第3部 第11話 §13 彼女はそれを理解していた

 「ち……」

 世話をする人間が多すぎる。ルークはそれにまた苛立つ。だが彼の行動は迅速である。

 直ぐさま、スタンドに設けられているVIPルームにまでの通路を駆ける。

 誰もいなくなったVIPルームの扉を開き、中にはいると、そこには、数人のジパニオスクから要人と、シンプソンがいた。そして、その中には、覆面の女性が一人いる。彼等は皆袖下の長い独特の和装と呼ばれる服装をしており、衣類の模様は美しい花びらの描かれた、艶やかなものとなっている。

 「最近、世界中でこのような事件が起こると聞いておりましたが、もしや我々の目の前で起こるとは、思い御よりませんでしたな……」

 妙に落ち着きのある声だ。暁だけが、酷く硬直している。

 その中でシンプソンが完全に俯き両手で顔を覆っている。彼はそれが気がかりだった。

 「済みませんでした……」

 シンプソンがルークの気配に気が付き、一言ポツリと呟く。痛々しく震えているシンプソンの声。

 「テメェのせいじゃねぇよ……」

 突然の事態だった。シンプソンはその場を離れるわけにも行かず、ただ被害が拡大しないよう、努めることしかなかったことを、酷く後悔していた。

 ルークはそんなシンプソンの肩に手を置き心労をねぎらう。

 「アレは時空を繋ぐメカニズム……」

 暁は震えている。そしてそれを明確に知っている。

 ルークはその一言が気にくわなかった。何故ならそれは、彼自身を含め、戦歴を持つ者達が、それを魔法と認識していたからだ。現にルークもエナジーキューブを使っておらず、魔法としての対処は行っていない。魔法ならば、彼の技で打ち消すことが出来る。

 ただ同時に、シンプソンの仕掛けた防御壁もかき消してしまうため、無闇に技を使う事も憚られた。


 恐らく瞬時にそれが魔法でないことを認識出来ていたとしたら、レイオニーぐらいなものだろう。

 「シンプソン、テメェはここで、怪我人の治療でもしてろ。俺は此奴等を、送る手配をする」

 そう言ってルークは、足早に歩き出す。

 酷く気落ちしたシンプソンの変わりに、迅速な処置を執る。

 ルークが静かに動き出しても、ドライは舞台中央から動く気配を見せなかった。

 スタジアムの上空は何もなかったかのように、夕暮れを見せている。

 「やれやれ……だな。帰るぜ……」

 ドライは、この戦闘に手応えなどは感じていなかった。恐らくローズもそうだろう。多勢なだけである。

 「シンプソンは?いいの?」

 ローズは、それが気がかりである。人の命というものに対して、誰よりも繊細な感覚を持つ彼だ。この惨事を防げなかったことに対して、さぞ悔やんでいるであろう事は、予想できた。

 「アイツは、そんな弱かねぇよ。だろ?」

 「そうだけど……」

 シンプソンの心労を労えるのは、彼でもローズでもない。彼には、ノアーという、悲喜を分かちあえる女性がいるっである。誰よりも彼女にしかできないことである。

 「オメェ等、よく天張らなかったな」

 ドライ達が言葉を向けたのは、イーサーやエイル達だった。

 「ビビったけど、ジュリオさんの時の方が、よっぽどだよ」

 と、ドライのほめ言葉を正直に受け止めながら、鼻の下を擦りながら、嬉しそうにしているのはイーサーであった。

 しかし、確かにそれは彼等に対して共通している事柄である。

 そう言った意味では、彼等は確かに死を覚悟した経験を持ったことになる。リザードマンの動きはそれに比べれば、それほどの出来事ではなかったのだ。

 イーサーの言葉を受け、エイルは拳をぎゅっと握る。

 確かにイーサーの言うとおりであった。だが、それと同時に大会では得られない気持ちの高揚が自分の中に生まれていたことも、事実である。恐らくそれが、ローズの言う遊びと本気の違いなのだろう。

 エイルの手の震えは止まっている。心が戦うことに納得してたからだ。


 その夜。シンプソンからドライに、一本の電話が入る。

 「ああ?よぉ……」

 食後、リビングで、テーブルの上に足を投げ出して、ボウッとしているドライが、彼の声の様子を伺う。

 「あんまし、気にすんなよ。テメェ結構背負い込む質だからな……。普通だったら、街中大パニックになっててもおかしくねぇんだ。オメェがいたから、あれだけですんだんよ」

 「ノアーにも、同じようなことを言われましたよ……」

 元気なく河原賄しているシンプソン声が、電話口から聞こえてくる。

 「明日。官邸で簡単ですが、閉会式を行います。優勝選手へトロフィー授与だけですが……、エイル君いますか?」

 「ああ。変わるよ」

 ドライは自分の携帯電話をエイルに、投げ渡す。

 「はい。エイル=フォールマンです……」

 エイルがシンプソンから受けたのは、祝いの言葉。それと、事件に対する犒い。励ましの言葉。彼らしい暖かなものだった。

 シンプソンがそれを口にすると、不思議と心を落ち着けさせられる。

 人の痛みを誰よりも強く知る彼から出る言葉だからこそ、その重みに、誰もが納得する。

 「はい……有り難うございます」

 普段悪態をつくことの多いエイルが、大人しくシンプソンの言葉に耳を傾けている。

 彼にとって、ドライよりはよほど目上の人間に見えるのだろう。

 実際はシンプソンよりもドライの方が二つほど年齢が上である。

 「アンタに変われって……」

 エイルは再びドライに電話を渡す。

 「ああ、明日な。食べに行くよ。じゃぁな……」

 ドライは、目を穏やかにさせながら、シンプソンとの約束を交わし、電話を切る。

 「あ~~。水くさい!私にはなんにもないの?」

 ローズは、キッチンから急いで姿を現し、焼き餅をやいて、テーブルの上に乗り、ドライの携帯を取り上げる。

 そのときにどういう訳か、ドライの正面に座っているエイルの前に、ローズのお尻が来る。

 ローズは別にエイルを意識しているわけではない。テーブルの上で、取り上げた携帯を睨んでいる。

 エイルは、恥ずかしそうに視線を逸らす。

 「いててててて!!」

 と唐突に、声を上げるエイルであった。何かと思えば隣に座っているミールが、彼の手を思い切りつねっているのである。言わずとしれた焼き餅というやつである。

 珍しい光景もあるものだと、ミールの隣にいるフィアも、その正面にいるイーサーもキョトンとした視点で、彼を見つめる。

 「どうせ、私はお尻も胸もぺったんこですよ~だ!」

 さらにつねるミールである。彼女のスタイルに対するコンプレックスは確かに、全員知るところだった。

 「ん~~?」

 ローズが、ミールに振り返ると同時に、妖艶な視線を向け、そしてそのままテーブルの上でくるりとミールの方を向く。

 「あなたには、そのキュートな唇。きれいな頬のライン、スレンダーな魅力があるじゃない……」

 ローズは、ミールの顎を指でつまみ、まるで獲物を狙う豹のように、その視線で釘付けにする。

 尤も危ないローズの登場であるが、青く煌めいたその視線から逃れられる者はそういない。彼女の前では、全てが獲物と化す。

 「あ……」

 ミールも頬を真っ赤にする。浸食されることが解っていても、荊で縛られ、傷だらけになると知っていても、その視線に絡め取られてしまう。何より囁く唇が、妖艶である。

 「この薄いシルクのようにきめ細やかな肌……そこに彼の指がはい回る……、あなたの彼は、何を想像して、そうするのかしら?考えただけでも震えない?あなたが欲しくてたまらないんだから……」

 「お前は……ったく……」

 ドライはそれに呆れるばかりである。

 「あら?」

 急に中に浮くローズ。

 テーブルの上に足を投げ出すのを止めたドライは、テーブルの上で、獣のようにミールに迫っているローズの腰を抱え、引き戻し、そのまま抱えて、寝室に行ってしまう。

 「あ~~ん!」

 ローズがじたばたしても、ドライの力相手では、どうしようもないのである。

 「オメェ等後かたづけ頼んだぜ!」

 と、台風の目を一つ持ち帰っていったドライが残した一言だった。

 「たく……あの人は、何考えてんだ……」

 エイルは、ひやりとした汗をかく。安堵の溜息を一つもらして、大げさに背もたれに凭れた。

 「ま、何にしても、おめでとう!だな」

 イーサーが、ビールの缶を突き出す。

 「ああ……」

 エイルがそれを受ける。

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