第3部 第11話 §12 スタジアムの攻防

 シンプソンは彼等の身の安全のために、そこから動くことは出来ないが、恐らく彼も何らかの対策をしているはずだ。

 簡単に言えば、スタジアムから一定のエネルギー量を持つ存在を出さないとうい、フィルターなどである。

 つまりそれはドライやルークなどは出られないということである。

 ドライはルークに襲いかかろうとする、リザードマンを次々と叩ききる。

 ルークは時折漏れたリザードマンを叩ききりながら、魔法を飛ばし続ける。

 やがて上空の魔法陣が消え始める。どうやらレイオニーがそれを解除キャンセルし始めたらしい。

 「よし!後かたづけだ!!」

 上空からリザードマンが出現する可能性が無くなった瞬間、ルークはそこから動き始める。

 今度は個人活動である。

 ローズは相も変わらず魔法を打ち続けている。だが魔法では、視界以上に敵を殲滅することは出来ない。

 今度は、ヒラリとブラニーが姿を現し、武舞台中央に立つ。

 そして、一つのにおい袋をそこに置く。

 「うわ!なんでぇそりゃ!」

 ドライは鼻が曲がりそうになるほどの、血生臭さに、飛び退く。

 「彼奴らの大好きな血の臭いに似た濃縮液よ……」

 それは目に見えない位置にいる彼等を引きずり出すために、有効な手段である。

 「解ったから。テメェも戦えよ!!」

 ドライは次々に、臭いにつられて近寄り始めるリザードマンを叩き殺し始める。

 「私がいちいち、そんな小さな魔法を持っていると思っているのかしら?」

 ブラニーはゆとりを持って、落ち着き払ってそういう。今にも座り込んで、紅茶の準備でもしてしまいそうである。

 「ルーク!」

 ドライがルークの名を呼ぶ、個別活動を開始したルークをドライの声が苛立って呼んでいる。

 「あ?!」

 ルークが苛立っているドライを見ると、そこにはブラニーがいて、彼女は床に置いた匂い袋の前で、本を読み始め、ほとんどドライに戦いを任せきりにしている。

 だが、時折ぎりぎりにまで迫ったリザードマンをエネルギー波だけで、撃ち殺している。

 「ったく……、何遊んでだ……」

 ルークには、直ぐにブラニーがおもしろがってドライで遊んでいるのが、解る。

 しかしそれと同時に、リザードマンは、人間を襲うのを止め始め、次々に匂い袋につられ始めているのである。

 ローズが魔法を打ち出すのを止め、周囲を見渡す。

 フィアとグラントが暴れ回っているのが見え、イーサーは、リバティーを連れながら、リザードマンを倒しているのが見える、

 「うんうん。みんないい顔してる♪」

 ローズは、ドライとルークとブラニーの姿を見つける。

 「ガトリングレイ!」

 ローズは遠方から、ドライ達に向かい、赤い閃光の魔法弾を連射する。

 「ほら!二人先おりた!」

 ローズは、二人が安全に、舞台に下りることが出来るように、そこからリザードマン達を打ち倒しているのである。

 エイルは先ほどと同じ方法で、ミールを連れ空を飛び、再び舞台に下りる。

 「フィア!グラント!真ん中いって!」

 ローズの腹から出されたよく通る声が、二人に届く。中央にはすでに、ドライ達が集まっている。

 グラントがとった方法は、反重力による、飛行である。

 フィアを背中に負ぶさりながら、そこに行く。

 最後にローズは、付近にいる、リバティーとイーサーに、後ろから飛びつき、舞台中央に瞬間移動する。中央では、臭いにつられて集まってくるリザードマン狩りが行われている。

 「うわ!くさ!!」

 ローズは匂い袋に鼻を投げながら、剣の切っ先で床に四角を書き、そこに掌を叩きつける。

 「ふふ、トレジャーハンティング用の魔法、久しぶりだわ……」

 それから近くにあるリザードマンの死体から、こぼれ落ちる血を指先で採り、描いた四角の真ん中にそれを塗る。

 「獲物はリザードマン、範囲は……そう半径百メートル。点在地を求む」

 そこにはスケルトン状態になった、スタジアムの立体的な縮尺が現れ、緑の点が、あちこちに現れ始める。

 「さすがシンプソンねぇ。瞬間に会場の内の通路に、フィルターを張ってある。外へは漏れてないみたい……」

 つまりリザードマンは、入り組んだ所までは、進入しておらず、視界で届く範囲にだけいるということである。

 「便利な魔法ね……」

 ブラニーが直ぐにそれに関心を寄せた。彼女が主体とする元素魔法では、決して見られない魔法である。尤もブラニーの魔法はほとんどスペルレスで行われるため、手順を踏んだ正しいものとは、言い難い面がある。

 「欠点はサンプルがないと、ダメってとこかな、範囲も半径二百五十メートルが限界だし……」

 その時、ルークの背筋がピクリと伸びる。

 何かの気配を感じたらしい。

 だが、それはドライもローズも全く感じることの出来ない気配だ。

 何故なら、それは彼の胸の内ポケットから、来る気配だったからである。通常それはバイブレーターと呼ばれている、携帯電話の機能の一つである。音はない。

 ルークの携帯電話を知るものは、世界広しといえども、ただ一人しかいない。しかもそれはつい最近の話である。

 「ち!」

 まるで厄介事を抱え込んだ、苦い顔をするルークであるが、彼は要求を呑まざるを得ない雰囲気で、それを取り出す。

 「あら?いつの間に?」

 それにはブラニーも驚いたようである。束縛されることを嫌う性質はドライ以上のルークである。

 但し、ドライはこの十数年ですっかりローズの尻に敷かれる生活に慣れてしまっている。また好んでそうしているのであるが、ルークはブラニー以外に束縛されることを、根本的に好まない。無論ジャスティンは、例外であるが、彼女はルークの性格をよく知り、野暮なことをしない。

 それを知っていて、ルークに携帯電話を保たせることが出来た人間は数多い人類の中で、ただ一人だけである。

 その人物の名はレイオニー=ブライトン。

 オーディンとニーネの娘とは思えない、ズケズケとした性格はきっとローズの影響を多分に受けたに違いない。

 ルークは時々そう思う。

 「何だ?!ああ、観客?知るか!閉会式どころじゃねぇよ!サブジェイは、なにしてんだ!」

 携帯で電話をしている所など、見られたくないと思っているルークである。彼は自分が軟弱になったようの思われるのが何より、屈辱的だった。時代の流れに今ひとつ乗り切れていないように見える。

 しかし、不機嫌そうに見えていてもレイオニーとの電話は、切ることが出来ない。それもまたルークなのである。

 「表に来てる?お前は?ラボか……悪いが、この有様だ。チェスの続きは、また今度だ、いいな!」

 ルークは、怒り口調で、急ぎ気味に電話を切る。その姿に、照れが見え隠れする。

 ブラニーが、小娘一人に手を焼かされている姿に、思わすクスクスと笑ってしまう。

 「ああ?!」

 ルークはブラニーを一睨みするが、そんなことで肝をつぶされるような女でない。そんな部分での彼女の剛胆さは、他のものに引けを取らない。

 「ルーク!」

 そのころ漸くサブジェイが、選手通用口から姿を見せる。

 彼がそこへ入り込めなかった理由は一つである、フィルターに引っかかってしまったのである。

 通過するためには、ブラニーのようにテレポートしかないということである。

 「おせぇんだよ!テメェは」

 「ゴメン、魔法の壁に阻まれてさ……」

 「ああ?ああ、シンプソンの魔法か……」

 ルークはサブジェイがここに遅れた原因を理解すると、直ぐにそれに対する苛立ちを納める。

 彼がサブジェイにそれを求めたのは、自分が育て上げた剣士としての自負があるからである。

 ルークは、彼の名前を出すと同時に、直ぐにシンプソンの事が気がかりになる。これだけの惨事に彼が心を痛めないはずがないのである。

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