第3部 第12話 §6 コーヒータイム
ヨークスの街で、夕刻を迎える頃、ホーリーシティーでは、朝の十時を迎えようとしていた。
実は、ホーリーシティーの街の一角で、ちょっとした騒ぎになっている。とはいうものの、ほとんどの人間が恐る恐る遠巻きに、それを見守っている。いや、怖いものに興味を持ち、少しだけそれを覗いているという、状態だった。
街にある少し洒落たカフェテラスのデッキで、まるで周囲の雑音を気にしないレイオニーと、それに付き合わされているルークがいたのだ。
ルークが周囲を睨むと、その圧力に、訓練されていない人間ですら、退いてしまう。
「け……」
ルークは、その鬱陶しい周囲に、腹立たしさを覚えていた。
「何で俺が、お前につきあわなきゃならんのだ……」
そうはいっているが、厚手の小冊子の本に、静かに目を通しているレイオニーの正面で、少し酸味の利いたにコーヒーを飲んでいる。勿論レイオニーもコーヒーは飲んでいるものの、ルークほど手を伸ばしてはいない。彼女のコーヒーは飽くまでも口休めといったところだ。
逆にルークは好んで濃いめのブラックコーヒーを嗜む。
「昨日のチェス、楽しみにしてたのになぁ……」
レイオは、大げさに残念そうに溜息をつきながら、本を読み続けるが、内容は定かではない。
「緊急事態だ……」
「ルーク=アロウィンともあろう者が、レディとの約束一つ守れないで、そのまま放置しておくわけだ……」
ルークはレイオニーのその態度にイライラし始める。
彼を前に、ここまで堂々とそれを批難し、尚かつコーヒーを味わえる女など、彼女くらいである。いや、居るとすれば、ブラニーであるが、ブラニーの言動に対して、ルークは腹を立てることはない。
レイオニーは、態とそうしているのである。
「いい加減にしろよ!」
ルークは、一瞬前のめりになるが、レイオニーの反応はない。ルークはやり場のない苛立ちと一緒に、もう一度腰をかける・
「二千八十対〇……」
レイオニーが、口にしたその数字にルークは、ピクリとこめかみに、神経を尖らせた。
「テメェに勝てる奴がいたら、街一周逆立ちして歩いてやるよ!」
ルークは、それを聞くと不機嫌な様子を見せるが、決してそうだとは言い切れない様子を見せる。
それが証拠に、彼は椅子から動こうとしないのである。
「私は、ルークとこうして、久しぶりのデートが出来て、嬉しいんだけどなぁ……」
レイオニーは表情を変えずに、さらりとその一言を口にする。
〈無理矢理だろうが!〉
と、一瞬口に出しそうになったルークだが、それならば来なければいいだけの話なのである。だが、現に彼はその場にいる。
「ふん……」
つまらない。それを前面に押し出したようなルーク。
「今日はサブジェイに任せて、ルークは私とデート……ね」
レイオニーは、ニコリと悪戯な笑みを浮かべてルークを見る。そこには、大人になり知性と探求心に満ちた瞳を持つ麗しい女性の表情から、無邪気な少女の表情を覗かせる。
ジャスティンという娘以外、彼の心に踏み込むことの出来る笑顔を持つ者は、恐らく彼女だけだろう。
ルークにとってもブラニーのとっても、二人目の娘のようなものである。
共に一つの屋根に過ごしたのは、数年のことだが、ジャスティンがシード共に暮らし始めた直後の事であり、ルークとブラニーの心に開きかけた穴を塞ぐには、十分な存在だった。
警戒心なく、そんな表情を見るとルークは弱い。
あきらめて、レイオニーに付き合うしかなくなってしまうのである。
「出るぜ……」
ルークは、冷め始めたコーヒーを飲み干し、レイオニーより先に席を立つ。
確かに、いつまでもここに居るのならば、研究所にいてもよいし、チェスの続きをしていることと、あまり変わりない。
ルークは、普段からマントを羽織っている。そのため気安く腕を組むなどと言うことはしないし、させるつもりもない。だが、レイオニーは、マントをするりと開き、ルークの右腕に絡む。
本来それはしてはいけないことである。
ルークは剣士であり、シンプソンセガレイのガーディアンである。今日はサブジェイと変わり、マリーの手帳を持つ彼女をいつでも守れるようにしておかなければならない。
尤もレイオニーが、マリーの手帳を持っていることを知る者は、クロノアールとシルベスターの血をも引き、エピオニア十五傑に携わるごく一部の者達だけである。
ルークの右腕に絡むと言うことは、彼は剣を抜けないということである。
左に絡むとしても、それは同じ事である。
「サブジェイは……」
「アイツなら、それでも守れるって言いたいんだろうが!」
ルークは、サブジェイと比較されそうになると、それを拒めなくなる。ルークは、そのことに対して厳密なだけで、決して不可能な事ではないと思っている。
「そうそう」
レイオニーはニコリとする。
まるで言いなりになってしまっているルークであっが、この話をブラニーに愚痴ってみたところで、どうせ彼女にも、笑い話にされてしまうに違いない。
「あぁあ~、結局イーサー君のサンプル、取り損ねちゃったなぁ」
何より大事なアイテムを一つ入手しそこね、楽しみが先延ばしにしてしまったかのような、レイオニーの残念そうな声。
「やめとけ……アイツには、才能を感じねぇ……」
それはルークのセンスである。そう、ルークにはイーサーに対して、他の者達と違い、特別に光る何かを感じているわけではなかった。
「けど、稽古はつけた……どうして?」
確かにその通りである。レイオニーはある程度の答えを得ている。だが、それはサブジェイとセシルを含めた三人だけが知っている事であり、ルークにはまだ知らせているわけではなかった。
「知らん…………。が、センスがねぇのに、底がねぇ……、正直気にいらねぇが……」
ルークはイーサーの眼光を思い出す。彼の瞳には一つの光がある。真っ直ぐで曇りのないものだ。それだけは確かなことだった。
何を言わんとしてもまず、ドライ=サヴァラスティアの娘と共に歩こうとしているほどの男ならば、それ相応の試練が、彼の前に立ちはだかることは、容易に想像がつく。イーサーは、不思議とそれを貫ける眼光をしていた。意志の強さである。
それと同時にルークは、感じている。自分が、いや、自分達は時代に置いて行かれ始めているのでは、ないのだろうかと。それが、彼を穏やかにしている要因の一つであることもまた、確かな事実である。
自分達の時代はもう終わりを迎えているのだろうと。
だから、イーサーのような若者がいて、自分の理解を超える者達の時代になりつつあるのだろうと。
だから、理解出来なくとも、寛容に受け入れタッ結果が、彼への稽古となって現れた……と。それは、彼の自己分析ではあるが――。
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