第3部 第11話 §14 答えは未だ見えず

 今日は自分達の存在に対して話したりするのはよそう。エイルはそう思った。それは自分達の家に戻り、落ち着いてから、ドライ達に訪ねようと思った。

 そんなエイルの表情からは、ここ数日の苛つき尖った空気が和らいで見えた。

 全員が眠りに就いたと思われる時間になる。

 その中でエイルは少しだけ起きていることを望んでいた。腕の中には、数日曖昧だったミールの温もりが鮮明に感じ取れていた。ランプに点された灯りだけがうっすらと室内を照らしている

 「手の震え……止まったね……」

 ミールが自分の肩を抱くエイルの様子を感じ取っていた。

 「ああ、まだ自信ないけどな……」

 力のない一般の人間を相手にすると、破壊してしまいそうな不安が治まったわけではない。だが、今何をすべきか、何をしているのか、そんな判断は十分につくようになっていた。

 エイルはもう一度ミールの温もりを確かめた。

 「エイル?」

 今まで彼の胸に擡げていた顔を持ち上げて、エイルを見つめるミール。

 「ん?」

 ボンヤリとしたエイルの返事。彼はただボンヤリと起きていたかっただけなのである。

 「あたし、剣を握っててあんなに集中したことなかったんだよ」

 彼女はそんな言葉から話を始めた。エイルは、一瞬彼女が言わんとすることが、理解できなかった。

 「姉御の側にいて、沢山の人たちがリザードマンに殺されて行くのに、戦うことに集中出来てたんだよ……」

 それは彼女にとって初めての出来事である。いや、確かに大勢の犠牲者を目にしながら、己のみを守り、慕う人の補助をし、戦うことなど、彼等にとって初めての事だった。

 「でもね、全然平気なんだ。これもやっぱりジュリオさんの事があったからなのかな……」

 ミールはもう一度エイルの胸に頬ずりをするのだった。

 「ミール……」

 今度はエイルが彼女の名を呼ぶ。

 「アイツと姉御……、凄いよな……、俺達が今思ってることより、ずっと長く見えない道、歩いてんだよな……。きっと答えなんて、まだ出てないんだぜ。焦ったって、答えなんて直ぐに出てきちゃくれないんだ。お前が今思ってることも、きっと直ぐに答えが出る事じゃないかもしれないけど、あの二人みたいに、ゆっくり受け入れられるように、なれたらいいよな。自分の存在ってのかな……」

 「…………。難しくてよく解らないけど、なんだか解ったような気がする……。エイルの言いたいコト……」

 ミールはそう言って、目を閉じた。

 「寝よう……」

 エイルもそういって、ランプの灯を消した。彼の心には、久しぶりに静かに凪いだ夜が訪れたのであった。


 翌朝。

 リビングにいるのはローズと、そしてサブジェイだった。

 サブジェイは、ローズと二人きりの空間の中、欠伸ばかりをして、眠そうにしている。

 そんな彼に、ローズが濃いブラックコーヒーを入れ、簡単な朝食を提供していた。

 「わりぃな……」

 「なぁにいってんのよ。お疲れ様……」

 ローズは、愛息を目に前に、表情を和らげていた。サブジェイはすっかり大人の表情をして、朝食を食べている。そこには、何度も遅刻しそうになって、慌てて食事をむさぼったり、寝ぼけ眼半分で無愛想な彼はいなかった。

 眠たそうだが、落ち着いた様子で、しっかりと食事を取っているサブジェイがいる。

 長いテーブルに、二人は向かい合って座っている。その距離は近い。

 「腹減っててさ」

 サブジェイは香ばしく焼かれた食パンとそこに塗られたバターの香りに、すっかり食欲を刺激されていた。

 「フフ……。メールで言ってくるなんてね」

 ローズは手を伸ばしサブジェイの頭を撫でる。

 それから、立ち上がりサブジェイの横に座り、食事中の彼の頬にキスをし始める。

 「お袋ぉ?!」

 それから頬をすり合わせてくる。

 「ったく……」

 サブジェイは腕に絡んで甘えてくるローズに、少々照れながらそれを許した。

 彼女がどれだけ自分を手に届く範囲に置いておきたいか、よく解っていたからだ。

 月に数度でいい。自分の元に戻って共に食事をしてほしい。そんな単純な気持ちである。

 「サブジェイ……ゴメンね……」

 だが、ローズにとって、何が一番大切で、誰が一番かけがえのない存在なのか、それは明確なものであった。そしてその答えは明確に出されてしまっている。

 だが、その切なさの分、ローズはより強くサブジェイを愛させた。

 「イイよ……。親父一人じゃ、きっとボロボロになってた……」

 サブジェイはローズの気持ちに答える、尤も良い方法を知っていた。

 ローズをすっと胸の内に導き、彼女をぎゅっと抱きしめる。

 「あ~~~腹へっ…………った……?」

 と、タイミング悪く?そこに登場したのはイーサーである。

 「れぇ?!天剣!姉御?!へ?」

 すると、ローズはすっとサブジェイから離れて、イーサーに近づき、彼の頬に軽くキスをする。

 「ハイハイ!朝ご飯でしょ。今作るから」

 それはおはようのキスである。たまにされることはある。イーサーは特にそれを特別視していない。

 「あうん……」

 ローズが頬を向けているので、イーサーもローズの頬にキスをする。

 「さて、他の子達もそろそろね……」

 ローズが再びキッチンにこもり始める。

 するとイーサーがサブジェイにヒソヒソと話し始める。

 「天剣……まずいっすよ!いくら姉御が何でもありでもさぁ……」

 「生意気いってないで、お袋煩わせないように、他おこしてこいよ……」

 サブジェイは、それを否定する事もなく、イーサーの頭を上から押さえつけるように撫でた。

 「へぇい……」

 イーサーは封じ込まれたことに対して、少し不平を漏らした返事をしつつ、立ち上がり各の部屋を回ることにした。

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