第3部 第11話 §10 決着
エイルは、剣を取り立ち上がる。
体にはミールの体温が少し残っている。それが彼を落ち着かせた。
「グラントが、待ってるから。勝たなきゃね……」
ミールが、涙で少し腫れた目を微笑ませて、エイルに笑顔を向ける。
「ああ」
単純だが、それが勝たなければならない理由である。この試合に勝った後に迎えることの出来る、新たな目標である。
「アイツみたいに、シンプルに……いくよ」
それはイーサーのことである。恐らくイーサーであれば、昨日のような試合の結果はあり得なかった。彼は駐中力が散漫なようで、目の前の目標には、食らいつきやすい。
エイルの体から必要以上の力みが消える。
そして、目を閉じる。
ヘンリーがそれを睨みつつ構える。
「続けろ……」
二人が舞台に揃うと、ルークは二歩ほど下がるのだった。
エイルは胸の中が緊張で高鳴っているのが解る。それは、手の震えがどうなっているのか、意識して起こる緊張である。彼は戦えるのかどうか解らない、不安を抱えている。
それは、直ぐに解きほぐすことが出来ない。だが、構えるのを止めた。そして必要以上に力を封じ込めるのも止めた。
自然の空気の流れに体を委ねる。
すると、剣の周囲に、魔力が集まり始め、刀身の周囲に大気の刃が形成され、本来彼が持つスタイルになり始める。そして、彼は空気の流れを体で感じつつ、ゆっくり剣を頭上で一度舞わし、正面に構える。
だが、それは気合の入った意義込みのある構えというより、空気の中に剣を定着させ、まるでそこに存在するのが自然に思えるかのような、ゆらりとした構えだった。
だが、それだけでも魔力は空気を掻き、周囲に風を巻き起こすのであった。
まるで剣を持っているようには思えない。
それがエイルの正直な感触であった。
手はまだかすかに震えている。エイルは、もう一度落ち着くために息を吐く。そしてそれを認めた。手は震えているのだ。だが、力が入らないわけではない。
エイルは静かにヘンリーを見る。今戦わなければならないのは、彼なのだ。そこに集中することが、また今の自分と戦うことにもなる。
ヘンリーは今までエイルが発していなかった空気が、彼の周りにあることを感じ取る。
「それが、君なのだな?」
一見なにもなく、無を感じさせるエイルが、まるで暴風のように思えた。それがヘンリーの正直な感覚だった。
「かもな……」
エイルは、ヘンリーが何を言いたいのかが解る。
「行くぞ!」
ヘンリーはすでに、エイルとの実力差に気が付いている。だが、今まで秘めたる強さに大して、未熟な精神を持つがために、それを無駄にしていた。そこに十分つけいる隙があった。そこには覚悟はいらず、脆い部分を崩せば良かったのだ。
だが、今のエイルは、静かに留まろうとしている。乱れは完全に押さえられたわけではないが、確実に定着してゆこうとしている。
それを打ち負かすには、覚悟がいるよように思えた。
全身全霊の攻撃。ヘンリーは、最後の力を爆発させるかのように、先制攻撃を仕掛ける。
床を蹴り、力強く剣を振るう。
エイルは、剣を八の字に回しながら次々と振り下ろされるヘンリーの剣を防ぎ、隙を見て攻めに転じる。
エイルの動きは柔らかい。そして静かで速い。彼は体が感じ取るがままに、剣を動かしている。動かそうとせずとも、体が自然に反応してくれるのである。
二人は、互いの攻撃の隙をつき、攻撃に転じ、また防御に回る。そん展開の試合を続けた。
強引さは全くない。強いて言えばヘンリーの一撃目のみが、そう見えただろうか。
無駄のない攻防。そこには観客の野次などつけいる隙もない。
「エイル~~!頑張れぇ!」
理屈ではないミールの声援。それは決して攻め時を示しているものではなかった。ただエイルが、弱い自分に負けないようにと願った、ミールの精一杯の声が、表に出たものだったのである。
今度は、その声がハッキリ聞こえる。
いつまでも、反応に任せた自然の流れに従ったままの、攻防を続けるわけには行かない。
今度は勝利する意識を、そこに込め始めなければならない。
勝たなければならない理由がある。
エイルは、ヘンリーが振り下ろした剣を受けると同時にそれを大きく振り払った。力のこもった反撃ののろしである。
ヘンリーの腕は大きく弾かれ懐は開けられる。
彼は、一撃を受けるのを免れるため、慌てて後方に引くが、それと同時にエイルはあっという間に、ヘンリーの懐に飛び込んできた。凄まじいスピードである。
二人の視線はしっかりとあっている。そこには鋭いエイルの視線が戻っていた。
目の前の男を倒すことだけに集中した、エイルの眼光。
ヘンリーは後方に下がりつつ、弾き飛ばされた腕を懸命に、体に引き寄せるようにして、刃をエイルに向ける。
エイルは一度、足を止め下がり、眼前にヘンリーの剣が通過するのを確認し、今度は大きく振りかぶった。
ヘンリーは直ぐに剣でそれを受け止めようと、構える。
次の瞬間、真上から振り下ろされたエイルの剣が、大気の刃を纏いつつ、ヘンリーの剣を叩き折る。
そして、振り下ろすと同時にエイルは右回りに体を捻り、その反動を利用しヘンリーの首に向け剣を走らせる。
そのときローズとヘンリーが重なる。彼が集中していたあの瞬間である。
剣は自然と寸前で止まる。
本当ならば剣が折られた時点で審判は、試合を止めなければならない。だがルークはそうしなかった。本当の戦いは命の遣り取りである。殺さなければ殺される。
剣を折られた直後からヘンリーは、負けた自分を受け入れていた。またそうなることも覚悟できていた。エイルの纏う空気に乱れが消え始めたそのときから、すでにそう思っていたのである。
ヘンリーは静かに目を閉じ、そこに跪く。
「テメェの勝ちだ」
ルークがエイルの肩を叩く。
華々しい勝利宣言ではないが、何よりその一言は、認められたような気がした。ルークの言葉には重みがあった。
そう言い終えたルークは、舞台を下り、ゆっくりと歩き、戻っていこうとする。
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