第3部 第12話 §3  空港での別れ際

 当然ローズが向かうのは自分達の寝室である。

 「ハァイ……」

 自分達の寝室に現れたローズは、まるで互いの家に行きなれた恋人のような雰囲気だった。いや、抑も自分の家ではあるのだが――――。

 ドライは、ベッドの上で仰向けになり、手を後頭部で組み、天井をボウッと眺めている。

 「んん?ああ……」

 気のないようなドライの返事だった。ローズを一度確認して、もう一度天井を眺める。

 ローズは、何も言わずにベッドに腰掛け、そのままドライの胸に手を置き、彼に寄り添うようにいして、横たわる。

 「どーしたの?」

 悩みすぎているドライは良くないが、こうして何かを考えているドライは、嫌いではなかった。ボンヤリしているようで、実は何かを考えていることは、これで中々彼らしい仕草なのである。

 「ああ……何となく……な」

 「ふふ、何となくは、いつものことでしょ?」

 ローズにそう言われてしまうと、確かにその通りだった。

 ドライが思っていたのは、サブジェイのことである。

 「アイツ、大人になっちまったなぁっ……て」

 ホーリーシティーのエアポートで、サブジェイが彼等を見送りに来てくれた。そのときのサブジェイの目は、まるで自分達を見守るかのようだった。

 「そりゃ、あの子も、三十路よ?」

 ローズは、それを笑いながら受け止める。確かにそれはそうだ。ドライは時間の経過に疎くなっているのかもしれない。それに、子供は何年経っても、子供なのだろう。彼がサブジェイをいつまで経っても、子供だと思っているのは、そういう面が、彼に芽生えているからなのかもしれない。

 「でも、ホントにそれだけ?」

 ローズは、ドライの頬を両手ではさみ、彼の顔を覗き込み始める。

 「ほぉら……、悩みを抱え込まない……」

 「ん?……ああ……」

 ドライは、一度ローズに視線を向け、再び天井を向ける。ドライは、ホーリーシティーから離れる直前のことを思い出す。

 それはサブジェイとの会話の一端であった。


 ホーリーシティー。


 その名が世界中にひるがるようになってから久しく、この街に訪れる人々は多い。その理由はいくつかある。

 それは、四十年近く前に起こった大変動ですら、壊れなかったと唯一の街ということ、そして竜が守護する世界唯一の街であること。

 まさに世界の災厄から逃れたこの都市は聖都なのである。


 そんな、賑やかしいこの街での空港で交わされた会話だったのだ。


 周囲の雑踏で、彼等の会話は消されがちになっていたが、近距離で交わすには、十分な声量だった。

 「オヤジ……」

 搭乗手続きを済ませ、ゲートをくぐる前に、サブジェイはドライを引き留めた。

 その声に、自然とローズも足を止めるものだった。サブジェイの声には、躊躇いと不安が。入り交じっている。そして、慎重さが伺える。

 「あん?」

 サブジェイがどうにかそれを伝える覚悟を出来た様子に、ドライは、少々怪訝な表情をしながら足を止める。

 「レイオと二人で、ずっとどうするか考えてたんだけどさ……」

 サブジェイは握り拳を作り、俯く。

 「アンタと、マリーさんの墓が……十年前くらいに荒らされてる……」

 奇妙な話である。ドライとローズの眉間に皺が寄る。

 ドライ=サヴァラスティアという伝説はすでに朽ち果てたはずであり。マリー=ヴェルヴェットという学者の死もすでに半世紀近くもの出来事である。マリーの墓が荒らされる理由は、何らかの形であるのかもしれない。

 だが、ドライ=サヴァラスティアの墓には、彼が昔使用していた偽名が掘られている。そこには何の価値もないのだ。

 当時の二人の事情を知る者でしか、二人の関係は知り得ない。

 「親父達には、ノンビリしててもらいたいって、みんな思ってんだ!でも、決勝での事件があって、そんな悠長な事も言ってられないと思って……」

 今までに見ることがなかったサブジェイの真剣な眼差しがドライを見つめる。

 「なるようになるしかならねぇさ……、あんがとよ……」

 ドライは、サブジェイの頭をクシャリと撫でる。

 「もう……ガキじゃねぇよ……オヤジ……」

  サブジェイは、撫でているドライの頭を、ゆっくりと退ける。彼の目はドライを心配そうに見つめている。サブジェイがドライを心配そうに見ている理由は、彼が今の自分に苛まれていないかが心配だったからである。

 サブジェイは、「ドライの墓」と言う言葉を口にすることによって、彼にその苦痛を思い出させるのではないのかと、思ったのだ。

 それは同時にローズを傷つける事にもなる。

 しかし、ドライは、あまりに真剣な眼差しを向けるサブジェイにキョトンとした目を向ける。

 「解ったよ……、オメェもあんま気張んなよな」

 ドライは、そう言いつつ、周囲を視線だけで見回す。

 旅行客は天剣という存在を多少なりとも認識している。

 彼は、学者レイオニーの、ボディーガードでもある。そこに映る彼は、オーラだけで周囲を硬直させ、はね除けるイメージがある。

 「レイオは、マリーさんの手帳もってんだぜ……」

 「そうだった……な」

 マリーの手帳は、それだけでは、ほとんどの者が理解に苦しむパズルである。

 数百ページにまたがる文は、ほとんどがメモで、内容が前後し、式の一部は数ページに渡る公式を、平気で略して記述し、簡略化された式の本文の記述先は、一切記載されていない。

 現在それを解読できるのは、レイオニーしかいないのだ。

 そこには、今以上に世界を変えてしまう、理論や公式が羅列されているのである。

 マリー=ヴェルヴェット理論の実現、サテライトコミュニケーションシステムの開発。この二つは世界を激動させた。それは今もレイオニーの手の内にある。

 譬え難解なパズルのようなその手帳でも、それが文明の発展、復刻に繋がる手がかりが詰まっているものならば、世界はそれを欲するだろう。

 ドライは、サブジェイとの別れ際の会話を思い出しながら、天井をしばし眺めるのであった。

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