に押し込められてある、四人がけ用のテーブルを出しに行く。

 「さてと、料理並べるわよ」

 ローズが、胸元で一つ手を叩いた。そうするとミールもリバティーも腰を上げて、食事の移動を手伝い始める。

 兎に角、よく食べる彼等だ。ミールとフィアは、食べない方だが、それでも通常の女性よりは遙かに食欲が旺盛である。

 「っと、椅子椅子!」

 イーサーが、思い出したように、グラントの後を追いかけて、小走りに走り出す。

 ローズがキッチンで盛りつけた料理を、彼女たちが運ぶ。盛り付けるとはいうが、本当に盛る感じである。あまり洒落た飾り付けなどはない。が、ボリュームで食欲がそそられる。

 「おら、テメェだけ何座ってんだよ」

 ドライがばたばたと全員が動き出しているなか、澄まして座っているエイルを見つける。

 「解ってるよ……」

 溜息がちに立ち上がるエイル。別に、彼はものぐさなわけではない。それは、誰もが知っていることだ、ただドライにそれを言われると妙に、やる気がなくなってしまうのが彼だった。

 「自分は座ってるくせに……」

 などと、つい生意気を言いたくなってしまう心境もある。それか彼の表情になって、ありありと現れている。

 エイルは、テーブルと椅子をグラントとイーサーに任せて、運び終えていない料理の方を手伝うことにする。

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