第3部 第11話 §15 静かな閉会式の後に

 「さて、俺も街をもう一回りしてくるよ。レイオの話じゃ、次は未然に防げるらしいけど……、ルークさんは結構ピリピリきてるよ。ドーヴァさんも、寝てないって……」

 サブジェイは、席を立つ。

 「そう。ドーヴァも大変ね」

 「うん。陰の功労者だよ。尊敬してる……」

 サブジェイは立ちながら、最後のコーヒーをくいっと飲み干した。

 「んだよ……イーサーの奴。寝てるのによ……」

 と、姿を現したのはドライで、緊張感のない欠伸を長くしている。

 「よぉ……来てたのか……」

 ドライは、サブジェイの正面に腰掛ける。

 「ああ、もう帰るとこだよ。街の警備もあるしね」

 サブジェイはそう言って、マグカップをテーブルに置く。

 「まだ、なんかあるのか?」

 「いや。念には念を入れて……だよ」

 「そか……」

 ドライはテーブルに着いたものの、そこには眠気覚ましのコーヒーはない。

 もう一つ大きな欠伸をする。

 「親父……」

 「あん?」

 ドライはサブジェイの呼びかけに対して、欠伸の間に返事を返した。

 「昨日は悪かったな。のんびりしてんのに……」

 だが、サブジェイはそれ以上言おうとせずに、ドライに背中を向ける。

 「待てよ、サブジェイ……」

 ドライが、久しぶりに自分の愛称をまともに口にしたように思えたサブジェイは、再会したときのぎこちなさが、薄ら居ている事に気がつく。

 「もう……止められねぇとこまで来てるのかもな……」

 すでに異常が起こりすぎている。それはもう、ただ単に誰かの興味本位ではない。そこには確実に誰かのもくろみが存在していることを、強く認識しているドライの言葉。

 言われなくても解っているつもりだった。

 だが、ドライがそこまで口にすることで、その事態の重さは、サブジェイにものしかかった。

 その言葉をリビングの入り口で聞いたのはエイルとミールだった。

 「親父はのんびりしてていいよ……」

 サブジェイは、床に置いていたリュックを肩に担ぎ、通りすがりにエイルの頭を一つ撫でて、そこを後にする。

 「あれぇ?天剣帰っちゃうんすか?」

 一通り起こし終えたイーサーが、未だ眠い顔をしているリバティーを連れて、階段を下り、すでに玄関先に姿を移しているサブジェイに、残念そうにいう。

 「夕方には、シンプソンさんとこに、顔出すよ。またな」

 すっかり身内ぶっているイーサーが、少々可笑しかったサブジェイだった。だが、確かにそうなのかもしれない。彼等は自分達の身内なのだろう。

 いや、ローズにとって彼等が子供なのならば、間違いなく自分にとっても弟たちと呼べる存在なのだろう。

 「そうだ、時間が出来たらまた、そっちに遊びに行くよ。それまでにしっかり鍛えとけよな……」

 サブジェイが、背中越しに手を振って、ドライの家を後にする。

 イーサーには、そのときのサブジェイの言葉がなんだか嬉しかった。

 「聞いた?お嬢!天剣が、俺達のことまた見てくれるってさ!」

 大はしゃぎのイーサーである。グラントとフィアは、そんな彼を見て、クスリと笑い合う。相変わらずである。

 セシルとの特訓であれほど先が見えずに疲労困憊状態だったイーサーだったはずなのに、今はすっかりとペースを取り戻している。

 エイルの優勝式典。

 それは、午後のディナーとして、簡素に行われた。

 市長との会食である。

 そのはじめの時間に、優勝トロフィー授与式が行われた。

 この大会で優勝した者は二名。その撃ちの一人は、市民枠の優勝者。テラスコット=マルティネスという若者である。そして、自由枠のエイル。

 迎えたのは、シンプソンとノアーの二人である。

 本当に小さな会食だった。

 「申し訳ありません。本当ならば、盛大なセレモニーも張るはずだったのですが……」

 と、いくつかの人名が失われ、惨事を招いてしまったことに、胸を痛めつつ、シンプソンは、若者二人に静かに頭を下げる。

 それが、彼の不備でないことは、明らかである。

 「ヨークスでも同じような事件がありました。恐らく何かがあるのだと思います。市長の判断は、懸命だったと思います。……生意気なことを言いますが……」

 それがエイルの素直な意見である。

 「有り難う。私がいつまでも、弱気でいても仕方がないですね。亡くなられた人々のためにも、街の安全をよりよいものにして行きたいと思います」

 シンプソンは、悲しみを隠すかのように、笑顔を作る。

 エイルは、ドライやローズがシンプソンという人間が好きになる気持ちが何となく解るような気がした。

 こうして、ドライとローズがいなくとも彼は決して高飛車な態度に出ることがない。向かい合う自分達を一人の人格として、正しく見てくれているのである。

 「さて、召し上がってください」

 テーブルに並べられたのは、形式通りのスープや、肉料理などである。だが、それほど豪華ではない。

 あくまでもシンプソンは、私的に彼等を呼び、勝者の犒いをするつもりなのだ。

 「お二人とも、世界大会は是非、頑張ってください。そして、貴方達の勝利の糧となった人々の思いを大切に戦ってください」

 勝者には名誉が与えられると同時に、沢山の夢の上にそれが成り立っていることを、いつも胸の中に止めておくよう、シンプソンは彼等に願っているのである。

 会食の後。二人は送迎の車でそれぞれの宿へ帰るはずだったが、エイルは車を止めて、シンプソンの元に戻ることを望んだ。

 エイルが、再びシンプソンに面会を求めると、シンプソンはそれを快く受け入れる。

 シンプソンは、執務室にエイルを向かい入る。

 「済みませんね。仕事があるもので、もてなしは出来ませんが……」

 「いえ、いいんです。お忙しいはずなのに、無理を聞いてもらって」

 エイルは、シンプソンに尋ねたいことがある気持ちを抑えつつ、彼の手が少し空くのを待った。

 「ところで、どんなご用ですか?」

 シンプソンは、サインをし終えた書類を、サイドデスクの一番上の引き出しにしまい、鍵をかける。

 シンプソンは、自分が役に立てることであるならば、何でも言って欲しい。いつもそんな笑顔をしている。この時もそうである。

 時間がないなどの言葉は一切出てこない。

 世間の価値観から見れば、エイルの話よりも、職務執行のための段取りをする方が、遙かに重要なことである。

 シンプソンは、決してそれを等閑にすることのない男だが、そうしてエイルが口を開くのを待っている。

 シンプソンに何か聞きたいことがあったはずだったエイルだが、実のところ何も整理が就いて折らず、なぜ戻ってきてしまったのかも、解らないでいる。

 ただ、漠然と解っているのは、なんだかそのまま帰りたくないような気がしたからである。

 「エイルは、口を開くが言葉が出てこず、黙り込んでしまう」

 「仕事……いいんですか?」

 仕事を止めさせたのは、彼自身である。だが出てきたのはそんな言葉である。

 明らかに何の考えのまとまりもなく、この場に来たことを露呈するような、発言である。

 シンプソンはクスリと笑う。それだけ彼が、悩んだり迷ったりして、壁にぶつかり、物事を見つめている証拠でもあるのだ。ただそれが、普通の人間より個遙かに大きく、宿命に縛られたものであるのだ。それは非常に重いものである。

 「私の仕事はいつでも出来ますが、あなたの悩みは、今じゃないと解決出来ない……違いますか?」

 複雑に絡み合った糸をほどくためには、その手順がある。放っておいたり乱暴にほどいたりすれば、それは戻らないものになるかもしれない。

 時には一人の手ではほどききれないものもあるのである。

 エイルは言葉が出ない。

 確かにシンプソンの言うとおりなのである。そして、自分達の存在に対する何らかの答えをドライにも聞こうとそているのである。

 「ここじゃ何ですから、リビングに行きましょうか。ノアーがクッキーか何かを焼いているはずですからね」

 シンプソンは席を立ち、エイルを導くようにして、執務室を後にする。

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